第35話 もちろんそうよ

 アカネ一行は乗り合い馬車を使って王都まで戻ってきていた。


「ふあ~、久しぶりだなあ、半年ぶりくらい?」

 感極まったような声でアカネが伸びをしながら独り言を言う。


「アカネちゃん、本当にまた金をたかるつもり?確かに四天王を二度程撃退はしたけど、正直魔王軍相手になんの成果も上げられてないのにさらに金を要求するとかちょっと無理あるんじゃない?」

 ビシドが心配そうにアカネの方を見ながら言う。しかし、彼女の危惧することはまさに正論であると言えよう。


「そんなのステファン達だって一緒でしょ?あいつらは四天王や魔王軍との接触すらしてないし。むしろこっちの方がまじめにやってんじゃないのかな?

 オリハルコンのことは言えないけどね。」

 アカネがニッと笑いながら言う。なにやら本当に自信があるようだ。


 城下町に到着して一行は馬車から降りた。


「さて、エピカ、コンコスール、アマランテの3人は宿をとってそこで休んでて。

 王城にはアタシとビシドの二人で行くわ。」


「うう…不安だな…」

 馬車の道すがらなにやらアカネから作戦を言い含められていたようだが、ビシドはまだ納得できていないようである。


 話したとおりビシドとアカネの二人で登城することとなった。二人はまず正門の受付でアポイントを取ろうとしたが、まずそこから上手くいかない。


 それもそのはずである。一国の王のアポイントなど普通はどんなに早くとも何ヶ月も前から申請をしてとれるかどうかというものだ。それを当日に行って今日会ってくれ、など無法にも程がある。


「そこをなんとかならない?こっちゃ勇者なのよ?王様から特命受けてんだから。」

 アカネも必死である。あれだけ大見得を切っておきながら王に会うことすらできない、ではコンコスール達に会わせる顔がない。


「あのさ…剣聖エルヴェイティって知ってる?アレをさ、倒した人がいるらしいんだよね~?」


(出た、アカネちゃんの剣聖自慢)

 必死なアカネを横目にビシドはあきれ顔である。


「勇者でも何でも無理な物は無理です。アポイントを取って、2ヶ月くらい後にまたお越しください。」

 受付嬢はとりつく島もない。


「くっそー、当てが外れちゃったよ。こうなったら無理矢理にでも進入して直談判するぞ。」

 破れかぶれになりつつあるアカネにビシドが冷静に考え直すよう進言するが、アカネはもう止まらない。


 王城見学コースに紛れ込んで途中で抜け出し、王に直談判する事となった。


「こんなことやっちゃって本当に大丈夫なのかなあ?アカネちゃん、コレ捕まらないかなあ?」

 不安そうなビシドに対しアカネはあくまでも強気だ。


「やっちゃったことを悔やんでも仕方ないでしょ。とりあえず謁見の間からだ。行くよ、ビシド!」


 走って謁見の間にたどり着くとどうやら商人風の身なりのいい男と王が謁見をしていた。何かの陳情で来ているようだ。

 もし他国の使者だったりしたら面倒だなあ、とアカネは思っていたが、平民だったようなのでお構いなしに玉座の前までずんずんと進み出る。


「げっ!!」

 王の反応はなんとも感触の悪いものであった。実際厄介払いできたと思っていた闇の勇者が舞い戻ってきたのだから当然であろう。


「貴様等戻ってきたのか…今公務の最中なんだけど。」

 宰相がとてつもなく嫌そうな顔で答える。


「外せない大切な用事があんのよ。30分くらいでいいから時間作ってくんない?」

 アカネがなんともフランクな口調で王に対し要求する。態度については今更であるが。


「無理だ!今日も分刻みのスケジュールで暇なんてないんだから!」

「じゃあ定時後でいいから時間作ってよ!」

「ええ~、定時後~?」


 アカネの提案に対し露骨に嫌そうな返答をするスルヴ王。定時後というのは通常の業務時間の終了後、という意味である。多くの会社ではアフターファイブ、とも言われる物であり、これ以降は残業時間となる。


「今さあ、働き方改革っての進めててさあ、今日水曜日で『定時の日』にするって、皆で決めたから残業できないんだよねぇ…」


「お前!それが王の言うことかよ!!普通そういうのって被雇用者側の話しだろ?管理職は残業なんていくらでもやれるだろ!」


 いわゆる『名ばかり管理職』というやつである。ブラック企業で鍛えられたアカネとスルヴ王はどうしても話しがかみ合わない。


「いや管理職だからこそだよ?上が率先して休まないと下も休みづらいんだって!」

「うるさい、とにかく定時後、前にアタシの泊まってた客室で待ってるからな!」


 そういい捨てるとアカネとビシドは謁見の間から出て行った。突然現れて場を荒らしていく。嵐のような奴らである。



 アカネとビシドは客室でくつろぎながら『作戦』について最終確認をしていた。そろそろスルヴ王が来室するはずである。


 コンコン、とドアがなった。


「来たか、打ち合わせ通りやるよ、ビシド。」


 来室した王を慇懃に迎えると早速本題に入るアカネ。半年間戦ってきて、四天王を二度にわたって撃退したこと、剣聖に勝利したことなどを多少誇張して王に説明し、本題に入った。


