第37話 旅は道連れ死は情け
ノルア王国経由でのヘイレンダール入国を目指して、国境に近いオムニア地方の道を進む一行。
道すがら、アカネはノルア王国についてコンコスールに訪ねていたが…
「実を言うとですね、ノルア王国についてはほとんど何も分からないんです。
別にノルア王国が謎の国、とかではなくて、単純に俺が知らないだけですけど。」
「国境の一歩手前にトヤックという町があるので、そこでガイドを雇うというのはどうでしょうか?
ノルア王国の言葉はイルセルセと同じらしいですけど、正直言って初めての外国ですので、そういった方が居ないと私も不安です。」
そう提案したのはエピカである。なるほど確かにこのパーティーには外国に行った経験のある人間が一人も居ないのだ。異世界なら一人いるのだが。
一行はノルア王国との関所の近い町トヤックに到着した。
トヤックの町はノルア王国との交易で栄えており、おそらくノルア王国側の人間であろう、イルセルセ国民と違う特徴の人種が散見された。
ノルア王国はイルセルセよりもさらに温暖な気候であり、地球でいえば亜熱帯気候に相当していて、湿度が高い。
年が明けてまだ寒い時期ではあったが、中心部の方まで行くと最低気温が10度を下回ることはほとんどないという。
その気候に最適化された人種なのであろう、ノルア王国の人間は肌が浅黒く、背が低い人が多い。
もちろん例外はあるが一般的に温暖な気候では生物の体は小さくなり、寒冷地では大きくなる。体積に比して表面積の割合を小さくすることで体温の放出を抑えるためである。
宿を決めると、こういう交渉事に適したコンコスールとエピカがガイドを探すことになった。
その他のメンバーは宿の食堂で二人を待ち、どちらかの連れてきたガイドを雇う運びとなる。
1時間ほど待つと、コンコスールがガイド候補を連れてきた。
その『候補』は背が低く、少したれ目気味で、ウェーブのかかった髪は腰ほどまであり、ワンピースを着た女性であった。おっとりしていて、こんな女性にガイドが務まるのか、と思わせる雰囲気であった。
髪は黒く、浅黒い肌をしておりどうやらノルア人の血が混じっているようだ。
「インクさんという方です。ノルア王国に親戚がおり、土地勘もあるそうですよ。」
コンコスールが彼女を紹介する。
「初めまして、インクと申します。こんな形で勇者様に協力できるなんて、うれしく思います。」
透き通るような高い声で、しかし甲高くはなく、聞いた人を落ち着かせるようなゆっくりとした語り口調だ。育ちの良さを感じさせる言葉遣いである。
しかしこの少女の登場にアカネとビシドは眉間にしわを寄せた。
「お前さあ…」
アカネが眉間にしわを寄せたまま口を開く。
「自分の趣味で選んでんじゃねぇよ!
ノルア王国突っ切ってヘイレンダールまで行こうってのになんで女のガイドなんだよ!!」
慌ててコンコスールが弁解する。
「い、いや、決して自分の趣味とかではないですよ!彼女はこう見えてですね…
こう見えて、その…」
「その…すごく優しそうでしょ?」
自分で言ってて苦しい言い訳なのが分かったのか、脂汗をかきながらの発言であった。
「もうちょっと設定練ってから連れてこい。」
アカネが冷たく言い放つ。
これに対しビシドがさらに畳みかける。
「へぇ、趣味じゃないならエイエさんに見た目と雰囲気が似てるのは偶然?」
エイエの名を出されて滝の如く汗を垂れ流すコンコスール。図星であった。
迷惑料として少額の銅貨を渡し、インクには帰ってもらった。
そこからさらに1時間ほどして、エピカがガイド候補の男性を連れてきた。
男は中肉中背で鋭い目つきをしており、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
しかしどこかで見たことがあるような…
「あ…」
「あ…」
「っ…ダンズール…」
エピカが連れてきた男は、二度にわたってアカネを襲撃した野盗、ダンズールその人であった。
かつての敵、それだけではない。アカネにとっては初めて犯した殺人の苦い思い出に連なる人物でもある。
「なんでこんなとこに…」
目が泳ぎながらアカネがぼそぼそと喋る。
「いや、…どうも…久しぶりです…」
妙に丁寧な口調になるダンズール。やはり彼も気まずいようだ。
エピカが連れてきた意外すぎる男にアカネとビシドが重い空気になる。アマランテとエピカは状況が飲み込めずおろおろするばかりである。
しかしそんな重苦しい空気の中、一人の男が息を吹き返した。
不死鳥コンコスールである。
先ほどまで借りてきた猫のごとく縮こまっていた背中を大きくそり返し、鼻息荒く攻勢に出る。
「いやあ、ね!こういうこともありますよ、ね!!世間って狭いですから、っね!!」
これだけですでにウザい。
「まあ、でもね!仕方ないですよ!巡り合わせってもんがありますから!!」
コンコスールの勢いはとどまるところを知らない。
「ああ~、まだ町のどこかには居るよな~?インクさん、もうどっか行っちゃったかなあ?
