第24話 最果ての地のエデンの森で
アカネたちはコルピクラーニに入る手前のソンダッの村で宿をとることとした。ここはメイヤの生まれ育った村である。
村はさびれた観光地、という感じで、唯一の観光資源であるメイヤ記念館とメイヤの生家をしばらく見学した。
メイヤの生家はただのボロくさい家にしか見えず、王国内でも『がっかり観光地』の名を欲しいままにしているという。
中に入ると係員が必死に説明してくれたが、アカネたちはただ「ふ~ん」と返すのみであった。
宿に戻った後、パーティーは思い思いの時間を過ごしていた。アカネとビシドの二人は食堂でナッツを齧りながら雑談をしていた。
「アカネちゃんさあ、アマランテって覚えてる?」
ビシドの唐突な質問に、そんな最近のこと忘れてるわけないだろう、とアカネが答える。
「忘れてるわけないだろ。メルウェの神殿にいた、なんかネクラでスケベそうな神官だろ?」
「自己紹介ありがとう。」
ビシドがさらっと返す。
「てめえ、だれがネクラでスケベそうだ!?このマタギ女!!」
「アカネちゃん、自分が言われて嫌なこと人に言うのやめなよ。」
ビシドの突込みも尤もである。
「それよりアタシそんなスケベそうに見える!?なんか王都の奴隷商館でも似たようなこと言われた気がするんだけど!!」
「まあ、なんかむっつりそうかな?まあ、それはいいんだけどね。アマランテの話。」
「そのアマランテがどうかしたの?」
アカネがぶぜんとした表情でテーブルに置かれたナッツを齧りながらビシドに聞く。
「そのアマランテが、今アカネちゃんの後ろにいる。」
「………」
アカネの手が止まり、一瞬硬直する。
ゆっくりと振り向き、後ろを確認するアカネ。
振り向くと、確かにいた。
以前に着ていたドレスではなく、黒を基調としており、スリットの入った短いスカートと、胸の大きく開いたトップス。
無表情である。感情を全く感じさせないそれ、からは怒っているのか、あきれているのかも判然としない。
「…いやー、これはこれはどうも、よくぞこんなむさ苦しい所へ…」
露骨に下手に出るアカネ。『むさ苦しい所』と聞いてカウンターの主人がこちらを睨むが、アカネは気にしない。
「あ、どうぞどうぞこちらにお座りください。いやね、今もちょうどアマちゃんのこと話してたところでしてね。
…その…落ち着いていて、セクシーな人だったねーって。」
言い換えに少し無理がある。
「で、本日はどのようなご用向きで…?」
「退職の手続きをしてたら、少し遅れてしまった。」
アマランテが答えるが、どうも話がかみ合わない。退職…?神官を辞めたというのか。
「途中野盗と戦う羽目になってさらに遅れた。アカネ様に特殊な魔法がかけられてたみたいだから、魔力をたどって見つけることができたけど。」
特殊な魔法、とはやはりヤーッコの翻訳魔法の事であろう。
アカネは彼女がアスペ気味だったことを思い出して、丁寧に聞き出すこととした。傍で聞いていて内容がいまいち分からないが、おそらく彼女の中では「話が繋がっている」はずなのだ。
「何か、アタシたちに用があって追ってきたってことだよね…?
神官をやめた、ってことは、もしかしてアタシたちのパーティーに加わりたい、ってこと?」
アカネの問いかけに対し、アマランテがこくん、と頷く。
「すごい、アカネちゃん今の良くわかったね。」
ビシドが驚嘆する。
「アカネ様は今まで私の会ったことのないタイプの人間、でも私に似てるところもある。…その生き方を見せてほしい。傍で。」
「うん、いいよー。」
即答するアカネ。
「軽っ!!」
コンコスールの声である。別の場所でエピカと雑談でもしてたようだが、夕飯を食べるために二人とも食堂に来たようだ。
「勇者様、軽くないですか?私が加入するときはあんなに渋ってたのに!」
エピカは半泣きだ。
アカネが言い訳するように答える。
「まあでも、あの神殿で一番魔力が高いわけでしょ?道中野盗を一人で撃退したみたいだし、戦力的には問題ないんじゃない?それに…」
少し考えこんで、アカネが続ける。
「それに…なんか、ほっとけない、というか…」
釈然としない答えではあるが、ここは彼女のパーティーなのだ。彼女に決定権がある。
