第26話 ルウルバラ無双

 コルピクラーニ達の村にアカネと、ステファン一行は一泊させてもらった。

 村にはもちろん女性もおり、別にコルピクラーニ達が男だけの種族、ということではないようだ。


「じゃあなんでさっきの追悼集会には男しかいなかったんだ?

 チクニー、あんたなんか事情知ってんでしょ?どういうことなの?」


「たまたまですよ、たまたま。それは別にいいじゃないですか!」


 アカネの問いに対し歯切れの悪い回答をするコンコスール。しかしまあ、別にそれはいいか、と、アカネもそれ以上追求することはなかった。

 なにしろ明日からいよいよメイヤの迷宮遺跡に挑むのだから、と、荷物の確認を始めた。


「ところでステファン、あんた『迷宮』と『迷路』の違いって知ってる?」

 ふと、アカネがステファンに問いかけた。


「いや、知らないよ。君は知っているの?」

 あっさりと知らない、と答えるステファンにアカネはしばらく考え込む。


「いや、聞いたことあるような気がするんだけど、思い出せないんだよね…

 気になるなあ、何が解決の道になるか分からないから。」


「いずれにしろ、この『光の勇者』ステファンさまにかかれば解けない謎はありませんわ。」

 話に話って入ったのはステファン一行の女魔導士、ベルコ・ノルノだった。

 性格はずいぶん社交的なようで違うが、外見が微妙にアマランテと被っている。


「そうだな、こっちにゃ解呪の力を持つ『勇者の剣』があるんだ。どんな封印がされてようが向かうところ敵なし、だ。」

 さらに話に加わったのは同じくステファン一行のスカウト、インデクトだった。

 寒くないのだろうか、この森に於いても彼は軽装だった。


「え、勇者の剣ってそんな力もあんの?チートが過ぎるだろ。」

 アカネの不満げな語りに対してステファンが笑いながら答える。


「魔法でかけられた、呪いや封印を解く力があるんだよ。

 もちろん、封印を解いたのは僕たちだから宝は独り占め、なんてことは言わないから安心して。」


 話に参加していない騎士二人、テームとスフェンは剣を研いでから寝支度を始めた。


 怪僧ルウル・バラは座禅をしてなにやらぶつぶつ呟いている。


 コルピクラーニの村の夜は静かに過ぎていく…



 静かな夜の中、密室でアカネの荒い息づかいとくぐもった声だけが聞こえる。


「んっ…ふぅ…ふぅ、あっ…」


「ああ…はあ、ふっ…」


 沈黙に耐えきれず、ステファンが口を開く。

「いや…アカネさん…何をしてるのかな?」


「何って…スクワット見たこと無いの?」

 スクワットを止めることなくアカネが答える。


「いや、スクワットは知ってるんだけど…今やること?しかも勇者が。」


「言ってる意味が分からないんだけど?」

 アカネの額には汗がにじみ始めた。


「価値観の相違という奴か…」


 なんとなく釈然としない顔をしながらも、ステファンは明日のために眠りにつくことにした。


 次の日、コルピクラーニの若い男に連れられて、メイヤの迷宮の入り口まで来た。


 途中インデクトがマッピングをしながら、なにやらメモを取っていたようなのでアカネが聞いてみると、なんと王国への報告書を書いているのだという。


「そういうことだったのか!『月刊勇者』にやたらとステファンの情報が多いのはしっかり報告書を書いていたからか!」

 アカネは目から鱗が落ちる思いだった。報連相の大切さをまさか異世界で思い知ることになろうとは。


 報連相とは『報告』『連絡』『相談』の三つを指し、これができるとできないとでは上司の覚えが全く違うので、これから社会人になる人は是非覚えていて欲しい。


「まあ、うちはそんなことする人がいないし、そもそも言えないような情報も結構多いですからね。」

 コンコスールの言うとおり、野盗殺しとか恋愛自爆テロとかヘタすると王政府の威信が傷つくような内容である。


 アカネがこれに反論する。

「いや、うちだって結構がんばってるじゃん。エルヴェイティ倒したり、ベンヌ撃退したり。」


「え、ベンヌって、魔王軍四天王の、あの『風のベンヌ』?

 そんなのいったいどうやって撃退したんだい?」

 ステファンが驚いてアカネに尋ねる。


「そりゃもちろんエピカのちんちムグ…」

 エピカがあわててアカネの口を押さえる。


「話し合いで解決したんです!話の分かる方だったんです!」

 やはり言えないような情報だったようだ。


 さて、入り口で雑談していても始まらないので、一行はここでコルピクラーニと分かれて早速ダンジョンに突入することにした。


 中は真っ暗になっており、カンテラの明かりを頼りに進む。

 やはりアカネは沈黙が耐えられないようで、特に重要なことでなくても喋らずにはいられないようだ。


「ここって魔物が住み着いてるってはなしだっけ?うちらは魔物なんてナイトメアくらいしか会ってないからね。なんかわくわくしてくるわ。」


「ナイトメア?そんなのいましたっけ?」

 この男は寝ていたため、あのナイトメアの大騒ぎを知らないのだ。

 後のチクニー呼称で自身の行為がばれていたことは知っていたが、あの場で彼の暴露大会が始まったことも知らないのである。


「ああ、いや~まあ、いなかったですかね?うん、そんなのいなかったですね。」

 エピカがあわてて火を消す。


「そうですね…魔物なんてトレントくらいしか見てないですね。たしかに。」

 コンコスールが魔物の記憶を掘り返すが、やはりそれくらいしか出てこない。


「へ?トレント?そんなのいたっけ?」

 アカネが不思議そうな顔で小首を傾げる。


「あ、いや…いないですね。はい、いないです。勘違いでした。」

 コンコスールが自身の発言を取り消す。公式的には一度も魔物と遭遇していないことになった。


 一行はターヤックを先頭に洞窟を進む。洞窟は複数の分かれ道があったが、彼とその父がメイヤの手記から読みとったことによると、基本的にはひたすら地下へ、過去の地層へ潜っていくのが正解なのだという。


