第31話 世界一汚い涙

 アカネ達がソンダッの村に戻ってから4日が過ぎた。相変わらず迷宮に関する記述を探しているが、あまり状況は芳しくないようである。


 村で唯一の飲食のできる施設である、宿屋の食堂で全員が昼食を取っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 光の勇者ステファンである。


「や…やっと戻ってこれた…」

 どうやらかなりお疲れのようだ。


「え、あんたらまだ遺跡に潜ってたの?すごいボロボロじゃん。」

 アカネの言う通りステファン一行はボロボロで、頬はこけており、疲弊しきった様子であった。

 ターヤックの姿も見えない。


「ごめん、話は後でいいかな?今はそれよりも水と食事だ。」

 ステファンはマスターを呼ぶと全員分の水と食事を用意させた。


 食事が運ばれてくると何日も食事をとってなかったかのようにそれにがっつく一行。というか、実際食事にありつけていなかったのである。遺跡に入るとき、そこまで長い期間になると思っていなかったので荷物の邪魔になるほどの食料と水は用意していなかったのだ。


「その様子だと上手くいかなかったみたいだね。ターヤックはどうしたの?まさか遺跡に置いてきた?」


 アカネの問いに対し、幾分か落ち着いた様子にはなったが、食事を続けながらステファンが答える。

「置いてくるわけないだろう?というか、それができなかったからこんな状態になるまで付き合っちゃったんだけどさ。」


 ステファンの話によるとやはり遺跡の攻略は上手くいかなかったようである。ターヤックの持ってきた石柱を押し込むパターンは十数種類あったが、いずれも上手くいかなかった。


 そもそも300年前の遺跡である、石柱が堅くて押し込めず、一つの試行をするにも大変な時間がかかり、一日で5パターン程度しか試せなかったという。

 テームとスフェンの剣はその時に曲がってしまったそうな。


「勇者の剣での解呪はできなかったの?」

 それが分かっててアカネは意地悪な質問をする。


 ステファンが言うにはやはりそれもできなかったという。そもそも最深部がどこかが分からないのだ。ターヤックの指示、推論をもとに何か所かで解呪の法を試してみたが、いずれも不発だった。


「まあ、実はそっちについては分ってたんだけどね。

 そもそも解呪の力を持つオリハルコンの武器を持つ者だけが次のオリハルコンを手に入れられる、って意味不明だし。

 だから、魔法的な封印じゃないとは思ってたんだ。言わなくてごめんね。」


 アカネが解呪についてネタばらしをする、が、ステファンは特に怒っている様子もない。今はとにかく遺跡から生きて帰ってこれたことの喜びが大きいようだ。


「まあ、言われてみればその通りだね。やっぱり石柱の謎を解かないとアレは無理だね。ちょっと。

 で、ターヤックの方なんだけど、『もう一度王都の書斎に戻って一から調べなおす』って言って、洞窟から出たら一人で王都に帰っちゃったんだ。」


「あいつちょっと自分勝手が過ぎるな。

 まあ、学者ってそんなもんなのかな?学者としても問題ありそうな気がするけど。」

 アカネはなぜ自分が探索から離脱したのか、ターヤックの判断基準の危うさ、情報にバイアスをかけていること、をステファンに説明した。


「なるほど、そんな理由があって離脱したんだね。ちゃんと理由があったのか…

 僕のパーティーは少し自由な意見を言いづらい空気があるのかもな…君たちを参考にした方がいいかもしれないね。」

「それは絶対にやめた方がいいです。」

 横で聞いていたコンコスールが速攻で否定する。


 アカネはターヤックの判断基準の危うさ、『勇者の剣』で封印は解けなさそうであったことは説明したが、それ以上の説明はしない。


 それ以上、とは、アカネ自身が気にかかっている、「迷宮」と「迷路」の違いや、もちろん「オリハルコンの正体」のこともである。

 自分の力で気づいた物、その財産を他人にやすやすと譲り渡すような甘ちゃんではないのだ。


 食べ終わったステファンが今後のことについて話し出した。

「僕たちは探索はあきらめて、ここはパスすることにするよ。いつまでもこんなところで時間をつぶせないし、オリハルコンの武器なら『コイツ』があるしね。」

 腰に差している『勇者の剣』の柄をなでる。


「ところで、アカネさん達に、一つ提案があるんだ。さっきの『自由な意見を言う』ってことについてなんだけど。

 突拍子もない思い付きに聞こえるかもしれないけど、アカネさんと僕のパーティーメンバーを一度『シャッフル』する、っていうのはどうかな?」


 ステファンの、まさに青天霹靂の提案であった。


「え?いや、ええ?そんなの無理でしょ?だって、チクニー、こいつイカ臭いよ?

