第25話 再会
トレントの群生する森はエイヤレーレの炎により盛大に燃えていた。
それを必死に近くの小川からバケツリレーで消火活動するコルピクラーニ達。もちろんそれにコンコスールも参加する。
なぜかベンヌも消火活動している。
森は、燃え尽きてしまった…
正確に言うと、もちろんコルピクラーニの広大な森全体が燃えたわけではなく、その一部、トレントの群生地だけが燃えてしまったのだが、ともかく、この日、地上からエデンの園が消えたのだ。
悲しみに暮れる男たち。
アカネたち女性陣が事態が呑み込めず呆然としていると、いつの間にか数十名のコルピクラーニ達が集まって集会のようなものが始まった。なぜか全員男性だ。
当然のことのようにその集会に参加するコンコスール。
ビシドに聞くと、何かの『追悼集会』だという。
男たちが、一人一人、亡くなった『何か』への熱い思いを語っている。
「俺にとってはよ…あいつは、『戦友』みたいなもんだったんだ…」
コンコスールの隣に当たり前のように座っていたベンヌが静かに語りだした。エイヤレーレはとっくの昔に帰ったが、この男は帰らなくてよいのだろうか。アカネ達とは敵同士のはずだが。
「つらい戦場でも、孤独な戦いのさなかでも…『あいつ』はとなりにいて慰めてくれた。いや、『あいつ』がいるから、俺は自分を慰めることができたんだ…」
ベンヌの頬に清らかな悲しみの涙がこぼれる。
アカネはいまいち話が呑み込めない。『あいつ』とは誰なのか?この『追悼集会』は誰のための物なのか?なぜ『追悼集会』に女が一人も出席していないのか?
そもそも、確かに大規模な火災ではあったが消火活動の甲斐もあって犠牲者は誰もいなかったはずだが…
「…わかります。」
コンコスールもやはり瞳に涙を浮かべて、ベンヌに同意した。
「分かるのか…」
アカネは言いようのない不安を覚えて静かにつっこんだ。
コンコスールがさらに話を続ける。
「今この場に、コルピクラーニもイルセルセもヘイレンダールもなく、ただ男たちが悲しみに暮れている。
それだけのものを包み込む優しさが、『あいつ』にはあったんです。
…世界はこんなにも愛にあふれているというのに、なぜ人と人とが争わねばならないのか…」
アカネはコンコスールの言葉に、いい話を聞いているような、そうでもないような、複雑な気持ちを抱えていた。
「それが立場の違いというものさ。『あいつ』から見たら、くだらない拘りなのかもしれないがな…
さて、俺はもう行くぜ。俺には俺の使命がある。これでさよならだ。」
コンコスールが寂しそうに答える。
「次に会うときは…敵同士ですね。」
今もそのはずだが。
「じゃあな、あばよ。」
そういって去ろうとするベンヌにアカネが慌てて声をかけた。
「ちょ、ちょっと待って。あんたたちの狙いもオリハルコンなんでしょ?
