第29話 グラナイト イン
「んん~、よく寝た。
生まれて初めて熟睡できた。」
つやつや顔のアマランテが伸びをしながら独り言を言う。
「いつも、夜一人になると不安な気持ちがおそってきて熟睡できなかったけど、今日は違う。
アカネ様、これからは毎日一緒に寝てほしい。」
つやつや顔のままアカネの方に100点満点の笑顔で振り返る。
一方アカネは、というと、目の下にクマがあり、非常に眠そうにしている。
「お、アカネさん、初めて王都で会った時みたいな顔してるな。そんなんで今日大丈夫か?」
テームが笑いながら話しかける。
「まあ、あん時は昼夜逆転生活のニートで、不健康だったからね。」
不機嫌そうな顔でアカネが返す。
「そういやあのころとは随分印象が変わったな。目の下のクマもそうだし、あのときは猫背で、覇気がなかったな。今は随分良くなったぜ!」
アカネの背中をバンバンとたたきながらにこやかに話すテーム。
「こっち来てからタバコもやめて、筋トレして、規則正しい生活!随分健康になったからね!!
毎月の物もドバッと出てピタッと止まるわよ!!」
笑いながら言ってはいけないことを平気な顔で言うアカネ。
「勇者様それセクハラです。訴えますよ。」
コンコスールが真顔で、朝飯のビスケットをかじりながらノリの悪いつっこみを入れる。
「ちっ、面倒くさい言葉覚えやがって…」
アカネとコンコスールが例の如く悪態をつきあっていると、不機嫌そうな声でターヤックが話しかけてくる。
「今日は一気に迷宮の入り口まで行きますからね。寝不足だからって足を引っ張らないでくださいよ。」
どうやらアカネが昨日の間違いを指摘した件で随分と根に持っているようだ。
一行は朝飯を食べ終わると来た道を引き返し、二股の分かれ道まで来ると、今度は左側の道に入っていった。 1時間ほど道を行くと、花崗岩の地層に入った。道は順調に下っている状態だ。
「よし、これは間違いなく正しい道だ。この先に必ず迷宮の入り口があります。」
正解の道に確信を持ったようで、ターヤックの声が明るくなる。
「え…おかしくないか?」
水を差したのはまたもアカネだった。
「…何がおかしいんですか…」
とたんに不機嫌な声になるターヤック。しかしそれに対するアカネの反応はなんとも煮え切らない物だった。
「いや、なんだろうな?何がおかしいのか、自分でもよく分からない、というか…」
「その、…勇者様。ターヤックさんの説明に矛盾点もないですし、せっかくいい兆候だというのに、水を差すというのも…」
なんとも歯切れの悪い調子だがエピカも遠回しにアカネを批判する。
「うん、そうなんだよな。ターヤックの言ってることは正しいと思うんだよ。だからこそ違和感を感じた、というか…
ん~、自分でもよく分からなくなってきた。思い出したらまた言うわ。」
「もう言わなくて結構ですよ。黙っててください。」
ターヤックの機嫌は完全に損なわれてしまったようで、もうアカネの方を見ようとすらしない。
アカネを無視して歩みを進めることにしたようだ。
コンコスールやビシドは、というと、あまりの空気の悪さに戦々恐々としている。いつものような怒号の飛び交う元気な場の荒れ方ではなく、静かに、険悪な雰囲気となっているからだ。このような事態に対応できないのである。
沈黙の中、さらに1時間ほど歩くと、花崗岩の層を抜け、ついに階段にたどり着いた。
「とうとうここまで、ここが迷宮の入り口だね。」
もはや、沈黙に耐えかねており、喋るきっかけを欲していたステファンがホッとしたように話す。
長い階段を上ると小さな石造りの門があり、そこが正式な迷宮の入り口のようであった。門の上部には何やら文字が書かれている。
「智によりて成し、智によりて解かれるたくあん…」
「たくあんじゃなくて迷宮です。」
何をどう読み違えたのか分からないがアカネの間違いをコンコスールが訂正する。
迷宮内部に入ってみると、内部は多くの分かれ道で構成された迷路になっており、ところどころに小さな石柱のようなものが地面から生えていた。
「この石柱を正しい手順で地面に押し込んでいけば、最深部への道が開かれる、と書物にはあります。
押し込む順番に関しては僕と父の考えた、いくつかの候補があるので、それを試してみたいと思います。
ですが、その前にまずはマッピングですね。」
はぐれないように全員でマッピングを行う。迷宮は全体としては大きな円形となっており、石柱の数は50ほどあった。
もちろんこの数の石柱を総当たりで順列組み合わせ式に押し込んでいくことは不可能だ。そもそも全ての石柱を押すのかも分からない。ダミーが混じっている可能性もある。
幸いなことに迷宮内部には魔物は住み着いていなかったが、なるほどたしかにこれだけの分かれ道と組み合わせを持つ迷宮であれば闇雲に歩き回っても攻略はできないだろう。
そもそもゴールがどこかが分からないのだ。
通常の迷路であれば、複雑な分かれ道から一つの正解を選び、端から端まで移動する。しかしこの迷宮は道が分かれたと思っても、あとで合流してひとつの道に戻っていたりする。
どうやら通常の迷路とは著しく様相が違うようだ。
さて、マッピングが終わり、いよいよ攻略、というところでアカネが意外なことを言い出した。
「今日はもう、帰るわ。」
「え、帰るって?どこに?ここまで来たのに?」
驚愕した顔でアカネに問いかけるステファン。
「ソンダッの村によ。ちょっと準備不足だったわ。」
アカネの素っ気ない言葉に闇の勇者一行のメンバーもついていけない様子だ。
コンコスールとエピカが必死で説得をする、が、アカネの意志は変わらない。
ビシドは「好きにすれば?」といった風で、そもそも迷宮自体に興味がないようだし、アマランテはアカネの選択を全てに優先する心づもりのようである。
「アカネさん…宝は山分けする、とは言いましたが、さすがに攻略に参加しないのなら全て僕たちがもらいますよ?
