第23話 北の森へ
「しっかし、あの神官、なんかマイペースだったよね…」
信託の結果、さらに進路を北に取ることにした勇者一行。その道中ビシドが思い出したように語った。
マイペースを絵に描いたようなお前が言うか、と思いながらもアカネが答える。
「マイペースっていうかありゃアスペだな。間違いない。」
アスペって何?というビシドの問いかけに対しアカネはさらに答える。
「まあ、症状も重さも人それぞれで一概には言えないけど、コミュニケーション能力に問題あんのよ。ありゃ相当苦労してそうだね。
魔力だけは高いらしいから、本当にアレ以外で飯を食う方法を知らないんだろうね。」
「へぇ、コミュニケーション能力に…」
少し考える間をおいてビシドが続ける。
「アカネちゃんみたいだね。」
「てめえ!」と言いかけてアカネが黙る。実際その通りだからだ。
この世界に来て突っ込まざるを得ない事態が頻発しているため積極的に喋っており、そうは見えないが、診断は受けていないものの元の世界にいたころのアカネはまさにコミュニケーション能力に問題があった。
実際今でも他者との距離感が測れず、人と話すときは横柄か、卑屈か、の両極端になってしまうのだ。
「まあ、その話はどうでもいいよ。
それよりコルピクラーニって地域の名前なの?いまいち分かりづらいんだけど。」
アカネがエピカの方をちらっと見る。
「イルセルセ王国の北部に位置する森林地帯を指します。
本当はそこに住む人たちを指す言葉で、『森の民』という意味なんですけど、今では地域と人、両方を指す言葉になっていますね。」
目的地はその森林地帯、コルピクラーニにある『メイヤの迷宮遺跡』である。
「『メイヤ』というのは300年ほど前にいた、天才錬金術師です。『オリハルコン』と『勇者の剣』を作り出したのも彼です。」
魔道関係に詳しいエピカがアカネに説明した。
「ふうん、でも、森林地帯か…場所がはっきり分からないんだよね?確か。
現地のガイドを雇って案内してもらうしかないか…また金が減るなあ…勇者割引きで安くできるかな?王国の為に尽力してるんだし。」
「それがそうもいかないんですよ。」
アカネのつぶやきに対して今度は王国の政治事情に明るいコンコスールが答える。
「領土、としては王国領なんですが、コルピクラーニは王国の支配が行き届いている地、とは言えないんです。」
なるほど、自治領ということか、と、アカネが尋ねるとどうやらそういうことでもないらしい。
コンコスール曰く、王国領と言えどもコルピクラーニは王国が支配しているわけでも進軍できたわけでもない。
そもそも現地人の政府も存在せず、小さな集落が点在している未開の地だという。
攻めづらい極寒の森林地帯の上、頑強な北方蛮族が群雄割拠し、どの国も侵略できないでいるところに一方的に王国が領土宣言をしただけなのだという。
実際、彼らから税金の徴収すらできていないというのだから、本質的には王国領でも何でもない、他国の地に等しいのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!?メイヤは王国の人間だったんでしょ?なんでそんなところに『迷宮』を作ったのよ!?」
アカネの質問ももっともである。
これに対しエピカが丁寧に答える。
「一つはメイヤはコルピクラーニの森に近い村の出身だったからだと思います。もう一つは、オリハルコンの悪用を恐れて場所を秘した、と自著に記しています。
一国の軍隊にも匹敵する力を秘めるオリハルコン。悪用すればこの大陸は暗黒に包まれます。この製法とオリハルコンをその迷宮に納めて、堅く封をしたのだそうです。
迷宮の存在は私も知っていましたが、まさかコルピクラーニにあったとは。」
「それが王国内にあれば、堅く封をしても大規模な土木工事で突破される恐れがあります。
ですが、コルピクラーニの土地であれば、工事どころかそもそもたどり着くことすらできません。よく考えていますね。
実際それから300年たった今も封は閉ざされたままなのですから。」
「なるほど、それでメイヤは巨大な権力を持つものではなく、迷宮を突破できるこの『知恵の勇者』にオリハルコンを託そうというのだな!!」
突然元気になったアカネがマチェーテを鞘から抜いて天に掲げながら叫んだ。
(『闇の勇者』って呼称がよっぽど嫌だったんだな…)
コンコスールが心の中で呟く。
しかし、叫んだあとアカネは急に黙りこくってしまい、何やら考え事を始めた。
「どうしたんですか?勇者様?」
エピカが心配そうに尋ねる。
「いや…、ちょっと前から気にはなってたんだけどさあ…
ベンヌがあんな王国の真ん中で単独行動してた理由がなんなのか。」
まさか、とコンコスールが緊迫した声を出した。
危惧する通り、オリハルコンは魔王軍にとってラーライリア大陸の支配を盤石の重きへと導くこととなろう。
「まずいじゃん…急がないと!」
アカネは事態の重さに気づいて脂汗をかいていた。
「ええ、そうですが、まずはコルピクラーニの信頼を勝ち得なければなりません。ですが、その前に…」
コンコスールが何やら深刻な表情で語りだした。
「コルピクラーニの言葉を、覚えなければなりません!」
「え…なにそれ…言葉通じないの…?」
絶望の色に染まるアカネの問いにコンコスールが答える。
「彼らの言葉は、この大陸で主に使われてる共通語、ライリア語とは全く違います。
あ…でもヤーッコ様の翻訳魔法で勇者様は話せるのかな…?」
「どうなんだろ…できないのかな?勇者様の話だと言葉の通じないはずのステファン様とは話せてたっていうけど…
ライリア語を一度介さないと翻訳されないのかな…?じゃあ無理…?」
考え込んだコンコスールが一転、明るい表情になって答えた。
「まあ、行ってみれば分かります!!」
「出たとこ勝負じゃねえか!!」
アカネは全力でつっこんだ。
「お前、前にそれでエイエ相手に盛大な自爆かましたのもう忘れたのかよ!!
しっかり準備して、初めて物事ってのは上手くいくんだよ!!」
「ふっふっふ…どうやらお困りのようだね、アカネちゃん。」
これまで空気だったビシドが不敵な笑みを浮かべて話に入ってきた。
「難しい話をしてたみたいだから一歩引いてたけど!どうやらコルピクラーニの言葉が分かる!このビシドちゃんの!助けが必要なようだね!!」
全力でマウントを取ってきた。
「ああ~、それにしても疲れた!荷物が重い!」
「はっそれならばこのコンコスールが。」
「臭いがうつるからヤダ。」
「ならばこのアカネが。」
ビシドの荷物はアカネが持つことになった。
「あ、そういえば喉も乾いてたわ。あちゃ~、これじゃコルピクラーニと話しできないかも~?」
「ミードをお納めください。」
素早く飲み物を差し出すコンコスール。
何も増長はアカネだけの専売特許ではないのだ。
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