第34話 季節の挨拶から始まる果たし状

 オリハルコンを手に入れてホクホク顔でソンダッの村に戻り、一行は宿で一泊することにした。

 いつも通り宿の食堂で打ち合わせをする。


「で、これからどうするの?アカネちゃん。」

「うん、前にもちょっと言ったけど、オリハルコンの武器を作りたい。それと、オリハルコンの矢尻もね。

 …でもそれをするには…」


「金がない、ですよね?」

 言葉を一旦止めたアカネにコンコスールが合いの手を入れる。


「その通り、で、金策のために一回王都に戻ろうと思う。」


「え?また王様に金たかるつもり?さすがにもうくんないと思うよ?」

 ビシドが嫌そうな顔でアカネの案にやんわりと反対する。


「まあ見てなって、アタシに考えがあんのよ。ビシド、そん時はあんたにも協力して貰うからね?」

 アカネは不適な笑みを浮かべながらビシドに答える。いつも通り、悪いことを考えている表情である。


「アカネ様の考えは全て上手くいく。アカネ様に任せておけば何も問題はない。」

 アマランテが自信満々にフォローする。


「いやあ、どっちかというと、上手くいかなかったことの方が多いと思いますけど。

 俺の過去の件とか、剣聖の件とか、コルピクラーニの協力が得られたのも8割方偶然でしたし。」

 コンコスールの言うことももっともである。しかし、その「上手くいかなかったこと」のほとんどが何故かコンコスールがらみなのは偶然であろうか。


 目的地が決まったところで、夕食を取っていると、マスターが一行に報せが来ている、と一通の手紙を持ってきた。


「ん…?宛名は…アマランテだ。

 アマランテ、あんたにだよ?手紙だって。」

 アカネが手紙をアマランテに手渡す。


 アマランテは手紙を受け取って差出人を確認すると、一瞬眉間にしわが寄ったが、手紙を便箋から出してテーブルの上に置き、皆に見えるように読み始めた。


「拝啓


 アマランテ様


 寒さも日毎に増します今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。


 アマランテ様におきましては、学園にいる頃からあまり身体が強くなかったようで、お風邪でも召していないかと心配しております。


 さて、本日お手紙を差し上げましたのは、メルウェの神官のお仕事を退職なされたとお聞きし、何事かあったのかと、筆を取った次第でございます。


 思えばアマランテ様と私は互いにその実力を競い合い、切磋琢磨し、高めあう仲でした様に記憶しております。


 神官を退職なされて、自由の身になられたのも何かの縁と存じます。


 これを機に、互いに磨いたその実力を一度比べあうのもまた一興ではないかと、考えました。


 オムニア魔導教団の本部でお待ちしております。


 それでは、皆様におかれましても、健やかに新年を迎えられますよう、心からお祈りしております。


 敬具


 オムニア魔導教団 首長 サウロム・マリャム 」



「なんだこの回りくどい手紙…

 ん…このサウロム・マリャムって…魔導流体力学概論の著者じゃなかったっけ?

 あと、他にも…なんかあったような…?」

 アカネが首を傾げながら記憶の糸をたぐり寄せる。


「私の魔法学園での同期生。彼が首席で私が2位。彼は特待生で、私は実費。」


「随分丁寧な手紙書く奴だね。性格良さそうじゃん。」

 そうそう、と思い出したアカネがアマランテに語りかける。そういえば性格が最悪、と言っていたことも思い出したようだ。


「騙されてはいけない、アカネ様。こいつは文章を書くときは人格が変わる。」


「なんか深い因縁がありそうだけど、なんかあったの?」

 アカネが手紙をひらひらと振りながらアマランテに問いかける。


 アマランテが言うには、彼との出会いは12歳の時、魔法学園に入学したときにまで遡るという。


 アマランテは小さい頃から問題ばかり起こし、親とも意志疎通がまともにできないため厄介者扱いされていたという。しかし、魔法に対しては尋常ならざる執着心と勉強意欲を持ち、魔力でも知識でも町で彼女に比類する者はいなかった。


 彼女にとって、唯一他者から認められる物が『魔法』だったのだ。


 自分の存在意義、たった一つだけ誇れるもの。


 その『魔法』で、初めて自分を凌駕する者が現れた。

 それが彼、サウロムだった。


「サウロムの行動基準はどこかおかしい。私のことが嫌いだと言うくせにやたらとまとわりついてくる。

 入学したばかりの頃、上級生に絡まれてた彼を助けてあげたことがあった。それなのにあいつは『べ、別に助けてなんて頼んでない』とか言ってお礼も言わなかった。」


「そう…それはひど…ん?」

 相槌を打とうとしてアカネの動きが止まった。


「私の教科書が誰かに隠されたとき、彼は一緒になって探してくれた。でも、見つかってからお礼を言うと、『別にお前のために探した訳じゃない。たまたまだ。勘違いするな。』と言って怒っていた。本当に意味が分からない。」


「ツ…」


(ツンデレやんけ…)


 アカネは思わず言葉を飲み込んでしまった。

 そう、アスペにツンデレなんて理解できるはずがないのだ。考え得る限りの最悪の組み合わせ、水と油の関係である。


「ところで気になるキーワードなんだけど、この『オムニア魔導教団』ってのはなんなの?」

 気になる点をアカネがアマランテに聞く。


「確か、彼が設立した魔導学を体系的に構築することを目的とした学術集団。名前は宗教団体っぽいけど。」


「えっと、アマランテと同期なんだからまだ若いんだよね?首席って言ってたし、やっぱ相当優秀なの?」

 アカネが驚いてアマランテに聞き返す。しかし、聞き返しながらも心の中では納得していた。彼の著作を読んだからである。


 他の学術書に比べて彼の著作は異質とも言えるほどの出来であった。


 いずれの学術書でも魔法を火・水・土・風の4属性で語っていた。それがこの世界の常識であった。

 しかしサウロムの著作では属性などと言う単語はいっさい出てこず、『魔素』の振動と流れだけで全てを説明していた。魔法として発現する火や風は魔素がどう動いたか、の結果に過ぎないのだと。


 この説明は科学に慣れ親しんだアカネにとっては他の魔術書よりは受け入れやすい物であった。実際この本により彼女はたった1日で魔法が使えるようになったのだ。


 実際彼は天才なのだろう。そこは疑う余地もない。


「しかし…この手紙は、ちょっと穏便な内容じゃない気がするよな…

 この内容はまるで…」

 アカネがボソボソとつぶやきながら考え事をしている。


「と、ところで!アマランテさんは、どう思ってるんですか?その、サウロムさんのこと。」

 エピカが話に加わってきた。そう、まさに大事なのはそこである。アマランテがどう思って、どうしたいか、なのだ。


「その通りだよ。アマランテはどうしたいの?

 この手紙って、内容が丁寧すぎて伝わりづらいけど、要は『果たし状』じゃないの?」


 アマランテがアカネの言葉にはっとする。やはり内容が理解できていなかったようだ。


「ど、どうしよう…私、こんな手紙貰ったことなくて、…なんて答えたらいいか

 アカネ様、どうしたらいいと思う?」

 リアクションが完全にラブレターを貰ったときのそれである。


「あ、アタシに聞かれたって分かんないよ。アタシだってラブレターも貰ったことないし、ましてや季節の挨拶から始まる果たし状なんて初めて見たし。

 アマランテはどうしたいの?学校でずっと敵わなかったサウロムに対して、なんか思うところはないの?」


「長く『魔法』は私のたった一つの存在意義だった。その私の存在意義を奪ったサウロムにはずっとわだかまりがあった。たった一度でいい、魔法で彼に勝たないと、私は前に進めないとその時は思っていた。」

 アマランテが率直な当時の気持ちを語った。


「今は?」

 アカネが問う。


「今は別にどうでもいい。興味ない。」


 一行は手紙を無視して王都に向かうことになった。

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