第28話 アカネの過去
悲しい過去合戦、ステファン一行のターンが終了した。
次は闇の勇者一行のターンである。
コンコスールの過去話がぬるま湯なのはよく知っている。ビシドにも期待できない。野山の中でなんの悩みも無く山猿の如く自由に育ったに決まっている。
アマランテは悲しい過去がありそうだが、たとえあってもそれを正しく彼らに伝えられないだろう。このパーティーの中で随一の口下手なのだ。
唯一戦えそうなのは同性愛者(実際には同性愛者ではなく、トランスジェンダーの異性愛者だが、簡略化のためこう記す)としての暗い過去を持つエピカだが、一通り話し終わって、今後の夢、「ふたなり」の話題になったときに爆笑の渦になってしまうことが約束されている。
そもそもエピカは同性愛者であることを知られたくないようでもあるので積極的には話さないだろう。
(やはりアタシが出るしかないか…
真打ち登場だな。アタシの悲しい過去力でお前等を悲しみまみれにしてやるぜ。)
十分に溜めて、ゆっくりと、アカネが過去を語り出した。
「アタシはね…昔から他人との距離感を測るのが苦手というか、コミュニケーションをとるのが下手だった。」
全員「納得」という表情をする。
「当然友達なんか一人もいなくて、孤独な少女時代を過ごしてた。」
全員「やっぱり」という表情をする。
「勉強や進路を相談する相手もおらず、たいしたとこに進学もできなかった私は、卒業してから、いわゆる『ブラック企業』に入っちゃったんだよね。」
「そこで待ってたのは恐ろしい、奴隷にも等しい過酷な労働環境だった。
上司からの理不尽な命令、繰り返されるパワハラ、次々とやめていく同僚、心を病んで病院送りになる同期の社員。
労基に駆け込んだ同僚が、逆に労基から情報提供者をリークされて首になったこともあった。
いつの間にか、日付を越えてから帰宅するのが、アタシの日常になっていた…」
「アタシはついに、会社を辞めてニトる事にした。…もうアタシの精神は限界だったのよ…」
「そんなある日、この世界に召還されて勇者になったアタシは、他にメシ食う方法もないし、魔王を倒しに行くことにしたの。」
「………」
「………」
「…んん…」
なにやら微妙な空気が流れた。
「…いや、…ちょっと弱いですね。」
コンコスールが難色を示した。
「うん、弱い。」
ビシドもそれに同意する。
「ちょっ…なんだよ、弱いって!
人の過去にケチ付けるなよ!!」
「いや…まず、誰も死んでないですよね?
他の人の話聞いてました?やっぱ誰かしら死んでないと、ちょっとねえ…
友達は、一人もいなかったんじゃなくて、一人いたけど、死んだことにしたらどうでしょう?」
コンコスールが大胆な提案をする。
「ブラックに勤めてた、ってのも…別に強制されてそこで働いていたんじゃないんだよね?
たとえば…そうだね、家族が人質に捕らえられてて、それで仕方なくそこで働くしかなかったってのはどう?」
ビシドも負けじとアカネに提案をする。
「お前ら人の過去をなんだと思ってんだ!!
過去は変えられない!変えられるのは現在の行動と未来だけだ!!」
何かアカネがいいことを言ったような気がする。
しかし確かに他の者の過去話と比べるとだいぶ弱かった、というのは隠しようのない事実だ。
自分の労働環境を「奴隷」にたとえたのもよくなかった。
何しろ目の前に本物の奴隷がいるのだ。しかもその奴隷の主人はあろうことか他の誰でもない、アカネ自身である。
それに、人は基本的に自分の価値観を基準として判断する。
アカネが「奴隷のような環境」と言えば、アカネ自身は死すら予感するほどの過酷な労働環境を想定するが、この世界の人間はそうではない。
この世界の奴隷の労働を考え、「その程度の環境」と、想定する。コンコスールを見ていれば何となく分かるが、実はこの世界の奴隷はそれほど過酷な環境に置かれていない。
以前に話題に出た「四民平等政策」による物も大きいが、なにしろ借金で首が回らなくなって自分自身に値札をかける者もいるくらいである。
要は、「目の前にいるオ○ニーマエストロと同じくらいの労働環境」と、思われたのである。
「私は、すごくよかったと思う。」
なぜかアマランテがキラキラした目でアカネを見つめている。
「そ、そう?」
アカネがすがるような目でアマランテを見る。
「小さい頃の私とアカネ様はよく似ている。
私は、誰と話しても理解してもらえず、『話の通じない奴』と言われて、親からも世間からも疎まれて育った。
話が通じなくて、かっとなって、喧嘩になることもよくあった。当然友達なんてできたことない。」
ここまで話すと、アマランテは一瞬溜めた後、決意を決めたように話し出した。