「ええ~…またお金ですかあ~?前にもさんざん払ったじゃないですか~」

「いやいや、今度のは前みたいに支度金ってことじゃなくてさ、本来貰えるはずの給金が貰えてないって話しだよ?それは王国側としてもむしろまずい状況だと思うけどねえ。ね、ビシド。」


 アカネがサッと手を小さく上げる。


「モチロンソウヨ!」

 それに呼応してビシドが定型句を話す。どうやら打ち合わせていたのはこれのようだ。


 得意顔でアカネがさらに語り出す。

「っていうのもねえ、このビシドちゃん、この半年間お給金貰ってないんだよね。ね、ビシド!」

 またもサッと手を上げる。


「モチロンソウヨ!」


(くそっ、イラつくなこいつら…!)

 スルヴ王はみるみる内に不機嫌そうな顔になっていく。


「働き方改革進めてる政府さんサイドがメイドをただ働きさせてた、なんてばれちゃうとまずいんじゃないかなあ?」

 サッ


「モチロンソウヨ!」


「チッ、ちょっと待ってろ!」

 そういうと、スルヴ王はドアから出て行った。


「おお、アカネちゃん、コレ上手くいってるんじゃない?すごいじゃん!」

 ビシドが興奮気味にアカネに話しかける。


「まだまだ、本領発揮はこれからよ。」


 そうこうしてると王が金子を片手に戻ってきた。


「ホラよ、これでいいだろ!この先もしばらく戻れんだろうから、一年分入れといたぞ。

 もうしばらく戻ってこなくていいからな!」

 王はすこぶる不機嫌そうである。」


「おお~、どれどれ、ちゃんと入ってるじゃん。

 …ん?あれ…?あららー」


 あちゃー、と、額に手を当てて天を仰ぐアカネ。いちいち演技臭い。これがさらに王を苛立たせるのだ。


「ビシドぉ、これ、足りてる?」

 アカネがビシドに問いかける。


「モチロンソウヨ!」

「ちょっ…!!」

 打ち合わせにない返答にアカネが慌ててビシドを制する。

 両肩を正面から押さえて部屋の端まで押していく。


「ちょっとちょっとちょっとビシド!」

 小声でまくし立てるアカネ。


「ちょっと!それは手を上げたときだけって言ったでしょ!

 …いい?次は打ち合わせ通りやってよ!」

 部屋の中央に再び戻ってくるアカネ達。


 半笑いでアカネが続ける。

「すいませんね、ええと…どこまでやったっけ…

 あ、そうだそうだ。ビシドこれじゃ足りないよね?」

 再びサッと手を上げる。


「モチロンソウヨ!」


(苛つくだけだからもうそれやめて欲しいなあ…)

 王は心の中で悪態をつく。


「これってメイドとしてのお給金の金額だよね?でも実際今ビシドがやってるのってメイドの仕事じゃないよね?」

 サッ


「モチロンソウヨ!」


「要は危険手当が入ってないのよ。魔王討伐に行ってるんだから、最低でもここの正騎士並のお給金は貰わなきゃ割に合わないわよ。」


「………ちょっと待ってろ…

 チッ、変な小芝居しやがって!最初っからそう言やいいだろ…」

 ブツブツと悪態をつきながら王は部屋を出ていった。


 しばらくすると先ほどと同じ大きさの金子二袋を持って戻ってきて、それをアカネに渡した。


 アカネは満面の笑みだ。


「そうそう、こうでなきゃね。うちらのおかげで随分軍事費圧縮できたんでしょ?」


 金子をアカネが受け取ると王はサッと別の紙をアカネに渡した。


 領収書である。


 紙には金額と細かい内訳が書かれている。


「サインしてくれ。さすがにこれだけの金額になると後から『経費で落ちない』とか言われると俺も困るんだよ。」

 王が切れ気味にアカネにサインを要求する。

 先ほども言ったとおり今日は定時の日だから経理ももうおらず、この金子はおそらく王のポケットマネーから出した物なのだろう。


 しかし収まらないのは王の怒りである。何か、一矢報いなければ気が収まらない。


 何かないか、何か…ふと、宰相から受けていたある報告を思い出し、口を開いた。


「そういえばさあ、野盗の強盗殺人疑惑ってのがあって…」


「ああ~!!いっけない!!もうこんな時間だわ!!タイムセール始まっちゃう!

 ホラ!なにぼさっとしてんのビシド!もう行くわよ!!

 すいません!お邪魔しましたーーー!!」



 二人は嵐のように去っていった。

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