第27話 以下省略
一行は進みながらも沈黙が続いていた。それは、アカネの発した空気詠み人知らずの発言ばかりが原因ではない。
ここまでの道程で、ターヤックの説明により、基本的に地下へ、過去の地層へ進んでいくことが正解のルートであると聞かされていた。そうして花崗岩の地層よりも深く潜ってしばらく進むと、迷宮に続く階段が現れる、そのはずであった。
洞窟は地下へ地下へと向かっているが、常に下り坂というわけではない。上がったり下がったりしながら、全体的に見れば潜っている、というような道程となっていた。
しかし、今進んでる道は、下っているのか…?
「おい」
アカネが呼びかけた。ターヤックに対して、である。
「おい、もう気づいてんだろ?ウチら、明らかに上ってるぞ。
いつの間にか、一度入った花崗岩の層よりも上に出てるし。」
「なにが言いたいんですか…言いたいことがあるならはっきり言ってください。」
ターヤックは不機嫌そうな声で答える。
「じゃあはっきり言うよ。さっきのでかい二股の道、右じゃなかったんじゃないの?
さっき右の道を選んだとき、どういう判断基準で右にした?
もっと言うと、『適当に』右を選んだんじゃないの?」
アカネは相変わらず言葉をオブラートに包むと言うことを全くしない。『闇の勇者一行』では全員が自分勝手に意見を言うのでそれでも問題ないのだが、はたしてそれが、別の集団でもうまく行くのか?
ターヤックは明らかに不満げな態度を隠さない。
「要するに僕の判断が間違っているって言いたいんですよね?でもね、そんなのは道の端に行くまで分からないんですよ。
道は下るばかりじゃないんですから!」
意外にもアカネはこの答えに対し理解を示した。
「まあ、そりゃそうだね。もし引き返しても、こっちが正解の道だったらまた来なきゃいけないからね。
よし、正解だろうが間違いだろうが端まで行くとするか!」
喧嘩腰に話しかけてきたのにあまりにもあっさり引くアカネに拍子抜けのような顔をするターヤック。
しかし、アカネは別に喧嘩腰に話しかけたつもりはもとより無いのだ。通常運転である。
しばらく進むとまたゴブリンが2匹出てきたが、今度もまたルウル・バラが、その鉄拳で一撃の下にに2匹を肉塊に変えた。野良犬二匹程度ならもはや呪文など必要とせぬ。
やはりステファンなどいらなかったのだ。
しかし…一行の足が止まる。
行き止まりであった。
「まあ、しゃーない。戻ってやり直しだな。チクニーもちゃんとマッピングしてるよね?」
アカネがコンコスールに確認する。インデクトだけでなく、彼もマッピングを続けていた。
「笑えばいいですよ…あなたの言ったとおり、僕の間違いだったんですから!
そんな気を使うような態度じゃなく、僕を責めればいいじゃないですか!」
ターヤックが自嘲気味に、投げやりに話す。意外にプライドの高い人間だった。
「いや、なにを切れてんのか分かんないけど、そもそもおまえが右の道を選んだとき、誰も意見を言わなかったんだから、道を間違ったのは全員の総意ってことだろう?
まだ早いけど、今日はここで休んで、明日から道を戻ることにしない?」
アカネの提案にステファンが肯定の意を示す。
「そうだね。みんなもちょっと精神的に疲れてるみたいだし、今日はここで休むとしよう。」
ステファンの明るい声はみんなを落ち着かせる効果がある。アカネの乱暴な語り口とは対照的だ。
たき火を囲んで食事をしているとき、ふと、アカネが思い出したように話し始めた。
「そういえばさ、前にアマランテに『なんで勇者をやってるのか』って聞かれたことあったじゃん。」
アマランテがこくり、と頷きながらアカネの方を見る。
アカネが続ける。
「ステファンはさ、なんで勇者やってんの?頼まれると断れないから?」
「僕はね…」
ステファンが暗い顔をしながらゆっくりと語り出した。
「マルセイユの貧しい家庭の生まれだった。…いや、あれは家庭と言っていいものかどうか。」
彼の母親は売春婦、父親は『ヒモ』であった。ヒモと言っても時々は日雇いで銭を稼いでいたようだが、そうした銭はすべて酒と麻薬に消えていたという。
父親は頻繁にステファンに暴力を振るったが、母親は止めもしなかったという。
後から知った話だがそもそも彼が父親だったのかどうか、かなり怪しいのだという。
ステファンが10歳の頃、母親は自殺した。
ダウナー系の麻薬の副作用だったという。
父親の暴力は一層ひどくなった。働かなくては生きていけなくなった不満を余すところ無くステファンにぶつけるようになったのだ。
12歳になった頃、ステファンはついに家出をし、町のギャングの世話になるようになった。
金になればなんでもやったし、実際殺人以外のほとんどの犯罪に手を出していたという。
そんなある時、日本製だという一つのマンガを読んだ。
マンガの中では自分と同じくらいの年の少年が弱き者を助けるため、巨大な悪と戦うため、死力を尽くして戦っていたという。
なぜ自分はこうでないのか、なぜ自分は汚れなくては生きていけないのか。羨ましい、妬ましい、こうなりたい。自分だって、環境さえ違えば、正義の味方になれるはずなのに…
そんな思いを抱えながら、汚れながら生き続け、数年後。突如異世界に呼ばれたのだ。
「環境が変わったんだ。僕が正義として求められる場所に来ることができたんだ。だったら、この力をみんなのために使いたい。全ての弱い者のために使いたい。それが、僕が勇者を続ける理由だ。」
(お…重い…)
アカネにとって予想外に重い理由だった。
(勇者らしい…なんて勇者らしい理由なんだ…!!俺は仕える方を間違ったんだ…!!)