アタシたちがそれを見つけたら、待ち伏せして奪うつもりなの?」
当然そうなるであろうと思っての問いかけだったが、ベンヌの答えは意外なものだった。
「そんなことはしない。メイヤの遺跡は『知の迷宮』だ。
お前がそれを、『知』の力で攻略したのなら、それを『力』で奪うのはフェアじゃない。
メイヤ自身もそれを望まないだろう。」
「話はここまでだ。じゃあな。」
そういうと今度こそベンヌは森を去っていった。
不思議な男だ、とアカネは感じた。噂に聞く非情な魔王軍の四天王であるはずなのに、戦いを好まず、フェアにこだわる。
コンコスールとの間の語らいにはなにか、ばかばかしい、イカくさいものを感じたが、それも含めてこの男の飾らない姿に魅力を感じていた。
その秘められた実力の片鱗を肌で感じたことがあるだけに、できれば敵として出会いたくない相手だ、とも思ったが、それだけでなく、この男に憎まれるような人間にはなりたくないような気持であった。
さて、追悼集会の方はどうなったかというと、どうやらこの集団の長老と思しき男が冥福を祈る言葉を述べて終了した。
しかし、集会の終わりに意外な言葉が聞けた。
ビシドによると、彼らはこう言っているという。
ヘイレンダールはコルピクラーニに対して攻撃し、大切な『友人』を奪った。
しかしここにいるコンコスール一行はそれに抗し、ともに守るために戦ってくれた。
彼らはもはや大切な兄弟だ。いや、穴兄弟だ。
それに報いるため、彼らに協力しようと思う。
「穴兄弟?」
意味不明な単語が出てきてアカネが首をかしげる。
「い、いや、そこはどうでもいいじゃないですか!コルピクラーニが迷宮に案内してくれるってことですよ、勇者様!」
「いや…『コンコスール一行』っていうのも引っかかるんだけど…
引っかかるというか、すごくいやだ。」
「だから、大事の前の小事でしょう、そういうのは!おとなしくご厚意にあずかりましょうよ!」
コンコスールがこういう必死な話し方をするのは大抵何かを隠している時だが、実際この男のおかげで事態は好転したようだ。
そこは現金なアカネの事である。素直に従うこととした。
そうこうしていると、山火事と集会の気配に寄って来たのか、別の集団から声をかけられた。それは、ライリア語であった。
「コルピクラーニ達と打ち解けるなんて、すごいね。アカネさん達は。」
落ち着いた、聞き覚えのある声で話しかけてくるその男は、堂々たる振る舞いに気品と力強さを感じさせた。
そう、半年ほど前に王都で出合った、『光の勇者』ステファンであった。
召喚の儀の時に見た、5人の従者と、もう一人、見慣れない一人の少年を連れている。
「僕たちも協力を仰いだんだけどね、全く相手にされなかったんだよ。」
苦笑いしながらステファンが肩をすくめる。
「虫のいい話だとは思うんだけど、僕たちも同行させてくれないかな?」
確かに虫のいい話ではあるが、彼の爽やかな語り口調に不快感を覚えるものは通常であればいないだろう。通常であれば。
「は?アタシになんのメリットがあんのよ?それ。」
だがアカネだけは別だ。彼女はステファンのことが気に食わないのだ。
「確かにコルピクラーニに案内してもらって君たちは迷宮の場所までは行けるだろうね。でも、それだけだ。その先のことは分からない。
君たちは迷宮がどんな構造になっているか知っているかな?」
確かに知らない。迷宮に何があって、どこにオリハルコンが納められているのか、前情報が何もないのだ。
ステファンがアカネの沈黙を肯定と受け取ってさらに続ける。
「迷宮の入り口から本体までは洞窟で繋がっており、地中深くに本当の入り口がある。そこから先が迷宮本体だ。
洞窟は元は一本道だったらしいけど、300年のうちに魔物が棲みついてね。それぞれ勝手に巣穴を掘り進めて、現在はダンジョンのようになってるんだ。
つまり、ただ迷宮の入り口に来ただけでは本体までたどり着くのは至難の業。」
それはお前らも同じだろう、とアカネは言うが、もちろんその対策があるからこそ話しかけてきたのだ。
「そこで彼の出番というわけだ。」
ステファンが先ほどの「見慣れない少年」を紹介した。
「彼の名はターヤック。親子二代にわたって迷宮の研究を続けている、若いけどこれでも学者なのさ。」
確かに話は筋が通っている。難癖をつけてごねてやろうと、しばらく思案したアカネだったが…
「迷宮で得られた拾得物についてはどうすんのよ?それが目的で行くんでしょ?」
この程度の反論しかできなかった。
「それについては山分けだね。分けられないようなものだったらまた改めて考えるってことで。」
ステファンがさわやかな笑顔で返す。
「む…まあ、仕方ないか…」
結局アカネが折れることとなった。
何をやってもこの男にはかなわないのか…
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