第39話 襲撃

 アカネ達はブガンジュパットの町に到着し、屋台でランブータンといわれる果物を食べていた。


「おいしい!ライチみたい!」

 久しぶりの果物に感激の声を上げるアカネ。


 一行は屋台街にてそれぞれが気になるものを買って昼食をすませながら町をブラブラと歩いていた。


 町並みは石造りの家が多かったイルセルセと違って木造が多く、風通しをよくするように縁の下が造られている家が多かった。


 人々は明るく、気さくだ。イルセルセの人々も大概暢気だったが、ノルア国の人間はそれに輪をかけて暢気、というよりはもはやいい加減と言えるレベルだった。


「さて、まだ昼だがどうする?今日はここで宿を取るか、それとももっと進んで野営にするか。

 首都に進むならここから真っ直ぐ南に進んで山を越えた先だな。途中いくつか小さな山村があるが、まあ今日ここに泊まって朝から出ても一日でつくのはちょっと無理だからどっちにしろ野営にはなるな。」

 ダンズールの詳しいガイドが入る。完全に今までチクニーが行っていたポジションだ。


「ええ~野営やだなあ~」

 この発言はなんとチクニーである。もう完全に自分の立場は諦めて甘えることにしたようだ。


「どっちにしろ野営になるならもう出るか、別に急ぐわけじゃないけど。」

 アカネは妙なところでがんばり屋だ。その行き過ぎるところが仲間たちとの間で少し軋轢を起こすところもあるが、物事を早く進めようとしているのを咎める者などいない。一行は昼飯を食べ終えると早速首都パレンバンに向けて旅立っていった。


 道すがらアカネはダンズールに少し気になっていたことを訪ねた。


「そういえばさ、ダンズールはチクニーの過去を知ってるんでしょ?エイエさんの屋敷で働いてた頃の面白いエピソードとか、いかくさいエピソードはないの?」

 アカネはチクニーに聞こえないよう小さい声でダンズールに話しかけたが…


「う~ん、…ないな。」

 一瞬ダンズールがチクニーのことをかばっているのかとも思ったが、どうやらそういうことではなさそうだ。


「いや、ホントにない。全く面白みも、失敗も、話題もない奴だった。

 正直エイエ様の付き人をやってなかったら記憶にすら残っていなかったと思う。」

 さすがのぬるま湯男である。ぬるま湯につかっている男は波風など立てぬ。そんなことをしたら湯が冷める。今とは大違いだ。


 さて、一行は小さい山を一つ越えたあたりで野営をし、次の日さらに道を進んでいくと小さな村についた。


 いかにも貧しい寒村といった感じで何もない村だったが、安宿があったのでそこで一泊することにした。


 宿の食堂で全員で夕食をとっていると、宿の外につながるドアが勢いよくあけられた。一瞬振り向いたアカネだったが、自分には関係なさそうだ、と再び食事を始めると、足音から入ってきた人たちが自分に向かってきていることに気づいた。


 それも鬼気迫るような乱雑な足音で、である。


 アカネが再度振り向くとなんと入ってきた村人は手に持った鍬でアカネに一撃を加えようとしているところであった。


「危ねっ!!」

 すんでのところ床に転げ込んで回避するアカネ。


 ほかのメンバーにも村人は次々と襲い掛かる。突然の強襲に防戦一方だったが、アマランテがオリハルコンの杖に魔力を込め始める。


 王都で試した時の感覚からするとおそらく宿が吹き飛ぶくらいでは済まないだろう。


 あわててアカネが声を張り上げる。


「お、落ち着け!お前ら誰かと勘違いしてないか!?

 アタシ達は勇者アカネの一行だ!!」


「何!?」

 リーダーと思しき男が声を上げた。


「やめろ!皆、止まれ!!」

 リーダーの声に村の者が手を止めてすごすごと下がる。


「チッ、驚かしやがって。自由革命軍の奴らじゃなかったのか。」


「こっちのセリフじゃボケ!!」

 背中を向けたリーダーにアカネの跳び蹴りが炸裂する。


「何が『驚かしやがって』だ!

 それが人殺しかけた奴のセリフか!

 まず『ごめんなさい』だろうが!!」

 倒れたリーダーにストンピングを続けながらアカネが悪態を突き続ける。


「その辺にしときなよ、アカネちゃん」


 アカネがストンピングをやめて辺りを見回す。ビシドの声はするが姿は見えない。そういえば先ほど、村人に襲われているとき、すでにその姿が見えなかった気がする。


「怪我人も居なかったんだしいいじゃん。」


 天井の梁の上であった。


「お前…いつの間にそんなとこまで逃げたんだ。素早すぎるだろ…」


「何か困ってることがあるんでしょ?私たちに話してみなよ。

 話だけなら聞いてあげるよ?」

 聞くだけならタダである。


 村の集会場に場所を移し、代表数名とアカネ一行がテーブルを囲んで座った。


「さっき言ってた、『自由革命軍』だっけ?どっかで聞いた名だな…?