 しばらく進むとビシドが小さい声でアカネ達に囁いた。


「静かに、前方から一人…いや一匹?何かが二足歩行で歩いてくる。」

 全員の足が止まり、緊張感が走る。


「一匹ならやり過ごした方がいいね。ルウル・バラ、頼む。」

 ステファンの言葉にルウル・バラがこくり、と頷くと一歩前に出た。


「しばらくは誰も声を出さないようにね。」

 ステファンが唇の前に指を一本出すジェスチャーをしながら小さい声で話す。


 ルウル・バラは右手の人差し指と中指で刀印を作ると素早くそれをスライドさせながら一つ一つ呪文を唱える。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 刀印で横に5回、縦に4回指を切ることでそれは完成した。早九字である。


 前から来たそれは、一匹のオークであった。巨体の上に豚の首を乗せたような異様な出で立ちである。


 全員の間に緊張が走ったが、『それ』はまるでこちらが見えていないかのようにアカネ達の間を通って素通りしていった。


 オークの姿が見えなくなると、ルウル・バラはまたなにやらぶつぶつ呪文を唱え始めた。

「オン・キリ・キャラ・ハラ・フタラン・バソツ・ソワカ・オン・バザラド・シャコク」


「今のは…?」

 どうやら終わったようなのでアカネが口を開く。


「簡単に言うと僕たちの気配だけを異界に飛ばしたらしい。詳しいことは分からないけどね。」

 ステファンが答える。

 アカネはルウル・バラの底知れぬ力に恐怖を抱いていた。


 脅威が去って、しばらく進むと、二股に分かれた道にさしかかった。これまでの道は、明らかに後から作られた細い分かれ道であったり、上と下とに分かれた道だったため、地下へ、地下へ、と続く道を迷うことなく進んできたのだが、ここは同じ様な大きさの道が同じ高さに分かれている。


 どちらへ進めばよいのか、しばらく思案する一行。実際にはガイドのターヤックが道を検討しているのだが。

 熟考した後、ターヤックが口を開いた。


「右に行きましょう。」

 彼の中で答えが出たのか、行き先が決まったようだ。しかし、その意図を聞くモノは誰もいなかった。迷宮に着くまでの案内は彼に一任する心づもりである。


 しばらく進むとぎゃあぎゃあと大量の生物の鳴き声が遠くから聞こえてきた。


「ごめん、音が反響してどこからくるかも何匹いるかも分からないけど、どっかからなんか来るわ。」

 ほとんど何の意味もないビシド警報が伝えられた。


「ようし、いよいよ私も魔物討伐の初戦か…」

 アカネがマチェーテを抜きながら構えるが、ルウル・バラがそれを手で制しながら一歩前に出る。


 複雑な印を両手で結びながら、またも呪文を唱え始める。

「オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ」


 魔物が目視できる位置まで来た。アカネ達の行る場所は三叉路であったが、そのうちの一つから「何か」の集団が走ってくる。数は10匹ほどだ。どうやらこちらの気配に向こうも気づいている。


 その魔物は成人女性と同じくらいか、それよりも少し小さいくらいで、全員武器と粗末なぼろ切れを身にまとっている。


「もしかして、ゴブリンってやつか…?」

アカネが呟く。自分よりも小さい魔物ではあったが、敵意をむき出しにして迫ってくる野生動物の姿というのはなかなかの迫力である。


 アカネが緊張して身構えるが、ルウル・バラはさらに呪文を続ける。

「ジャク・ウン・バン・コク・ソワカ」

 両手で印を結び、それをぎりぎりと締め上げる。


 ぎゃあぎゃあと、ゴブリンの集団はもはや数歩で切りかかれる距離まで近づいてきた。

「ジャク・ウン・バン・コク・ソワカ」


 これはいよいよ呪文に失敗したか、と、アカネがゴブリンの一撃に備えて下段にマチェーテを構えて備えた瞬間、襲いかかってきたゴブリン達は急に体の制御を失ってそのまま慣性の法則に従って地面に投げ出された。


「魔法が成功したみたいだね。」

 一歩下がって見ていたステファンが前に出てくる。

「魔法って言うか真言だろ…」

 アカネが静かに突っ込む。


「少し下がって耳を塞いでて。僕が仕上げるから。」


 そういうとステファンは勇者の剣を鞘から抜き、天に掲げた。

 すると、轟音とともに雷が発生し、ゴブリン達を消し炭に変えた。


「な、何だよこの武器チートが過ぎるだろ!アタシが苦労して野盗やエルヴェイティ倒したのがばかばかしくなるな。」

 まだキーンとする耳を押さえながらアカネが大声で呟く。耳がやられて自分の声の大きさがよく分からないのだ。


「いや…ていうかさ…」

 アカネが少し考え込みながら話す。


「ルウル・バラ一人だけでもう全部良くね?今ステファン必要だったか?」



 ああ~、とか、あちゃ~、とか全員がそんなリアクションしながら沈黙する。


「あれ?またアタシ何かやっちゃいました?」


 空気の読めないアカネを中心として、絶妙な不協和音を奏でながら一行は黙々とダンジョンを進む。

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