じゃ、勇者様!僕行ってきますんで!!インクさん探しに!!」
勢い大盤石を覆すが如し。
しかも、ただアカネにマウント取るだけではない、どうやらインクをパーティーに加えることをまだ諦めていなかったようである。
しかし
「待てよ。」
大盤石とは簡単に覆らないからこそ大盤石というのだ。
「雇うよ…」
「え…勇者様…何を…?」
「雇うって言ってんだよぉ!ダンズールをよおおぉぉ!!!!」
半ばやけくそ気味のアカネである。そこまでしてコンコスールの思うとおりにしたくないのだ。
しかし、先ほどまでの果てる事なきドヤ顔の連続を見れば、その気持ち分からぬでもない。
思わぬところで虎の尾を踏んだコンコスールは一転、激しく狼狽しながらアカネにダンズールを仲間にしないよう懇願する。この男にとってもダンズールは自分を襲った野盗であり、同時に自らの過去の奴隷時代を知る、あまり好ましくない相手である。
「ちょっと!勇者様、本気ですか!?この男は以前に俺たちを殺そうとした奴ですよ!?こんな奴仲間にしたっていつ裏切るか分からないですよ!!」
コンコスールのこの言葉にようやく事態を飲み込み始めたエピカも慌てふためき始める。
「も、もしかして、話に聞いていた以前に襲われた野盗ですか…?
わ、私はとんでもないことを…」
エピカがしゅんとしてアカネに進言する。
「その…私に気を使っているなら必要ないです。コンコスール様の言うインクさん、と言う人にガイドを頼みましょう。」
「エイエさんにそっくりなインクさんに?」
ビシドが問いかける。
「ダンズールさんで行きましょう。」
手のひら返しはコンコスールの専売特許ではない。エピカもまた『使い手』である。
「チクニー、今お前『裏切るかもしれない』って言ったよなあ?
じゃあ、『誰なら裏切らない』んだ?そんな奴をお前は連れてこられるのか?
『裏切るかもしれない』なんてのは誰が来ても一緒なんだよ!」
「コイツは今、事情は知らないが、野盗をやめて堅気になろうとして、エピカの誘いに乗ってきたんだ。なら裏切ることで得られる物なんて何もない。
少なくとも『裏切らない理由はない』が、『裏切る理由もない』んだよ!」
アカネの言うことは理屈としては通っている、しかし、目の前にいるのはほんの半年ほど前に自分たちを殺しに後をつけてきた男なのだ。いくら正しいからといって一体誰がこのアカネの意見に賛同できるのか?
「勇者様の言うとおりです。盗賊から足を洗ういい機会にもなるでしょうし、ダンズールさんを雇いましょう。」
エピカが賛同した。
「アカネ様の言うことは理屈が通っている。なんの矛盾点もない。」
アマランテが賛同した。
「まあいいんじゃない?コイツ一人で私たちをどうこうできるとも思えないし。」
ビシドはどうでもよさそうだ。
「そ、そんな…」
コンコスールは自らの足場ががらがらと脆くも崩れ去っていく感覚に襲われた。
アカネに身分を買われて、旅を始めてから彼にはある『考え』がたびたび脳裏に浮かんできていた。
その『考え』は時に、彼の精神を支配して激しく心をかき乱すことさえあるほど狂おしくも魅力的な『考え』であり、同時に誰もが一度は抱く『考え』であった。
しかし、その『考え』は大抵の場合幼子の内に、遅くとも成年になるまでには打ち砕かれることとなる。『現実』という大いなる敵によって。
『俺は…この物語の主人公ではないのか…?』
奴隷として生まれ、奴隷として育ったこの男にはまだその考えが捨てられずにいたのだ。
伝説や歴史の中にだけいる、奴隷身分から独力で身を立てて国を手に入れた男の話。自分がその伝説の再来ではないのか、という妄執にその身を焦がしていたのだ。
そして、冒険が進むにつれ、仲間が増えるにつれ、その『考え』は小さくなるどころかむしろ肥大化していった。ある『理由』から。
「そんな…俺のハーレムパーティーが…」
思わず口に出していた。
「とうとう本音が出やがったなこのザー○ンスプリンクラーが!」
アカネが軽蔑した顔で吐き捨てる。
そう、彼に勘違いさせるだけの要素がこのパーティーにはあったのだ。
これだけの美女に囲まれて半年も冒険を続けていたのだ、たとえ『そういう展開』がなかったとしても、たとえ『チクニー呼ばわり』されていても、勘違いしてしまうものなのだ。童貞というものは。
そしてそのハーレムパーティーを決定づけるべく、今回彼が肝いりで加えたかったメンバー、それがかつて思いを寄せた人に『似ている』インクだったのだ。本当に気持ちが悪い。
「改めてよろしくね、ダンズール。
過去にはいろいろあったけど、お互い水に流してくれるかな?」
ゲシュタルト崩壊を起こしているコンコスールをよそに、アカネが改めてダンズールに挨拶の握手を求める。
「そっちが水に流してくれるなら、俺は喜んでそうするぜ。よろしく。」
ダンズールは、差し出された手を力強く握りしめた。
ともかく、ノルア王国進出の手はずは万全に整ったのだ。
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