 確か、民主化急進派の一派だったような…」

 最初に口火を切ったのはダンズールであった。


「その通りです。それも暴力革命派の連中です。」


「それがアタシ達を襲ったこととなんか関係あんの?」

 アカネはまだ不機嫌そうな顔でリーダーに答えを求める。


 リーダーが言うには自由革命軍の新しい根城が近くにあり、協力を要請してきたのだという。『協力の要請』とは即ち、略奪である。


「あいつらは民主化グループの皮をかぶったただの野盗です。自由革命軍の主流派からも外れた、はぐれ者だ。しかし、たちの悪いことに奴らは軍隊を持っている。

 さっきはすまなかったな。てっきり革命軍の斥候かなんかだと思ったんだ。」


「勇者様、なんとかして彼らを助けてあげることはできませんでしょうか。」

 エピカがアカネに懇願する。


「んん~、そういうのは正直ステファンに任せたいとこだけどなあ。」

 アカネの返答は渋かったが…


「とはいえ、だ。謝礼によっては考えてやらんこともないよ?」

 なんともアカネらしい答えである。


「それとエピカ!」


「な、なんでしょう?」

 唐突に振られて何か無茶ぶりされるのではないかと戦々恐々とするエピカ。


「あとからぐだぐだ言われても取り合う気はないから今の内に言っとくけど、村の皆を助けるってことは自由革命軍の連中を殺すってことだからね?それも『納得』した上で『助ける』ってことでいいんだよね?」


「…も…もちろんです。」

 即答ではなかったが、少し考えてからエピカが答える。


「ならよし。」


 それからアカネは村人のリーダーの方に向いて語りかけた。

「ところであんた、名前はなんて言うの?」


 村のリーダーは名をアルディと言った。


 アカネはアルディに自由革命軍について分かっていること、敵の規模や本拠地の位置、兵の練度などを聞き、分かってないことは調べるように命じた。


「おっと、大事なこと聞くの忘れてたわ。『協力の要請』の期限はいつなの?それまでに解答がなければおそらく略奪に来るつもりだと思うんだけど。」


「1週間後です。」


「革命軍が来て『要請』をしたのはいつ?」


「1週間前です。」


「………」


「今日じゃねえか!!」


 なんということか、悠長に話し合いなどしている場合ではなかった。村人の優先順位がおかしい。


「いやあ、まあでも、要請への返答期限は今日ですけど、攻めてくるのは今日とは限らないかな、って。」

 アルディがへらへらしながら答える。なぜこんな他人事みたいな態度がとれるのか、もはや暢気とかそういうレベルを超越している。


 アルディへのヒアリングで敵の規模は50人程度、本拠地は山中のそう遠くない砦だということは分かった。しかし練度は分からない。

 盗賊に毛が生えた程度なのか、軍隊の正規兵レベルなのか、魔導士はいるのか、獣人はいるのか、情報がない。


 そうこうしている内に集会所のドアが外から開けられた。


「アルディ、奴らが来たぞ、20人くらいいる。どうする?」

 革命軍の連中が来たことを知らせにきた村人だった。もはや時間はない。


「徴発に応じる姿勢を匂わせてできるだけ足止めしろ。その間に策を考えて、展開する。」

 アカネがアルディに指示をとばす。


(どうする?どうすればいい?相手は約半数がこっちに来て、残りは砦の防衛か…)


 アカネは一行とダンズールを集めて作戦会議を始めた。


「こういうとき重要なのは先ず『目的』と『勝利条件』をはっきりさせることだ。

 これをはっきりさせていれば、立てた作戦が上手くいかなくても臨機応変に対応できる。」


「今回、依頼主のアルディからはっきりと『目的』を聞けなかったからそこは自分達で判断するしかない。

 おそらく『最善』は『奴らを全滅させる』こと、『次善』は『奴らに壊滅的打撃を与えて拠点を放棄させる』こと。『必要条件』は『今来てる奴らを追い払う』こと。ここまではいいな?」


 全然よくない。ビシドが死んだ魚の目をしている。そしてアマランテは今は理解できているがおそらく現場では『臨機応変』に対応することができない。


「とりあえず最後まで話すよ?

 村の人間にとっての勝利の『必要条件』とアタシ達の『必要条件』は違う。アタシ達の『必要条件』が何か、分かる?」

 アカネが一行の表情を見回す。


「アタシ達の勝利の『必要条件』、それは『みんなが生きて帰る』ことだ。村を救うことでも魔王を倒すことでもない。そんなもんはどうでもいい。

 立てた作戦が上手くいかなかったとき、現場が混乱したとき、『必要条件』の達成を最優先で考えろ。

 自分が生きるためなら他の物なんて捨てて逃げ出すんだ。いいね?」


 アカネは特にアマランテの方を気にしながら『最重要事項』を伝えた。


「よし、じゃあ作戦だ。」

 時間に余裕のない中、やっと作戦会議が始まった。

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