第30話 オリハルコン
ソンダッの村に戻ったアカネ達は一旦宿に戻ってゆっくりと体を休めた。
アカネはエピカとアマランテ、コンコスールにメイヤ記念館で『迷宮』に関する記述を入念に調べさせた。
それだけでなく、迷宮の形に似ている、その道順を表しているかもしれない絵、幾何学模様、魔法陣、関連のありそうな物は全て調べさせることにした。
一方アカネの方は、というと、アマランテから貸してもらった魔導書を宿屋で読みふけっていた。
たとえ平易な言葉で書いてあったとしても、学術書である。それを大方理解できるようになってきているのだ。アカネのライリア語の学習はだいぶ進んでいるようである。
「アカネちゃんさあ、みんなに調べ物はまかせて自分は魔法の練習?」
字の読めない手持ち無沙汰なビシドはアカネの邪魔くらいしかする事がない。
「まあ、確かに今回のことにこれは直接関係ないんだけどさ。今のウチに魔法使えるようになっときたいのよ。
オリハルコンを手に入れる前にね。」
魔導書を読みながらビシドと話をしていると、アマランテが部屋に戻ってきた。
「お、アマランテ、休憩?」
アカネが声をかけるとアマランテはうれしそうな声で答える。
「うん、少し疲れた。
アカネ様はどうです?わかりやすい本はありましたか?」
「う~ん、正直言うとどれも無駄な修辞、仮定の上の仮定、分かってることだけの繰り返しで、とても学術書のレベルじゃないね。
…ただ、この本だけは分かりやすかったかな。」
アカネは一冊の魔導書を取り出した。それには「魔導流体力学概論」と書かれていた。
「それはサウロム・マリャムの著書。私も彼の本は分かりやすいと思う。でも人格は最悪。」
「ん?個人的な知り合いなの?」
意外なアマランテの発言にアカネが問いかけた。
「個人的な、というか、学校で同期だった。
以前に2位の成績で魔導学校を卒業した、と言ったけど、そのときの主席が彼。」
なるほど、世間はせまいものだな、とアカネが感心する。
その著書は魔法の発現を概念上の仮想粒子『魔素』の振動と流れによって説明していた。
「これならアタシにもイメージしやすいわ。この本しばらく借りていい?
悪いけどアマランテ達はそのまま調べ物を続けてくれる?私はこの本読みながら魔法の練習をしてみるわ。」
「もうあきらめなって、アカネちゃん魔法の才能ないんだって。」
ビシドがにやにや笑いながら茶々を入れる。
「ビシドさん、アカネ様は魔法の発現まで後一歩のところまで来ている。すばらしい才能の持ち主。」
アマランテはお世辞をいえるような人間ではない。彼女が「才能がある」と言えば、おそらくそれは正しいのだろう。
その日の夜、アカネが全員を集めて部屋にある中くらいの円卓の上でそれぞれの成果を確認しあった。まだ1日目ということもあり、大きな成果は見られないようであったが、何やらアカネの鼻息が荒い。
「どうしたのアカネちゃん?なんかいいことあった?バストサイズでも上がった?」
ビシドが軽く煽ってくるが、今日のアカネはそんなもの意に介さない。
「ふっふっふ、新たなるステージへと上ったアタシにはそんな煽り効かぬわ!
とうとうアタシね、…集気法と発気法以外の魔法が使えるようになったのよ!!」
さらにアカネは続ける。
「いやー、しかしこれでウチのパーティーで魔法使えないのチクニーだけになっちゃったね?
どうすんの?もうあんた特殊な発電くらいしか取り柄なくなっちゃうジャン?」
(腹立つくらい上機嫌だな)
頬杖をついて、心底どうでも良さそうな顔で話を聞くコンコスール。
コンコスールのリアクションが薄かったのがつまらなかったのか、アカネは話を進めることにしたようで、サッとテーブルの下からスキレットと配管部品を取り出す。
「あ、なつかしい。王都で買ってた配管部品だ。まだ持ってたんだ。」
「ま、ここはオーソドックスに炎魔法かな。」
ビシドの発言を無視してアカネがそういうと、配管を手にとって目をつぶると、深呼吸をしながら魔力を高め始めた。
ボッ、と、配管に火がつく。熱そうにそれをスキレットの上に落とすと、配管はそのままスキレットの上で燃え続けた。
「良く燃えますね、これ。なんでできてるんですか?」
コンコスールがぼーっとした顔で発言する。何も考えてない顔である。
しばらくして、アマランテがガタッと、前のめりになって燃え続ける配管に注目した。
「ど…どういうこと?」
「お、やっぱりアマちゃんには分かっちゃうかね?これ。」
アカネがうれしそうに話す。
「燃えてるんじゃない…魔力を保持している。アカネ様はすでに魔力を発してないのに…」
「言われてみれば…これは一体どういう事ですか?勇者様。」
アマランテの発言により事態の異常さに気づいたエピカも食い入るように燃える配管を見ている。
そうこうしているうちに配管の火は消えた。
「はい、こちらオリハルコンの配管になりまーす。」
事も無げに言うアカネ。
「へぇ…」
惚けた顔のコンコスール。
「オリハルコンって良く燃えるんだね…」
ビシドも興味なさそうな顔で返すが…
「………」
「……え?」
「オリハルコン!?」
コンコスールがテーブルをダンッと叩きながら聞き返す。
「ちょっ、アカネちゃん!自分が何言ってるか分かってる?そのオリハルコンを探しにこんなとこまで来たんだよね!?」
ビシドも状況が理解できたようで、アカネに食ってかかる。
「いやー、良く燃えますね、オリハルコン。」
「聞いてるの!?アカネちゃん!こんなとこにオリハルコンがあるわけ無いでしょ!?
