第38話 チクニー・コンコスール爆誕

 一行はノルア王国に入国して最初の大きな町、ブガンジュパットを目指す。


 道すがら、ダンズールにノルア王国の情勢や習慣の違いなどをヒアリングする。


 聞くと、国名こそノルア『王国』だが、実体としては共和制に近いのだという。下院にあたる貴族院、上院にあたる元老院が存在し、元老院は選挙で選ばれて身分の制限もないそうだ。


 そして元老院で決定した法案については基本的に王の修正と承認を受けて施行されるが、議会で5分の4以上の賛成を得られたものに関しては王の承認も必要ないのだという。


「はぇ~、随分進んでるんだね~」

 アカネが意外そうな顔で感想を言う。


「進んでるかどうかは分からないが、特に今の『慈悲王』ナクカジャになってからは民主化が進められてるな。」


 なるほど、とアカネが納得する。よくよく考えてみれば共和制ローマも2000年以上前の国家である。共和制が進んでて王政が遅れてる、という図式は先入観ありきのものだ。


「国の雰囲気も随分違うから一度首都によってもいいかもな。そんなに遠回りにはならないぜ。」


 最初の町にも着く前で、風景もこれまでとそれほど違わないので実感はあまりないが、確かに国境は越えたのだ。せっかく新しい国にきたのだからそれもいいかもしれないな、とアカネは考えた。


 しかしこの事態に一人、焦りを抱えていた者がいた。


 コンコスールである。


 ハーレムパーティー失敗も彼にとって痛手ではあったが、ダンズールが加わったことはもっとまずい。


『男が二人でハーレムではなくなった』 もちろんそういうことではない。彼のパーティーでの立ち位置の問題である。


 アカネはパーティー全体の活動方針を決めるリーダーとしての仕事があり、近接戦闘でもエルヴェイティやオークを倒したり、と無類の強さを誇る。すでにはるか昔にコンコスールの強さは彼女に及ばなくなっている。


 ビシドは高いサバイバル能力と索敵能力を持ち、弓矢の達人である。このパーティーの生命線だ。


 エピカには(ほとんど使ってはいないが)回復魔法があり、常識人としてこのパーティーの行き過ぎた行動に突っ込みを入れる役目も兼ねている。


 アマランテは攻撃魔法の達人であり、オリハルコンを手に入れて、それは底知れぬ力となった。


 ではコンコスールの役目は何なのか?


 これまではアカネの補佐として旅の目的に合致する情報を提供したり、情報収集をしたり、といった仕事がメインであった。


 しかし、ノルア王国に入ってその仕事が丸々ダンズールに奪われてしまったのだ。いわば存在意義の危機である。


 ダンズールの加入時に『裏切るかもしれない』とアカネに注進したが、今ではむしろ『裏切ってほしい』とすら思っているのだ。


 実際この6人パーティーになってからビシドに『不自然に近づいてくるものがいないか』ずっと警戒するように言い含めているし、ダンズールが何者かと連絡を取っている形跡がないか、必要以上に注視している。


 ダンズールが実は堅気に戻ったのではなく、野盗を続けるためガイドを装ってカモをうまく誘導して仲間に襲わせる、といった事態は十分に可能性として考慮すべきものであるし、実際それはアカネも警戒していた。


 しかし索敵能力に優れるビシドがいれば、そのたくらみはすぐに明るみに出るし、それが分かっているからビシドもダンズール加入に反対しなかったのだ。


 それでもコンコスールは『裏切り者であってほしい』『できればそれを看破するのが自分であってほしい』と願っていた。だからこそホモの如くねっとりした視線でダンズールを注視し続けるのだ。

 当然その思惑に気づかないアカネではないが。



 ブガンジュパットの町までは一日ではつかないので途中野営をした。


 野営の最中、警戒しているアカネはそれとなくダンズールに探りを入れようとした。


「ところでダンズールはなんで野盗やめちゃったの?もううちらの金は狙わないの?」


『それとなく』というのは訂正しよう。ド直球であった。


 ダンズールは考え込む様子もなく即答した。

「聞いてるぜ、あんたあの『剣聖』エルヴェイティをタイマンで倒したんだろ?それに仲間も増えてるし、もう俺らが逆立ちしたってかなう相手じゃねえよ。」


「野盗をやめたのは単純に『割に合わねえ』と思ったからさ。あんなの命をかけてまでする仕事じゃねえ。それに…」


 すこし声のトーンを落として、ゆっくりとダンズールが続ける。


「…弟が…死んだんだ。俺も、自分の命を考えるいい機会になった。」


「そうなんだ…そんなことがあったんだね。」

 アカネも少し声のトーンを抑えて相槌を打つ。


「『ベッコ』って名前だったんだけど…」


「ああああ~そうなんだ!そうなんだね!