それでもいいんですか?」
意図を全く汲めないステファンが不安そうな顔でアカネに問いかける。
しかしアカネはそれでも構わないという。
結局コンコスールとエピカは不満顔だったが、アカネ達一行はダンジョンを出て村まで戻ることにした。
「勇者様…もしかして、ステファンが裏切るかも、と考えているんですか?宝を見つけた時点でこちらを始末して、独り占めするんじゃないかと…?
それでこんなことを?」
洞窟を歩く道すがら、コンコスールがアカネに尋ねた。
「いや、他のメンバーはどうか知らないけど、あいつはそんなことしないよ。
あいつの言葉、過去に嘘はない。多分ね。」
「じゃあどうして?せっかくここまできたのが無駄にならないですか?」
コンコスールに続いてエピカも不安そうにアカネの顔をのぞき込みながら話す。
「いや、言ったとおりだよ?単純に準備不足なんだって。」
「でもアカネちゃん、準備してるうちにステファン達に宝とられちゃうんじゃないの?
あっちにはターヤックも解呪の力を持つ勇者の剣もあるんだし。」
ビシドの危惧ももっともに聞こえるが…
「取られたら取られたで仕方ないけど、あいつ等には多分無理だよ。
そもそも、アタシがあいつ等と離れる一番の理由がターヤックだし。」
「態度悪いからですか。」
「あのな!アタシがその程度でへそ曲げるように見えるのか!!」
(見える)
コンコスールの問いにそう答えたアカネに対し、ほぼ全員が心の中で突っ込んだ。
「思い出したんだよ、違和感の正体を。
あいつが最初に道を間違えたとき、なんて言ったか覚えてるか?『端に行くまで答えは分からない』って言ったんだ。
ところが正解の道に入ったとき、今度は同じ条件で『この道が正解だ』と言った。
おかしいだろ?
正解かどうかなんて分からないだろ!?端に行ってみるまで!!」
アカネの言っていることは正しい。正しいのだが、だからといって同意できるかというと、別の話である。
実際アマランテ以外は皆「何を言っているんだこいつ」という表情である。
「そのお…でも結局正解でしたよね?迷宮は見つかったじゃないですか。」
今一話の要旨が分からないながらも、おそるおそるエピカが意見する。
「それは結果論だ。重要なのは!
…あいつが情報にバイアスをかけてるって事だ。それは学者としてやっちゃいけないことだ。
あいつと一緒に行動するのは、むしろ『危険なこと』だと、アタシは考えた。だから、離脱した。」
「それは分かりましたが、結局重要なのはオリハルコンを手に入れられるかどうかですよね?
結局ステファンにおいしいところ全部さらわれちゃうんじゃないですか?」
コンコスールの言うことももっともである。これに対しアカネが答える。
「アタシがみたところ、迷宮の封印は魔法による物じゃなくて機械的なものだ。
動力は地下水脈か、もしかしたらそれ自体は魔力かもしれないけど、とにかく鍵穴の部分は機械だ。
勇者の剣での解呪はできない。」
エピカが考え込みながら答える。
「確かにそれなら、『智によりて解かれる』というメイヤの言葉とも合致しますね。
強大な権力者や、選ばれた魔道具を持つ者ではなく、自らの知力で迷宮を解いて欲しかったようですし。」
「『勇者の剣』を作ったのはメイヤ自身。そんなチートで迷宮を攻略されるのは絶対に防ぎたかったはず。」
めずらしく、アマランテが建設的な意見を出す。
「その通り。で、もう一つ。300年前に作られた機械的な封印。ならいろいろガタが来て正常に動かない可能性もある。
だからソンダッの村で道具を揃えたい。
それに…解呪するには、後一手、足りないんだよね。それを見つけたい。メイヤ記念館の書物でね。」
アカネはさらに続ける。
「それと最後の一つ…ターヤックは結局一度も『迷宮』と『迷路』の違いに言及しなかった。
アタシの見立てじゃ、迷宮を解くカギはやっぱりそこにありそうなんだよね~。」
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