おっぱいが小さすぎて言葉が通じないの!?」
ビシドがさらっと酷いことを言う。
「実はこれはね…って、ビシド!いくらなんでもその発言は酷くないか!?アタシにだっておっぱいも人権もあるんだよ!!」
気を取り直して説明に入るアカネ。
「ま、結論から言うとね、アタシ実はオリハルコンの正体を知ってんだわ。」
「ほ、本当ですか?勇者様!じゃあ、迷宮にいく必要はもうないんですか?」
驚愕した顔でエピカがアカネに尋ねる。
「それは後々話すから待ってて。
…オリハルコンの正体、それはね、真鍮よ。」
アカネの言う真鍮とは、黄銅とも呼ばれる、銅合金の一種で、銅と亜鉛を主成分とする物である。
加工性が良く、腐食しにくいため、配管部品を始め、銅版印刷など、用途は広い。
「実を言うとアタシはそれを知ってたから王都で真鍮の部品を買って、魔法を覚えてからゆっくり試すつもりだったんだけどね、魔法がなかなか使えるようにならなくて、遅くなっちゃったわ。」
「いや、でも…『勇者の剣』と比べると随分しょぼくないですか?これ。」
コンコスールの言うことも確かである。ステファンが勇者の剣を使用したとき、彼自身はアカネと違って魔力を込めてはいなかったし、そもそも威力が段違いである。
「まあ、それについては、正確に言うと『オリハルコンの正体は真鍮』じゃなくて「真鍮はオリハルコンの主成分の一つ』なんだろうと思うね。インパクト重視でさっきはああ言ったけど、何か他にも添加物が必要なんだと思う。」
なぜインパクトを重視するのか。
「さらに言うと、鋼に焼き入れ、焼き戻しみたいな表面処理をするように、魔法金属にも同じ様な表面処理か、魔法処理とでもいうのかな?そういうのが必要なんだと思う。
そういった詳しい作り方が『メイヤの迷宮』にはあるんじゃないのかな?」
アカネの発言に少しコンコスールが考え込んでから口を開いた。
「えっと、じゃあ、今のところ『それ』を使って何かできるわけでもないし、メイヤの迷宮にも行かなきゃならないんですよね?結局。」
「まあ、そうなるね。真鍮が魔力を溜める性質があるのは分かったけど、現状でそれをどうこうするアイデアはないし。」
「なんだぬか喜びか。事態はなにも進展してないんじゃん。」
「ちょ、ちょっと、コレ大発見のはずなんだけど!?」
反応の薄いビシドに対してアカネが慌てて自分の成果を強調する。
「実際大発見だと思う。やっぱりアカネ様はすごい。
魔法が使えるようになったのも早かったし。さすがアカネ様。」
「ま、まあ、知ってた、ってだけの話だけどね…」
アマランテに持ち上げられて、今度は逆に謙遜するアカネ。承認欲求は強いが、褒められ慣れていない部分もある。面倒くさい女である。
「あと当然、このことは他の人にはナイショ、だからね。」
アカネが唇の前に人差し指をたてるジェスチャーをした。
「この件が落ち着いたら一回何ができるのか、ゆっくり検証したいですね。」
「そうそう!そういう建設的意見を待ってたのよ!」
エピカの提案に賛同するアカネ。何か薄ぼんやりとやりたいことはあるようだ。
「でね、一回どっか大きな町に行ったらね、鍛冶屋でオリハルコンの武器を特注で作りたいのよね。」
どうやら、中間をすっ飛ばして一気にオリハルコン製の武器を作って、実用品として使いながら検証作業をしたいようである。
「そんなお金どこにあんのよ…?」
ビシドがつまらなそうに問題点を指摘する。何をするにも先立つ物は必要である。ましてやこちらはステファン達とは違い、政府の支援は受けられないのだ。しかもオリハルコンの正体に気づいたことは王国には秘密、である。
しかし、アカネの表情は意外にも明るいままだった。何か金策があるのだろうか。
「ま、実はそれについてもちゃんと考えてあんのよね。アタシに任せてよ。」
今日のアカネは絶好調であった。
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