ともかく、新戦力の加入である。聞けば、彼女は魔法学校を2位の成績で卒業しており、攻撃魔法が使えるとのこと。待望の魔法使いである。
明日はいよいよビシドの語学力を頼りにコルピクラーニへの潜入である。大事の前の小事に他ならないのだ。
冬山用の装備を村で整えて、アカネたちは森へと進入した。まずは現地人を見つけてガイドの交渉をすることだ。
一行は半日ほど歩き回って目当ての現地人を見つけた。この時もビシドの嗅覚が大いに役に立った。
現地人は二人組で、大柄な男だった。まだ30歳くらいだと思われるが、腹はでっぷりと出ており、いかにも力が強そうな金髪の男たちだった。
イルセルセ人よりずいぶん体格ががっしりしているがこれがコルピクラーニの標準サイズらしい。
イルセルセの人間は日本人と西洋人のちょうど中間ぐらいの体格と顔立ちをしているが、コルピクラーニはそれよりも西洋人よりだ。ゲルマン人やデーン人の外見に近い。
二人を見つけると早速ビシドが近づいて行って交渉に入る。
話し声をそう遠くない位置で聞いていたアカネだったが、やはり危惧した通り何を話しているか分からない。
よりにもよってこの頭の悪い獣人が命綱となったのだ。
「大丈夫かね…あいつに交渉なんてできるのかな…?」
アカネが心配そうに呟くが、何やらコルピクラーニとビシドは話が盛り上がっている様で、笑い声が聞こえる。
そうこうしていると、ビシドが明るい顔でアカネたちの元に戻ってきた。
「やったよ!アカネちゃん、大成功!」
満面の笑みで話すビシドに「おお!」と一行が歓喜の声を上げる。
「旨いミードがあるって!」
「てめえ!」
アカネの右回し蹴りがビシドの腰に炸裂する。ビシドは体勢を崩して地面に転んだ。
「あのな!なんのためにこんな極寒の地まで来たと思ってんだよ!」
「ああ…えっと、コルピクラーニと仲良くなりに来たんだったよね?何かを探すために…ふぁ、ファルコン?」
あまりの状況理解度の低さにアカネが愕然とする。
「こ、これは…通訳の通訳がいるな…」
結局アカネの監視の下で通訳をすることにした。
すると、騒ぎに気づいたのか他のコルピクラーニ達も集まってきて、十数名程度の集団が出来上がった。
「まずいなこれ、話が明後日の方向行くパターンだ。
いいか、ビシド。一から説明しなおすからな。」
「ブラパ バニャ アンダ アリ?」
コルピクラーニの方から話しかけてきた。その問いかけにビシドが片手を出して答える。一体どこから話してるのか。
「アパカダー ティガーニタ?」
さらに問いかけるコルピクラーニに今度はビシドは指を2と3に分けて説明する。男女の数だろうか?いまいち話が見えない。
「ヤンマナ ラキラキ?」
コルピクラーニがエピカとアカネを交互に指さしながら聞くと、ビシドが「アハハハ」と笑い出した。
笑い終わるとビシドがアカネを指さした後、両手で胸を押さえながら話した。
「ディアムミキリ パユダーラ クチル」
「てめえ!」
アカネのドロップキックがビシドの肩に炸裂する。ビシドは再び地面に吹っ飛んで転んだ。
「今アタシのおっぱいが小さいって言ってただろ!!」
「な、なんで分かるのアカネちゃん!言葉分からないんじゃなかったの!?」
狼狽しながらビシドがアカネに問いかける。
「だいたい流れで分かるわボケ!」
「ご、ごめん、アカネちゃんがそんなにおっぱいに敏感だとは思わなかったから!」
「誤解を招くような言い方すんな!!」
コルピクラーニ達は爆笑している。
大騒ぎをしているアカネたちを横目に、コンコスール、エピカ、アマランテの3人は手持無沙汰だった。
ふと、アマランテが近くにあった木に手を当てて何やら呟いている。
「この木…なんだかおかしい。魔力を感じる…」
「どうしたんですか?アマランテさん?」
「この木がなんかおかしい…魔力が…魔物かも…」
正直アマランテの説明は要領を得ないものであったが、コンコスールにはそれがなんであるか、すぐに分かった。
時期はとうに冬の真っただ中であるというのに葉を落としていない広葉樹、そしてところどころに小さな『うろ』があり、何やら薄桃色の肉が中に見える。
「これは…」
そう、彼はメルウェの神殿に着く少し前に、この魔物に遭遇しているのだ。
(オ○ホトレントじゃないか…!しかもこの木一本だけじゃない。群生地だ…!!)
何やら図鑑にも載っていないその魔物に不穏な名前を付けていたようである。
「こんなところに、『エデン』は『在』ったんだ…!!」
コンコスールがこのトレントの群生地に遭遇できた幸運に感動していると、コルピクラーニの一人が声をかけてきた。
何を話しているのか、『意味』は分からなかったが、しかしそれでも『理解』はできた。
コンコスールがサムズアップしてニヤリ、と彼に微笑むと、彼もまた親指を立ててニヤリ、と笑い返した。
言葉なんて必要ないのだ。そんなものなくても、人類穴兄弟なのだ。
コンコスールとコルピクラーニ達の間に奇妙な友情が芽生えていたころ、アカネはどんづまりだった。
どうやら、森に来るのは自由だが、迷宮の場所を教えることはできない、ということだった。
曰く、コルピクラーニはどの勢力にも属さない中立を保つ。そのために、誰であっても戦いの協力はできない。
交渉は失敗に終わったのだ。
(なんてこった…当てが外れた…
これじゃ最初ビシドが進めてた通り、一緒にミードでも飲んで取り入るところから始めた方がよかった。
…でも、もうその件でビシド蹴っ飛ばしちゃったしなあ…)
アカネが落ち込んでいるころ、コンコスールの方はなにやら緊迫した空気が立ち込めていた。
「魔物は危険…攻撃される前に燃やしてしまうべき…」
アマランテが魔力を集め、炎をその手の中に発生させている。
「ちょっとちょっと!アマランテさん!こんなところで火を使ったら危険ですって!!」
それをコンコスールが必死で止めている。
「ウォック、ウォック、ウォック!イパ アランテ トパック!!」
コルピクラーニ達も必死にそれを諫めているようだ。
「彼の言う通りですよ!山火事になったら逃げ遅れた人や動物が大勢死にます!」
コンコスールもそれに加勢する。
「それでも、トレントに捕食されて被害者が出るよりはマシ…!!」
アマランテの決意は鈍らなかったようだ。
「いやいやいや、このトレントは人を殺したりしませんって!いい魔物!いい魔物なんですよお!!」
コンコスールが半泣きで懇願する。
コルピクラーニ達がさらにアマランテを説得すべく通じない言葉で語り掛ける。
「マハテ!トリャアースブ トルニヌン スペウェニース イラフンテ… フンテ!!」
「そうですよね!ほら、彼も言ってるじゃないですか!魔物だろうと人だろうと!争いは悲しみを生むだけです!!」
「なんか…アイツら言葉が通じてないか…?」
それを横目で見ているアカネ。
そんな時であった。森の外から来た新たな侵入者が言葉を発したのは。
「闇の勇者が雁首揃えて遠足か…?暢気なものだな」
「よう、久しぶりだな勇者殿!やっぱりまた会うことになったな!」
そのうちの一人は魔王軍四天王の一人、あの、風のベンヌであった。
もう一人は高身長の女性、スタイルのいい体をローブに包んでおり、眼鏡をかけた、いかにも「できる女」といった風貌であった。
「自己紹介させてもらおう、私は魔王軍四天王の一人、陛下の参謀を務めるエイヤレーレだ!」
女性の名はエイヤレーレ、話に聞いていた四天王の一人である。
「まあ、二度目だが一応自己紹介させてもらおうかな、同じく四天王の一人、『風のベンヌ』だ。」
最悪の展開である。4人がかりで奇襲をしても手も足も出なかった四天王、それが二人も目の前にいるのだ。
アカネの方も新戦力が増えて、周りにはコルピクラーニも十数名いる、とはいえ、彼らは武器を携帯していない。薪を集めるための斧が数本あるだけだ。
そもそも、彼らが加勢してくれるのか?そこからしてまず怪しいのだ。
その時、ベンヌが何かに気づいたようである。
「ん…?この木…何か見覚えが…」
何やら不穏な空気である。
「!!…こんなところに…こんなところに『エデン』が…!!」
彼も穴兄弟であった。
「貴様らの冒険もここでおしまいだ。この私の『煉獄の炎』で森ごと焼き払ってくれるわ。」
エイヤレーレが右手に巨大な炎の塊を出現させる。
「いやいやいや、ちょっと待って!ちょっと待ってくださいエイヤレーレさん!?」
ベンヌがそれを慌てて止める。
「なんで急に『さん』着けなんだ…?」
エイヤレーレが炎を出したままベンヌの話を聞くことにした。
「いやいやあのね、こんなところで炎使ったらね…その…迷宮まで燃えちゃうかもしれないじゃん?
それにさ、いくら敵だからって、いきなり攻撃するのはないんじゃないかなあ?」
自身がいきなり弓矢を撃ち込まれたのはもう忘れたのか。
「とにかく!炎はマズイ!!」
いまいち説得力に欠けるベンヌである。『何か』を燃やされたくないようだ。
アカネたちも臨戦態勢に入る。
「魔王軍め…!敵わないまでも、私の炎で道連れにしてやる…!!」
アマランテがその両手に炎を宿す。
「いやいやいや!なんでみんなそんな炎使いたがるの!?他にあるでしょ?風とか氷とか!!」
それを必死で諫めるコンコスール。
「ウォーーック、ウォック!イパ アランテ トパック!!シランク!シランクゥ!!」
コルピクラーニ達も必死でそれを止めようとする。
「どけ!ベンヌ!!
喰らえ!『煉獄の炎』!!」
エイヤレーレが炎魔法を強行した。ベンヌは説得に失敗したようだ。
アカネ達とコルピクラーニはなんとかその直撃を避けたが、炎は辺りに飛び散り、森を燃やしてしまった。『エデンの森』を。
「うわ、予想以上に燃えるなこれ!!私は一旦退く!あとは頼んだぞベンヌ!!」
あれだけ大げさに登場しておきながらなぜかあっさり退くエイヤレーレ。
「だから言ったじゃああああん!!」
最早涙を隠せないベンヌ。
「お前!!森燃やしに来ただけかよおおおおおおお!!」
コンコスールの魂の叫びがむなしくコルピクラーニの森に響いた。
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