第32話 バールのようなもの
アカネ達は再び迷宮の入り口に立っていた。今度は確かな準備をして、ここを攻略するためである。
手には大きめのハンマーやバールのようなものを持っている。
「よし、いくわよ!」
アカネのかけ声とともに洞窟に入っていく一行。
5分後、全力疾走で入り口まで引き返してきた。
「ゴ、ゴブリン…はぁ、はぁ…ゴブリンいやがった!!」
前回殲滅したわけではないのだから、考えてみれば当たり前である。
「マズッたね、アカネちゃん。もうこっちにはルウル・バラいないってのに…」
ビシドの言うとおりである。ステファン達がいなくなって、財宝を独り占めできるようにはなったが、問題に対しても独力で対処しなければならないのだ。
「アカネ様、私の魔法で…」
「いや、狭いところで炎とか使うとそれこそ全滅の危険もあるから、それは最後の手段にしよう。」
アマランテの提案に対し、難色を示すアカネ。しかし実際狭い場所での魔法など危険きわまりない。
ステファンは気持ちよく雷を呼び出していたが、本来であれば、火災や、ガス溜まりによる誘爆の危険すらある。ちなみに、誘爆に対しても銅合金であるオリハルコンが有効だ。鉄と違って圧電効果が発生しないため防爆仕様として銅が使用される場面がある。
「しゃあない、とりあえず慎重に進もう…」
不安を感じながらもとにかく前に進むしかない。気が重いが、アカネが前進の音頭をとる。
洞窟をしばらく進むと二股に分かれた小道から突然ゴブリンが飛び出て襲いかかってきた。幸い単独であったが、武器を持ち変える暇の無かったアカネはハンマーでこれに対応する。
ゴブリンの得物は小振りな石斧である。アカネがハンマーで石斧を受けて、その隙にコンコスールがバールのようなもので一撃を入れる。
喧嘩は先手必勝、一度大ダメージを受けた相手が反撃できるチャンスというのは驚くほど少ない。
コンコスールとアカネが交互にバールのようなものとハンマーでゴブリンを滅多打ちにした。
「はぁ、はぁ…し、しぶとかった…ベッコは一撃で死んだってのに、野生動物ってこんなにしぶといのか…」
アカネが息を切らしながら誰に語りかけるともなく話す。
「ルウル・バラって、これを一撃で倒してましたよね?それも素手で…」
コンコスールが記憶をたぐりながら話す。
「単純な腕力の違いもあるけど、多分、急所をちゃんと狙わないとだめなんだろうな…
顔の人中とか、喉、あと、会隠なんかも一撃で死ぬことがあるらしいけど…」
人中とは、鼻の下、会隠とは肛門と陰部の間、脊椎の真下である。
「いずれにしろ難易度高いですね。できる気がしない。」
アカネの詳しい解説が入ったが、コンコスールはもうあきらめ気味だ。
獲物をマチェーテやククリナイフに持ち替えればよいのだが、そうすると今度はハンマーが重くて邪魔になる。如何ともし難い。
しばらく進むと奥の方からゴブリンがまた出てきたようだ。しかも今度は5匹。
早めに気づいたので武器を剣に持ち替える。マチェーテだが。
近づくまでにビシドが弓矢で2匹を仕留める。残りの内2匹をアカネが、1匹をコンコスールが担当する。
さすがにコンコスールは体格でゴブリンに勝るために危なげなく戦う。アカネは2対1で苦しいかとも思われたが、剣聖に勝利した女である。素早い体捌きで常に有利な立ち位置を確保しながら闘いを進める。
ゴブリンも右利きのようで、石斧やナイフを右手に持っているので、基本的にこちらから見て相手の右側、右側、と回り込んでいけば武器からの距離が開くこととなる。
思い通りに闘いの進められないゴブリンが焦れて少し距離を取っていたアマランテに飛びかかった。
アマランテは一瞬驚いて固まったが、ゴブリンのナイフを寸前でかわして相手の胸に手を当てる。
タンッと、音がしてそのゴブリンは崩れ落ちた。
「大丈夫?アマランテ!」
ゴブリンを始末したアカネが駆け寄ってくる。
「今のは何をやったの?」
「とっさだったけど、周りに広がらないように、電撃をゴブリンの心臓に直接当てた。」
アカネの問いかけに対し、自分の行動を思い出して、確認するようにアマランテが答える。
「なるほど、スタンガンみたいなもんか。」
アカネが少し考え込んでさらに続ける。
「今思ったんだけど、魔法の遠距離攻撃は確かに便利だけど、魔法って空気中にでるとすぐに減衰が始まるのよね。
今アマランテがやったみたいに、魔法は相手の体の中で爆発させるようなイメージで使った方が効果は高そうだね。」
コンコスールもゴブリンを倒したようでアカネの元に寄ってきた。
アカネが辺りを見回し、顔をしかめながら呟く。
「しかし、人間じゃなくても大きい哺乳類を殺すのは、ちょっと精神に来る物があるね…」
実際狩りで慣れているビシド以外はみな複雑な表情をしている。
この場で倒したゴブリンは5匹、しかしルウル・バラはこの倍の数のゴブリンの動きをたった一回の呪文で封じていた。
「ステファンは仲間にも恵まれてんね。ルウル・バラとチクニーならトレードしてやっても良かったかな?」
アカネがぼやくように呟く。
「チクニーとルウル・バラでは単独トレードは成り立たない。2対1か金銭補償のトレードを組む必要がある。」
ちなみに途中加入のアマランテはコンコスールの本名がチクニーだと本気で思っている。
「あいつ頭ん中お花畑っぽいから意外と1対1でも応じるかもよ~?」
ビシドがにやにやしながらおどけて話す。
(実際…ちょっと対策を考えないといけないよな…
このパーティーでの俺の立ち位置が、すこしずつ無くなっていってる気がする…)
コンコスールは魔法が使えず、近接戦闘だけが取り柄ではあるが、最近その近接戦闘でもアカネの成長がめざましい。
もっと言えば、すでにコンコスールよりも剣聖を倒したアカネの方がとうに上になっているのだ。
さらにダンジョンを進み、花崗岩の層に入ってしばらく行き、そろそろ階段か、というところで大物に遭遇した。
オークである。
横になってくつろいでいたオークはこちらに気づくとゆっくりと起きあがって巨大な鉈を構えた。強者の余裕である。
しかし鈍重な相手など、ビシドとアマランテがいて遠距離攻撃のできるパーティーの敵ではない。
ビシドが矢をつがえようとするとアカネがそれを手で制した。
「こいつは…アタシにやらせて。自分の実力を試したい。」
心配そうな顔をするアマランテをよそにアカネが前に出る。
ゆっくりと半身に構えて、マチェーテを前に出すアカネ。
オークが鉈を振りかぶる、その前にアカネは一気に間合いを詰め、鉈を振り下ろしきる前にマチェーテの刃を相手の鉈に合わせる。鉈にスピードが乗る前に刃を当てることで力負けせずに相手の技に対応できる、「間合いを殺す」技術である。
テニスやゴルフにスイートスポットと呼ばれる打撃力を最大化するエリアがあるように、格闘技にも当然それがある。インパクトの瞬間をほんの少しでもずらすことができればたとえ体格差があっても本来の力を存分に発揮することなどできはしないのだ。
そのままアカネは相手に間合いを開けさせることなく手合いの距離から離れずに戦い続ける。
この距離では肩を起点としたオークのパワーを生かした戦い方ができず、逆に手首と肘を起点としたアカネのマチェーテの攻撃は面白いように入る。
テイクバックの小さいアカネの攻撃はオークの皮膚を切り裂くばかりで小さなダメージにしかならないが、自分の間合いで戦えず、攻撃を捌かれるオークのフラストレーションが溜まっていく。
焦れたオークが武器を持ってない左手で払うようにアカネの体を薙ぐ。
「ふぐっ」
なんとか堪えて体勢を保持するが、意表を突かれたアカネがマチェーテを落とす。
オークはアカネの落とした武器に目をやり、足でそのマチェーテを蹴って遠くに弾く。
その刹那、意識が外に向いたオークの正中線にアカネの掌底がねらいを定める。
―猛虎硬爬山-
深く腰を落とし、大地を蹴り、身体の捻りを使って掌底を前に押し出す。
足、腰、胴、肩、肘、手首、全てが一直線上に並ぶことで力を余すことなく掌底から相手に伝える。
それだけではない。アカネはその動きにさらに掌底に集めた魔力を相手の体の中で爆発させるのだ。
ずざあっとオークの身体が2m程も地面の上を滑って後退する。
オークの口から鮮血が彼岸花の如く咲いた。ずん、とその場に倒れて二度と動くことはなかった。
コンコスールたちが駆け寄ってくる。
「今のは!?」
コンコスールが驚嘆した顔でアカネに問いかける。
「八極拳、八大絶招の一つ、猛虎硬…」
「いえ、そうじゃなくて、なんで技名を叫んだんですか?」
「………」
「………え?」
「…アタシ、口に出して言ってた…?」
「『言ってた』ってレベルじゃなかったよ、アカネちゃん。」
ビシドが若干怯えた顔で答える。
「………」
「…ちなみにね、マチェーテを落としたのもワザとでね…ネイティブアメリカンのイロコイ族の戦闘法で、わざと…」
「すごいでっかい声でしたね!」
コンコスールが被せてきた。
「エピカも一瞬ビクッってしてたもん!私も心臓止まるかと思ったよ!」
ビシドはまだ興奮気味である。
「さすがアカネ様、あれくらい大声を出さないと気合いは入らない。格好良かった。」
「その…私も格好良かったと思いますよ!私も…やりたくはないけど、見てて、その…楽しい、というか…」
アマランテとエピカのフォローが心に刺さる。
アカネは顔が真っ赤である。
「いや、そういうアレではなくて…別に必殺技の名前を叫ぶとか、そういうのに憧れてるとかじゃなくてね…」
「ヒーローみたいでかっこよかったですよ!勇者様!!」
コンコスールの追撃であった。
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