第36話 魔王への道
王から金を受け取ると、次の日、すぐにアカネ達は王都の端にある小さい鍛冶屋に武具の制作を依頼した。
制作依頼したのは3種類、一つはアカネが使う片刃の剣である。
剣はマチェーテを長くしたような形状であり、今度は鍔がある。柄は両手でも使えるように少し長めにデザインしてある。
刃の中に真鍮が挟んである構造になっている。鍛冶屋では「なんでこんな構造に?」と聞かれたが、「刃の重量を上げるため」とだけ、嘘の説明をしてごまかした。少しだが銅は鉄よりも比重が重い。
以前に使っていたマチェーテは下取りに出そうとしたが、刃がボロボロに疲労していて値が付かなかったので新しい剣の材料にしてもらった。少しでも安く作りたい、というアカネの苦肉の策である。
一行はビシドの矢に使用する矢じりも用意してもらった。
こちらも剣と同じように芯を真鍮で作ってその周りに鋼でコーティングするように刃をつけてもらった。
真鍮は重量があり、投擲武器の芯にするには適しているが、柔らかく、衝撃で変形する。前に記した加工性の良さがここでは仇となるのだ。
それともう一つ、アマランテの為の杖も制作した。既製品の樫で作られた堅い杖の先にメイヤの迷宮で手に入れたオリハルコンの宝玉をはめてもらった。
当然宝玉がなんであるかは鍛冶屋に説明はしない。
アマランテは「大切なものだから絶対に外れないように」と、繰り返し鍛冶屋のオヤジに念押ししていた。
彼女にとってはこの宝玉はアカネとの友情の証でもあるのだ。
さて、制作には数日かかるので町の端にある安宿を取り、そこで今後の方針を立てる。
いつも通り宿の食堂に集まって作戦を練ることとした。
「それにしても陛下はよく金策に応じてくれましたね。」
コンコスールがアカネの金策手腕に素直に感心する。
「まあ、アタシにかかればこんなもんよ。あいつ賢王とか呼ばれてるらしいけど大したことないね。」
アカネは自慢げに話す。野盗の件が王の口から出た時はやばいと思ったが、実際無事目的を達成することができたので今回の件は大成功と言えよう。
「政府は国内に敵が多いので問題を大きくしたくないのかもしれませんね。」
コンコスールの発言に「敵?」とアカネが聞き返す。それにコンコスールが答える。
「はい、陛下は賢王と呼ばれるだけあって、迅速な政治的手腕で財政問題を解決しつつありますが、やはり性急すぎる政治的革新についていけない者が多く、抵抗勢力も多いんですよ。」
コンコスールが言うには、財政問題の最大の目玉は、やはり『四民平等政策』なのだ、という。なぜ人権問題が財政になるのか、とアカネが疑問を口にしたが、内容はこうだ。
これまで、国内の亜人と奴隷は法で守られていなかったが、その代わりに多くの場面で徴税が免除されていた。ここに目を付けた王が四民平等をかかげて法の下の平等を実施するとともに、亜人と奴隷からも平等に徴税をするようになったのだという。
実際、解放奴隷になれる条件を満たしているにもかかわらず、免税目当てで奴隷身分に留まる大地主なども以前はいたらしい。
それで、人権は認められたが、徴税も実施されるこの法を敵視して「天下の悪法」と罵る輩も多いのだという。
「でもそんなの、政治的な力のない亜人や奴隷が不満言ったところで大した問題にはならないでしょう?」
アカネの疑問も尤もだが、この『四民平等政策』には貴族も含まれる。
「これまで一部の税金が特権として免除されていた貴族も、この政策によって税金を徴収されるようになりました。
『人権』や『平等』、『平和』みたいな綺麗事を錦の御旗に出されると大っぴらには反対しづらいんで、皆渋々受け入れましたが。」
「出たよ、アタシの大っ嫌いな綺麗事。」
アカネが嫌そうな顔で茶々を入れる。