「…も、もしよかったら、私の…初めての友達になって欲しい…」
アマランテは顔を真っ赤に紅潮させて、震えながらアカネに訴えかける。
どうやら彼女にとっては友達発言は一大決心だったようだ。
「ええ?なんか光栄だなあ…じゃあ、あんたもアタシの初めての友達になってよ。
改めてよろしくね、アマランテ。」
アカネがにっこり笑って握手のための手を差し出すと、アマランテが熱っぽい目でがしっと両手で掴む。鼻息が荒い。
何か早まったことをしたかもしれない、とアカネは一瞬後悔した。
空気を変えるべくアカネが口を開く。
「話変わるんだけどさあ、ステファン。『月刊勇者』読んだんだけど、あんたがいろんなとこで魔王軍と一見関係ない活動してるのも弱者救済ってこと?」
「そうだね。僕は困っている人が目に付けば絶対に助けるように心がけてる。
それに、魔物は別として、必要がなければ悪人でも殺さない。話し合えば人間同士分かりあえるはずだからね。」
ステファンが優しく微笑みながら答える。まさしく勇者、といえる行動指針である。
「へぇ、すごいね。
こっち来て一ヶ月で野盗ぶっ殺して金品奪ったアカネちゃんとは大違いだね。」
ビシドが身も蓋もないことを言う。
「おおおおおお前!そうやって古傷をえぐるようなことをぉ!」
アカネが呻きながら突っ込む、が、勝手に古傷にするな。何勝手に過ぎ去った事にしているのか。殺された方はたまったもんじゃない。
「ま、まあ、その話はもういいじゃない!明日も早いしもう今日は寝ましょう!」
野盗の一件を突っ込まれたくないアカネは手早く話を畳んだ。
最後なんだかよく分からない話になってしまったが、悲しい過去大会は尻すぼみながらも終了し、各自寝支度にはいることにした。
それとなくアカネとステファンのグループに分かれるようになった。ちなみにターヤックはステファン側だ。
改めてアカネはステファン陣営をじっくりと観察した。話の流れは今一分からなかったが、驚くほど皆真人間だ。
フランクなくせに変なところで妙に冷淡な頭の悪い獣人もいないし、イカ臭い奴隷もいない。ふたなり志望の男の娘もいなければ、コミュ障魔導士もいない。
ルウル・バラが唯一の責めどころだが、彼はそれを補って余りある力を秘めている。寒気を感じるほどの恐ろしい強さだった。
振り返って自分の陣営に目をやる。
「アタシ達のパーティーに必要なもんが何なのか、よく分かったわ。」
アカネの言葉に、一同がぽかん、とする。何も考えてない顔である。
「それはね…悲しい過去よ。」
どうやらアカネも何も考えてなさそうだ。
「やっぱ主人公たるものWikipediaに『悲しい過去一覧』が作られるくらいじゃなきゃ、話に『重み』ってもんが出ないわよ。」
「それは…今更どうしようもないのでは?
さっき『過去は変えられない』って、自分で言ったばかりじゃないですか。」
コンコスールの言うことももっともである。
「だから、過去のことについて聞かれても、易々と本当のこと教えるんじゃなく、『今はまだ言えない…』とか、『俺の過去に触れようとするな…』みたいな感じでかわすのがいいのよ。今日のアタシはちょっと軽率だったわ。」
「まあ、要するに初期のチクニーみたいな感じに思わせぶりに振る舞えばいいのよ。」
これがアカネの結論であった。
「え…俺、思わせぶりな事なんて言いましたっけ?」
今一釈然としないコンコスールであったが、明日は一度引き返した上で最深部に進まねばならない。
アカネのことなど無視して寝ることにした。
さて、アカネが毛布に身をくるもうとすると突然アマランテがずずいと身を寄せてくる。
「な、何?アマランテ…?」
意図を測りかねたアカネが半笑いでアマランテに話しかける。
「と、友達になったはず。友達なら、一緒に寝るくらい、朝飯前。
パジャマパーティーというやつ。」
そういいながらアカネに抱きついてきた。アカネの知っているパジャマパーティーとはだいぶ違う。
そもそもパジャマなど着ていない。一日歩き回った服のままで汗臭い。
「い、いやあ、どうだろな?アタシあんまりパジャマ方面詳しくないんだけど…ちょっと一般的なパジャマパーティーとは違う気が…
ビ、ビシド、…助け…ああ、もう寝てる!」
コンコスールはまだ起きているがニヤニヤしながらアカネを観察している。アカネはこいつにだけは死んでも助けは求めたくない。
エピカは毛布にくるまって背を向けながら何やらぶつぶつ言っている。
「私は、そういうの、いいと思います。…人の数だけ、恋愛の形があると思います…」
「ち、ちが…そういうんじゃ…誰か…」
ダンジョンの夜は更けていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます