第33話 コンクエスト

『智によりて成し、智によりて解かれる迷宮』


 とうとう一行は迷宮の入り口まで来た。アカネはまだ先ほどの余波を受けて、顔が若干紅潮している。


「で、アカネちゃん。こっから先のことはちゃんと考えてあるんだよね?」

 ビシドがアカネに問いかける。ターヤックの二の舞はごめん被りたいところであろう。


「いやあ、どうだろ…?アタシなんか、アレだし…こんな恥ずかしい奴の意見なんて…」

 煮え切らないアカネの返答。まだ少し引きずっているようだ。


「そんなに恥ずかしがるなら何であんなでかい声出したんですか。」

 コンコスールの言うことももっともである。しかし気分が高まってしまって、出てしまった声はもうどうにもできない。そういう時期も人にはあるのだ。


「ん…まあ、じゃあ説明するね。」

 もじもじしながらも説明を始めるアカネ。


「まず、『迷路』と『迷宮』の違いなんだけど、一番大きいのは前者は分かれ道があって、後者は一本道なんだわ。

 で、メイヤは自著でも迷宮の入り口でも不自然なくらいに迷宮迷宮連呼してるから、なんかそこにヒントがあるんじゃないのかな、って漠然と思ってたんだよね。」


「ん?でもアカネちゃん、この迷宮は普通に分かれ道がいっぱいあるよね?」

 ビシドの言うとおり、まず入ってすぐが三叉路になっている。不自然なほどに分かれ道の多い迷路である。


「そうなんだよね。今のここの状況はまず『迷宮』じゃない。」


「そこの前提がいきなり崩れちゃいましたけど…」

 心配そうなエピカ。まだアカネが本調子ではないと感じているようだ。


「じゃあ『迷路』か?っていうと、それもまた少し違うんだよなあ。

 この迷宮は一度分かれた道があとからまた合流する構造になってる道が、それこそいくつもあるけど、普通迷路はそういう構造の物は少ない。

 だって、それじゃ迷路じゃなくてただの壁になっちゃうからね。」


「もしかして、最初は迷宮で、あとから迷路に改造した…?」

 アマランテが珍しく自分の推論を展開する。


 それにアカネが賛同する。

「その通り。メイヤは最初はここを一本道の迷宮として制作して、後から壁を壊して迷路に改造したんだよ。

 だから、こんな迷宮でも迷路でもない中途半端な構造の建築物ができあがった。

 これは、実際に現地に来て、マッピングして初めて分かったことだ。」


 エピカの中で何かが繋がったようで、小さい声で考えをまとめるように何かをつぶやき始めた。

「じゃあ…もしかして、元々の『迷宮』の正しい道筋が存在するはず…?

 その『元々の迷宮』の形を探すためにいろいろな図柄を探してたんですか…」


「その通り。最初はメイヤの書いた学術書や関係する組織のトレードマーク、紋章とかから探してたんだけど、どうしても見つからなかった。

 で、ビシドが言ったんだけど、魔導流体力学概論の裏表紙に脳味噌の絵が書いてあって、『迷路みたい』って言ってたよね?

 あれで思い出したんだけど、メイヤの自著をぱらぱらめくってたときに脳味噌のイラストがあったんだ。」


「そんなのありましたっけ?記憶にないですけど。」

 エピカが小首を傾げながら記憶を探す。


「なんと、日記だったんだよね。学術書じゃなかった。」

 アカネが当該の日記帳を実際にぱらぱらとめくりながら説明する。どうやら記念館にあった書物を勝手に持ってきたようだ。


「この日記によると、メイヤの出席した学会で脳の働きについての発表があって、彼はそれにいたく感動したみたいでね。感極まって脳味噌のイラストまで日記に大喜びで描いてるんだわ。

 で、よく見てみると、この脳味噌、脳のしわが、迷宮になってる。

 なるほど、『智の迷宮』に脳の図柄とはよく考えてるわ。」


 改めて日記の表紙を眺めながら感心したようにアカネが話を続ける。

「まさかこんなとこに描いてある落書きが迷宮の図案だったとはね。

 わざと学者が探さなさそうなところに書いたのかな?」


「じゃ、じゃあ、その迷宮の絵のゴールのところに宝物庫に繋がる階段かなんかがあるってこと?」

 回線がショートしそうになりながらビシドが解答をひねり出すが…


「おいおい、なんか抜けてるだろう。」

 アカネがあきれたように返すと、エピカがおそるおそる答える。


「石柱…ですよね?この迷路に正しい一本道が存在しているなら、道順通りに全ての石柱を押していけば、それが封印を解く方法ですか。」


「そういうわけっと…」

 答えながらアカネが目の前にある石柱の上にぴょん、と飛び乗った。石柱はずずず…とゆっくり沈んでいく。


「入り口のこいつは、多分失敗したときのリセットボタンにもなってる。さすがにこいつは素直に入るな。

 さて、次はあそこにあるやつかな?」

 アカネがメイヤの日記を見ながら右奥に見える石柱を指さす。


 それにも飛び乗ってみたが、これは動かなかった。やはり老朽化により固くなっているものがある、ステファンの情報通りだった。

 アカネがハンマーを構えながら石柱をよく観察する。


「んん~、こいつは石柱と穴の芯が出てないな。

 チクニー、ちょっとそっちの隙の狭い側にバール突っ込んで軽く押してくれる?」


 言われたとおりコンコスールがバールのようなものを隙間に入れて押しながら、アカネがハンマーでコンコン、と軽く叩くと石柱はするすると地面に飲み込まれていった。


「よ~し、次。どんどん行くぞ!」

 アカネはもはや本来の調子を取り戻しているようである。


 メイヤの日記を片手に次々と石柱を押し込んでいく。石柱の押し込みも危惧されていたほど固い物はなかった。おそらく一度ステファン達が押し込んだので動きやすくなっているのだろう。


 全ての石柱を押し込んで、アカネ達は迷宮の中心、脳で言えば海馬と呼ばれる部位に来ていた。


「さて、このイラストの通りならここがゴールだな。これが最後の石柱だ。」

 アカネがまたも石柱の上に飛び乗ると、その上で何度もジャンプして石柱を踏み込む。石柱は少しずつ地面にめり込んでいく。


 石柱が全て地面に埋まるとゴゴゴゴ、という音とともに、ゴールの一区画が天井ごと上にせり上がっていった。


「おっと、挟まれないように気をつけてよ?」

 アカネはもう他のメンバーを気遣うほどの余裕ができてきた。物事が上手く進むと精神の回復も早い。


「石柱は、錠前のシリンダーのように回転体か何かの『ロック』を外す構造になってると思う。

 そこに、地下水脈か魔力かで、常に回転方向に力が掛かっていて、ロックが外れると仕掛けが作動する仕組みなんだろうな。

 今の動き方だと水脈よりは魔法かな?オリハルコンの迷宮だしね。」

 誰に話しかけるともなくアカネがしゃべり続ける。


「ここが宝物庫ですか…」

 エピカが感無量、という感じの声を出す。思えばメルウェの神殿から、アマランテの加入、コルピクラーニの森での交渉、四天王との死闘(?)、ステファン達との合流、オリハルコンの正体、といろいろなことがあった。


 宝物庫にはうっすらと光が射し込んでいるが、カンテラを使わないとはっきりとは周りを確認することはできなかった。

 見ると、天井に小さい穴がいくつもあいており、時間によってはそこから太陽光が差し込むことがあるようだ。意外と地上との距離が長くないようである。


「さて、奥にある祭壇にオリハルコンがあるんでしょうか?」

 コンコスールが前に出ようとするのをアカネが手で制する。


「待って、苔が生えてる。」

 苔?と、コンコスールが足元を見る。


「苔の上に、これは…?」

 コンコスールが何かに気づいた。苔の上に一人分の足跡があったのである。


「もしかして、ステファンさん達が、すでにここに…?」

 エピカがはっとした顔で発言する。封印が解けなかった、というのが嘘で、本当はすでにオリハルコンを見つけていたのではないか、という危惧である。


「ううん、コレはステファンのじゃないよ。匂いがしない。相当前のものだね。それに…」

 ビシドがしゃべりながら天井の穴を見る。


「この苔は天井からさす、一日に数分の太陽光だけで成長したものだよ。

 おそらく、ここまでになるのに数十年から数百年かかる。」

 こういう分析ではビシドは非常に頼りになる。


「足跡の感じからして、数十年前にここを攻略した誰かのものだね。」

 少なくとも昨日今日ここに進入した者の足跡ではない、というのがビシドの見立てである。


「ふ~ん、全く攻略者がいないって訳でもなかったんだね。」

 アカネが納得しながら前に進み、部屋の中心にある祭壇のような物の前に立つ。

 祭壇の後ろ2m程の位置にはまた石柱がある。おそらく帰るときに使うものだろう。


 祭壇の上には石版があり、なにやら大量の文字が書かれている。それをのぞき込む一同だが…


「全く読めない。文字はライリア語のものだけど、単語すら意味の理解できる物がない。古代語でもなさそう。」

 アマランテの解説にアカネが天井を見つめながら喋る。


「多分天井のあれがカギなんだろうな。マヤか、アステカか、南米のピラミッドの遺跡であった気がする。

 夏至や冬至、春分、秋分と、一年の内に太陽の位置が確実に同じところに来る日ってのがある。

 その日の…この穴の角度だとおそらく正午だね。

 その時間に光が射し込んで石版の特定の文字を指し示して、意味のある文章になるんだろうね。」


「冬至も過ぎちゃったし、春分もまだまだ先だよね。」

 ビシドが発言する。その意図としては、当然そんな先まで待っていられない、と言うことである。穴の角度から、夏至、冬至、春分の予測は立てられるかもしれない、しかしそれを待ったとして、その日が晴れでなければ全ては徒労に終わり、次の年を待たねばならない。


 さすがにそこまでの時間的余裕はない。


「そうだね。だからこんなものは~…」

 アカネがハンマーを振りかぶる。


「ちょ…」


 ドォン、と派手な音を出して石版は粉々に砕け散った。


「ゆ、勇者様!?なんてことを!!」

 エピカが驚いた顔でアカネをとがめる。他の者も唖然とした表情をしている。


「正直こいつは人間には過ぎた代物だよ。ホント言うとステファンの勇者の剣も今すぐ処分したいくらいだ。

 イルセルセだろうがヘイレンダールだろうが、『純粋なオリハルコン』は持たせるべきじゃない。

 それについては、メイヤとアタシは同意見かもね。彼は学者として知識を後の世代に残さずにはいられなかったんだろうけど。

 でもね…」


 アカネがしゃべりながら石版のあった場所の奥に手を伸ばす。


「こいつだけは、貰っておこうかな…」


 石版の奥にあった台座の上にある球体を手に取る。

 ふっ、と息を吹きかけると、埃が飛んで金色の地肌を覗かせた。オリハルコンの宝玉である。


 台座には二つ分の宝玉を置く場所があったが、一つは空であった。おそらく前述の訪問者が持って行ったのであろう。


「アマランテ、こいつはあんたが持ってて。何ができて、どんな利用ができるのか、道すがら検証していこう!」


 アマランテは宝玉を受け取ると涙をにじませた。


 アカネがギョッとした顔で見ていると、涙声で話し始めた。

「嬉しい…アカネ様からの初めてのプレゼント…友達の証…一生大事にする。」

 ほろり、と涙をこぼす。


「え、いや、そういうんじゃ…ちゃ、ちゃんと話聞いてたよね?」

 大層不安な気持ちにおそわれたアカネであったが、とりあえず奥の石柱を押して迷宮の外に戻ることにした。


「次に来る人はがっかりするでしょうね…宝玉も一個もない上に石版も壊されてて…」

 エピカがすこし残念そうな顔で後ろを振り向く。


 アカネにも一瞬ターヤックの顔が脳裏に浮かんだが、気にしないことにした。


 石柱を押して元の迷宮の中に戻った一行。

 コンコスールが大きなため息をつきながら、膝に手を突いて喋りだした。


「忘れてた…またあのモンスターのひしめくダンジョンを戻らなきゃいけないのか…」


 行くはよいよい帰りは怖い

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