「しかし、おおっぴらには出来なくても不満はたまります。
陛下が今最も恐れているのは貴族の反乱なんです。」
そこで地方領主の軍事費も削減できる、此度の魔王討伐に勇者を用いる、という方針に繋がるのだという。
なるほど、一見行き当たりばったりに見えて理に適っているようにも感じる。
「ところがその勇者の一人があまりにも思い通りに動かないんで陛下もフラストレーションがたまってるのかもしれませんね。」
エピカがにこにこと笑いながら補足するように自分の感想を言った。
「待てよ、そうするとステファンが一見魔王軍と何の関係もない諸国漫遊世直しの旅みたいのしてるのも実は理由があるかもな。」
「どういうこと?アカネちゃん?」
ビシドが質問する。
「バカ正直にステファンが魔王軍に単独で突っ込んで死んだりしてみなよ、あっという間に「勇者作戦失敗」って結果が出ちゃうでしょ?しかも『勇者の剣』が敵に奪われちゃうし。
だから、王国側としては暫くその辺ぶらぶらして、時期が来るまではポーズだけ見せてて欲しいのかもね、って思ったんだけど。
案外インデクトあたりがその辺上手く操作してるのかも。」
ビシドの顔から表情が消えた。理解できなかったのであろう。
「それで、アカネちゃん、今後の方針はどうするの?」
気を取り直してビシドがアカネに方針を訪ねた。
う~ん、と少し考えた後、アカネが語りだした。
「正直、この案はアタシもあんま自信ないから反対意見があったら言ってほしいんだけど…」
「一回魔王に会いに行こうと思う。」
一同驚愕の提案であった。一気に敵本拠地まで乗り込もうというのだ。
「ほ、本気ですか!勇者様!?」
エピカが目を見開いてアカネに訪ねる。他の者も同様に驚きを隠せない様子だ。
「戦いに行くんじゃなくてね、一回腹割って話し合ってみたいのよ。魔王と。」
アカネの提案は意外なものであった。
一気に敵本拠地まで攻める。期待されている光の勇者でなく、厄介者の闇の勇者が、『勇者の剣』を持っていない者が、死んでも痛くも痒くもない勇者が突撃してくれる。もしそうならスルヴ王は大喜びであろう。
しかしそれは『戦ってくれるなら』の話である。
そうではなく、アカネは『魔王と話がしたい』のだという。
「いやね、まず本当に魔王って倒さなきゃいけないのかな?ってベンヌを見てて思ったんだよね。
チクニー、あんたはどう思う?随分ベンヌと親しそうにしてたじゃん?」
コンコスールが少し考え込んでから答えた。
「…いや、実を言うとですね。驚きはしたんですが、反対意見は特に浮かばないです。
『危険である』こと以外は、ですが。」
「確かに、戦うにしろそうでないにしろ、一度魔王の目的を知ることは重要だと思います。
情報が何もないということは、何の交渉の余地もなく、殺し合いをすること。それは不毛です。」
エピカもこの提案に賛成の意を示した。
「アカネ様の愛はアガペのようなもの。その広い心の前にきっと魔王もひれ伏すはず。」
アマランテはアカネ以上にアカネの提案に自信を持っている。自分を全肯定してくれる存在という物は心強いが、こういう場面では何の役にも立たない。
「ていうかそんなの政府側がホントは先にしとかなきゃいけないことじゃないの?いまいち何考えてるか分かんないよね?」
ビシドが尤もなことを言う。たまに彼女は鋭い。
「じゃあ、方針としてはこれでいいかな?
えっと、面倒だけどまたエルベソまで行くことになるのか?」
アカネの方針決定宣言に対し、コンコスールがルートの変更提案をしてきた。
「実はですね、この半年の間に事情が少し変わってきてるんですよ。
南東のノルア王国がヘイレンダールと講和条約を結んだんです。」
「ってことは…今イルセルセとヘイレンダールはサシで戦ってる状態ってこと?
…じゃあ、イルセルセ側からヘイレンダールに進入するのは得策じゃないね。」
アカネの理解は早い。
コンコスールの言いたいことはまさにそういうことである。彼の提案としてはイルセルセと友好関係にあるノルア王国に進んで、南東回りでヘイレンダールに進入する、と言うことだ。
「それともう一つ、提案というか、質問というか…なんだろうな…?」
コンコスールが奥歯に物の挟まったようなはっきりしない物言いをする。
「何だよ、はっきり言いなよ。」
アカネが発言を促す。
「街道をノルア王国に向かって進むんですけどね、国境近くに行くときにですね、オムニア魔導教団のある、オムニア地方を通るんですけど、寄らなくていいですかね…?」
「………」
「アマランテさん?」
「え…なに?…私?」
アマランテは完全に惚けていた。
「いや、オムニアに用事のあるのはアマランテさんだけだと思いますけど。」
「…?特に用事はない。何の話か分からない。」
本当に分からない、といった顔であった。
数日後、アカネ達は鍛冶屋に頼んでいた武器を受け取り、城外の森で試し斬りを行った。
アカネもアマランテには遙かに及ばないが魔法が使えるようになっている。まず魔力を刀身に込めて木に切りかかる。
刀身が木にめり込んだ後、ボッと火が出たが、思ったほどの破壊力ではなかった。
「なんか…思ってたのと違うな。ステファンの勇者の剣は凄い破壊力だったのになあ。
これだったらオークの時みたいに拳に魔力を込めて打ち込んだ方が効率いい気がする。
まあ、もうちょっと検証が必要かな。」
やはりアカネは道すがらいろいろ試しながら進めることとした。
次にビシドのオリハルコンの矢尻である。
この矢尻には返しがついておらず、通常の矢尻と区別が付くようにしてある。
その矢尻を取り付けた矢に炎の魔力を込め、ビシドが木の幹に撃つと…直径30cm程の木であったが、幹が粉々に爆発して砕け散った。
「な、なんだこの威力…」
アカネが目を丸くして驚く。見れば、他のメンバー全員もその規格外の威力に呆然としていた。
「これ、大抵の生き物は一撃で殺せますよね?」
コンコスールが恐怖に顔をひきつらせながら訪ねる。
どうやら、木の幹深くに突き刺さった状態で魔力が爆発したためこのような威力となったようだ。要はアカネがオークを倒した技と同じ、体内で魔力を爆発させる技である。
アカネが剣で切りつけたときはあまり深くまで刀身が達しなかったため中途半端な威力となったのかもしれない。
しかし、矢尻がいくら探しても見つからなかったのでおそらく爆発でこれもこなごなに飛び散ってしまったのだろう。
「どうせ爆発して無くなっちゃうなら鋼のコーティングはいらないかもな。」
次に作るときは真鍮だけで制作することをアカネが提案した。
そして最後にアマランテの杖である。ここまで出てきた『紛い物のオリハルコン』とは違う『本物のオリハルコン』の力が見られるのか、と思って期待した一同であった。アカネはアマランテに対し、「限界値を知っておきたいから全力で魔力を出せ」と指示したが…
アマランテは一旦森の方を向いて魔力を込めた後、振り向いてアカネに話しかけてきた。
「アカネ様、ちょっとマズい気がする…」
「え?どういうこと?威力が高すぎて森が燃えちゃうとか?」
「それくらいならいいけど、この距離で、今私が予測した量の魔力が爆発すると、最悪死人が出る。城壁も壊れる。」
「………」
「奥の手ってことにしとこうか…」
よくよく考えれば魔法がいっさい使えないステファンが勇者の剣を使ってあの威力である。元々強い魔力を持つアマランテが使用すれば、どれほどの威力になるのか、想像に難くない。
ともかく、一行は新たな力を手に、魔王の元に向かうこととなった。
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