 やっぱアレだよね!命って大切だよね!?」

 突然挙動不審になり、ドーバー海峡でも渡らんかという勢いでアカネの目が泳ぎだす。


 ダンズールの弟とは、ベイヤット山中でアカネが殺した野盗ベッコであった。


 しかし、取り乱しはしたものの、わざわざ出す必要のない情報まで出したダンズールに対し、アカネは少し安堵した。


「別に今は恨んではいねえよ。あんな仕事してりゃ遅かれ早かれああなる運命だったんだ。」

 寂しそうな顔でダンズールがフォローした。


「そ、そう?そういって貰えると少しは気が楽になるけど…

 それで、堅気になろうと思ってガイドの仕事を始めたの?」

 アカネが途中でとまってしまった話を続けた。


 彼が言うにはもともとノルア王国には少し縁があり、多少の土地勘もある。オムニアでガイドや日雇いの仕事をしてある程度貯えができたら、イルセルセでの奴隷身分と関係なく過ごせるノルア王国に移住して堅気になろうと思っていたのだという。


 それに、この国の情勢なら一発逆転できるチャンスもありそうだ、と。


「一発逆転ってのは、なんのこと?」


 アカネが質問するとダンズールはこの国の情勢について話し出した。


 ここ一年ほど起きている政変についての話であった。


 ナクカジャ王の代になってから民主化が進められてきたが、この一年でそれを民衆を中心に急激に推し進める複数のグループが現れているのだという。


 調子に乗って民主化を進めているだけなのか、それとも外部勢力の入れ知恵なのかは分からないが、中には暴力革命を志す者も居て、これにはさすがの慈悲王も悩んでいるのだという。


 国で動乱が起これば根無し草の自分でも一発逆転、武功を上げて成り上がれる可能性もある。今ノルア王国にはそういった輩が続々と周辺国から集まってきているのだそうな。


「ナクカジャの元ならほっといても民主化は成りそうなもんだけど、どこの国にも過激な奴はいるもんだね。」


「ダンズールさん、随分詳しいんですね…」

 エピカが感心しきり、といった表情でダンズールに尊敬の視線を送る。


(エピカさんまで…)


 ダンズールがパーティーになじむまではまだ時間がかかるだろうと思われていたが、思いの外話が弾んでいる。コンコスールは焦っていた。彼の目にはエピカまでがダンズールになびいているように見えた。


「いやあ、それにしてもまたこうやってお前と一緒に仕事することになるなんてなあ…」


 唐突にコンコスールが話に入ってきた。が…


「ん…?まあ…そうだな。」


 話が止まった。


「まあ、今日はもう、寝るか。」

 いたたまれなくなったアカネが手早く話をまとめた。


 その日の夜、コンコスールはほとんど寝ずにダンズールの動向に気を配っていたが、特に動きはなかった。


 次の日、歩いていると段々と道がきれいに整備されているようになってきた。ブガンジュパットの町が近づいている証拠である。


 町が近づいてくると自然と一行の足取りも軽くなり、歩くテンポも上がってくる。


 すると、そのスピードについてこれない者が出てくる。


 コンコスールである。


 昨日ほとんど寝ていないので寝不足なのである。


 それに気づいたアカネがコンコスールに悪態をつく。

「お前さあ、歩哨やってたわけでもないのに何でそんな眠そうなんだよ!やる気あんのか!」


 自らのまいた種でますます立場の無くなるコンコスール。これ以上…これ以上立場が弱くなるわけには行かない。

 しかし焦れば焦るほど目的意識だけが先行して失敗を繰り返し、ますます立場が悪くなる。


「チクニー、やる気がないならこのパーティーを抜けるべき。重要なのは『何ができるか』ではなく『何をやるか』。

 そのために必要な準備をするのが人間というもの。」

 アマランテがコンコスールに檄を入れる、が…


「チクニー?なんだチクニーって?」

 ダンズールが疑問を浮かべるが、当然である。自分の記憶の中にあるコンコスールの名前と違うのだ。


「どうかしたの?彼の名前は『チクニー・コンコスール』。あなたの古い知り合いではなかったの?」


 アマランテはビシドやアカネが彼のことを『チクニー』と呼ぶことは知っている。エピカが『コンコスール』と呼ぶことも知っている。


 その事象を総合した結果、彼女の導き出した答えが、コンコスールのフルネームが『チクニー・コンコスール』である、という結論であった。


「え…、お前そんなフルネームだったの?」

 その意志がダンズールにも伝わったようだ。


「ち、違う!そんな名前の訳ないだろう!」

 必死で弁解するコンコスール。


「じゃあなんでそんな呼ばれ方してるんだよ。」


「そ…それは…」


「そりゃもちろんコイツが自分の乳首…」

 アカネがすかさずサポートする。美しい仲間の助け合いの姿である。


「ち、違う!違わないけど!違うことにして!」

 必死なコンコスールに対し、アカネは、というと…


「いや~えっと、どっちだっけ?」


「な、なにがですか?」

 コンコスールはなにがなにやら分からない顔だ。


「だから!アンタのフルネームが『チクニー・コンコスール』なんだっけ?それともアンタが『何か』したから『呼び名』が『チクニー』なんだっけ?

 どっちだっけ?」

 アカネの辞書に『容赦』の文字はない。


「どっちが『いい』んだっけ?」


「…チクニーです…」


「え?なに?聞こえない!もっと大きな声で!」


「僕の名前は、チクニー・コンコスールです!!」


 チクニー・コンコスール爆誕の瞬間であった。

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