そう思ったのはコンコスールである。
だが今更どうしようもない。そもそもが主人を選べない奴隷なのだ。
「俺たちも実は勇者様の過去を聞くのは初めてなんだが…みんなそれぞれ重い理由を抱えて戦ってんだな。」
そう語ったのは王都一の勇士、テーム・エーララであった。
「俺は元々王都で騎士を勤めてたんじゃなく、別の領主の元で騎士をやってたんだ。」
テームの語りが始まった。
(あ…次はこいつの番なのか…)
なんだか面倒臭い弁論大会が始まったな、と、アカネが微妙な表情になる。
「俺は王国の南端、エルベソ家の騎士を勤めていたんだ。そこの騎士団長だった。」
「お前かーい!!」
テームの語りにアカネがダンッと、地面を両手で叩いて大声を出した。アカネの奇行に周りが騒然とする。
「お前だったんかーい!!!!」
両手を地面にたたきつけたまま足を延ばし、そのままプランクのような姿勢でぷるぷると震えている。
「す、すいません、この人ちょっと情緒不安定なところあって…」
コンコスールがとっさにフォローする。フォローになっていないが。
ああ、情緒不安定か、なら仕方ないな、という顔を全員がする。ここにいるほとんどのメンバーが王都でのアカネの醜態を目撃しているからである。
何が「お前だった」のか。コンコスールの正体の勘違いの件である。
アカネがコンコスールの正体だと勘違いしていたエルベソ領の行方不明になったという騎士団長、それがまさに目の前にいるテーム・エーララだったのだ。
正直本人からすれば「知ったことか」という類の話である。
「で、まあ知ってるかもしれんが、エルベソ領といえば魔王軍に滅ぼされた曰く付きの土地だ。」
(あ、話続けるんだ。この人ハート強いな…)
エピカが心配そうな眼差しを向ける。
「俺は家族を守ることよりも騎士団長としての仕事を優先した。当然だな。それが騎士ってもんだ。
だが、王国政府は違った。
家族は殺され、領地は蹂躙され、守るべき主もいなくなり、多くの戦友がこの世を去った。
それでもまだ、政府は援軍を出さなかった。」
「ほかの誰かを待ってちゃ何も進まないんだ。何かを望むなら自分が動かなくちゃいけないんだ。
そう思ったからこそ、俺は守るべき者を全て失って、たった一人になっても、戦うべく、この魔王討伐に志願したんだ。」
家族も、領民も、仕える主も全て失って、それでも絶望ではなく前に進むために生きると決意した男であった。
静かになり、皆が神妙な面もちをしている。
その中、ビシドとアマランテだけが内容がいまいち理解できず、手持ちぶさたにしている。
ビシドは話や言い回しが複雑だと理解できず、アマランテは今一他人の感情に興味がもてない。目下枝毛と格闘中である。
「みんないろいろあるのね…」
次に口を開いたのはステファン一行の紅一点、ベルコ・ノルノであった。
「私はね、ステファン様と同じ、娼婦の娘だった…」
~以下、似たり寄ったりの悲しい過去話が続くので省略~
「…ということだったんです。」
見習い騎士、スフェン・ナラの悲しい過去話が終わった。
これでステファン一行のパーティーはルウル・バラ以外は全て話し終えた。
ルウル・バラの話が聞けるかとも思ったが彼は喋らないようだ。まだ彼の真言以外の言葉を一度も聞いていない。
(これは…)
(これは、うちらのターンか…)
アカネが覚悟を決める。
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