 ビシドはちょっと難しい話すると、すぐ知恵熱だすアホだし。

 エピカはベンヌがビビるくらいのでっかいちんちムグ…」


 言ってはいけないことを言いそうになったためエピカがあわててアカネの口をふさぐ。


「私は、アカネ様の元を離れるつもりはない。杯を交わした仲。」

 そんなもの交わしてないが、アマランテだけが明確な拒否の姿勢を示す。


「それでも、組織というものに新しい風を吹かせるためには、有用な方法だと思うんだけどね…

 アカネさん、思ったことをすぐ口に出すのは君の良きところでもあり悪しきところでもある。

 イヤならイヤでそう言ってほしいし、その理由を教えてほしい。」

 ステファンが真剣な目でアカネを見つめながら話す。どうやら本気のようだ。


 長い沈黙ののち、ゆっくりとアカネが口を開き始める。


 自分でも、なぜこの提案に反対なのか、とっさに言い訳を始めたものの、その考えを頭の中でまとめだしたようだ。


「アタシは…みんなと別れたくない…このパーティーが好きなんだ…」


 どうせまた変なオチが待っているか、演技だろう、とコンコスールが構えるが、アカネは目に涙を浮かべ、顔を真っ赤に紅潮させている。

 いつものアカネの態度からは考えられないその様子に一同が押し黙り、沈痛な雰囲気が流れた。


「前にも言ったけど、アタシには友達がいなかった。コミュニケーションをとるのが下手だった、てのもあるけど、それ以上に人が信じられないんだ…」


「友達になれそうな人や、目的を同じくする仲間がいても、『もしかしたら裏切られるんじゃないか』『この人を信じていいのか』、そう考えると自分から壁を作って、自分自身を守ってたんだ…」

 伏し目がちで、ゆっくりしたトーンでアカネが自身の暗い過去を話す。

 ビシドとコンコスールも真剣な顔で話を聞いている。もはやいつものように茶化せるような雰囲気ではない。


「でも、このパーティーは違う。みんながみんな自分の意見を自由に言って、嘘も、ごまかしもない。

 アタシはこのパーティーじゃなきゃ、生きていくことなんてできない。」


「このパーティーにいる限り、『裏切られるんじゃないか』『嘘をついているんじゃないか』なんて疑う必要はないんだ。」

 とうとうアカネの目から涙がこぼれた。

 顔をくしゃくしゃにして泣きながら訴えかける。


「アタシは…この皆じゃなきゃ嫌だ!

 誰が欠けてもいけない。みんなが大好きなんだ!!」


 そういうとアカネはテーブルに突っ伏して大泣きし始めた。

 それをアマランテが慰めるように抱きしめる。


「そうか…変な提案をして悪かったね。」

 ステファンが謝罪の言葉を投げかける。


「僕たちはもう行くよ。助けを待っている人たちが大勢いるからね。じゃあ、さようなら。」

 ステファンがそう言うと、一行は席を立ち、会計を済ませてから宿の外に出ていった。


 涙がおさまったようで、アカネはまだ鼻をすすりながら小さい声で呟いた。

「ごめん、ちょっと一人にしてくれる…?

 は…恥ずかしい…」


 その言葉を聞くとビシド達も、宿の部屋に戻っていった。


 皆の姿を遠目で眺めるアカネ。


(ビシドは…そもそも信用どうこう言う以前に「危なくなったら一人で逃げる」宣言してるし、実際ベンヌの時は一人で真っ先に逃げやがった。)


(チクニーは、信じるも信じないもない、奴隷だからアタシについてかなきゃいけない。そもそもアタシの事を全く信用してないのが見て取れる。)


(エピカが見ているのはチクニーだけだ。正直あの醜態を目の当たりにしてもまだ好きだなんて異常だと思うけど、アタシの事は特に気にしてない。信用するかどうか以前の問題だ。)


(アマランテは、頼れる人間がアタシしかいないから、アタシについていくしかない。他に選択肢なんてない。)


(打算と利害関係だけで成り立ってるこのパーティーに信用なんて最初っからないんだから、疑いを持つ必要なんて全くないわ。)


「いっぺんホンマこのパーティー考え直さなアカンな…」

 全員が部屋に戻ったのを確認してからアカネがボソッと呟いた。


「それにしても上手くいってよかった。

 オリハルコンの秘密を話して、迷宮の攻略も、あと一歩って、この場面でメンバーシャッフルなんてされたらたまったもんじゃないわ…

 ステファンうちらの分のメシ代も払ってくれたかな…?」


 演技であった。



 その日の夜、宿の部屋でいつも通り打合せをした。

 メイヤと関係の深い組織や、彼の家紋など、幾何学模様や図柄を中心に迷宮攻略のヒントになりそうなものを調べさせているが、成果はまだ上がっていない。


 「魔導流体力学概論」の本を読みながら、アカネが今後の方針を考えていると、ビシドがぼそっと呟いた。


「アカネちゃんの読んでるその本の裏表紙、脳みその絵?なんか迷路みたいだね。」

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