第22話 神託

 途中いろいろと危機やら危機でない物やらあったが、一行はついにメルウェの神殿に至った。


 神殿は盛況なようで、参道には土産物屋やら屋台やらが並んでいた。どうやら霊験あらたかな神託が受けられそうだ。


 整理券の番号が3桁もあったのが気になったが、自分たちの番号だとおそらく明日の午前中になる、とのことだったのでアカネたちは神託の予約をしてその日は参道の小さな宿に宿泊することにした。


 次の日、石造りの荘厳な神殿の中に入ると、大広間のような広さの待合室で順番を待つこととなった。


 順番を待っている間、職員と思しき女性がアカネたちに今回の目的を訪ねてきた。


 何やら今回の神託が欲しい内容と、職業、年齢、出身地等を紙に書き込んで先に提出しておくのだという。


「問診表書かなきゃいけないのか…」

 アカネは呟きながら目的の欄に「魔王を倒す方法」、職業の欄に「勇者」と書き込んで、しばらく考えた後、「闇の勇者」と書き直した。大分読み書きもできるようになってきた。


 「以前に神託を受けたことがあるか」と、「アレルギー」の欄もあったので何か意味があるのか分からないが、「特になし」「スギ花粉」と書き込んだ。


「あ、勇者ですかー。最近多いんですよね。勇者の方。」

 職員の意外なツッコミが入った。


「え…?勇者ってアタシとステファンだけじゃないの?」

「まあ、こういうのは基本自称なんで、キャンドルアーティストとか、ハイパーマジッククリエイターとか、皆さん好きに書いてますからねー」


 アカネの当然の質問に対しなんとも気の抜けた返答をする職員。

 アカネはなんだか自分の存在の小ささを意識せざるを得なくなった。


 その職員は自分の次に並んでたエピカの問診表を見て「ふ、ふた、ふたなり?」と驚いているようだった。

 あんなにインパクトあるなら自分も「ふたなり勇者」とか書いとけばよかった、と少し考えた。


 自分たちの番が来て、部屋に行こうとすると職員にまた声をかけられた。

「えっと、お二人はグループなんですよね?手間なんで一気に視ちゃいますんで、一緒に部屋に入ってください。」


「お、おい、昨日から思ってたんだけど、ここなんか適当過ぎないか?本当に大丈夫なのか?この神託?この国の運命がかかってるはずなんだけど。」


 アカネの困惑に対しコンコスールが答える。


「まあ、神託なんて基本当たるも八卦、当たらぬも八卦ですからね。」


「そういうもんなのか…」

 アカネは神殿の荘厳さががらがらと音を立てて崩れていく感覚を覚えた。


 部屋に通されると、露出度の高い黒いドレスに身を包んだ神官と思しき女性がいた。背が高く、170cm程ある。切れ長の鋭い目つきと、つやのある美しい黒髪をたたえている。胸は豊満だ。


「ええと、『魔王を倒す方法』と「ふたなりになる方法』でしたっけ…?」

 けだるそうな声で問診表を見ながら神官が話しかけてきた。


 その問いかけに対しアカネが肯定の意思を示すと、神官が小さい声で呟いた。


「めんどくさいから同じでいいか…」

 そういって大きな地図をばさっと地べたに開いた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!今『めんどくさい』とか言わなかったか!?

 あのな、この神託にイルセルセの運命がかかっているって言っても過言じゃないんだぞ!その事実を踏まえたうえで!真剣に…」

 興奮するアカネを制してコンコスールが口をはさむ。


「もう~、勇者様の悪いとこがまた始まった。なんで素直に人の話が聞けないんですか?ほら、神官様も気分悪くされちゃってるじゃないですか。」


 神官は、はぁ~、と大きなため息をついている。


(え、何これ?アタシが悪い流れなの…?)


 さらにコンコスールが続ける。

「こういうのはですね、神託を疑ってると正しい効果が出ないんですよ?信じる気持ちが大切なんですから。ホラ、分かったら早く占ってもらいましょ。」


(今占うって言ったか?コイツ…)


 神官は首からかけていた、水晶のようなもののついたネックレスを外すと地図の上に垂らした。水晶は怪しい紫の光を放っている。


 その光とは無関係に地図のある場所でネックレスが揺れ始める。


「だいたいこの辺りに…」

「それダウジングだろおおお!!」


 アカネの怒りが爆発した。


「あのな!地下水探してんじゃねえんだよ!こっちゃ魔王倒す方法を真剣に探してんの!!」


「文句があるなら紹介状書くんで他の神殿行ってください。」


「ぐ…」


 神官のにべもない一言にアカネは黙ってしまった。


「文句ないなら続けますよ?」



(これセカンドオピニオン行った方がいいな。)

 アカネは早くも諦め始めている。



 神官は地図の一部を遠くから指さして投げやりに話す。

「ああもう、その辺です。なんだっけ?そこの…ネイヤガルフルの神殿遺跡に魔王を倒す方法もふたなりになる方法もあるんで、そこ行ってください。」


「適当こいてんじゃねええぇぇぇ!!」


 アカネの怒りが再度爆発した。


「あのな!こっちゃ時間も資金も限られた中で魔王を倒さなきゃならんのよ!!

 そこに魔王を倒すカギがあるってんなら根拠を示せよ!!

 原因があって!!結果がある!!魔王を倒すって結果が必要なら!!そのための原因を…」


「すいません、すいません、この人ホント情緒不安定なとこあって!」

 コンコスールも含め全員でアカネを抑えながら退室していった。



「とんだ無駄足だったわ…」

 不満をあらわにするアカネに対しエピカが機嫌を伺うように提案する。

「ま、まあ、他に手がかりもないのでとりあえず、その、ネイヤガルフルの神殿遺跡ですかね?そこに行くことにしましょうよ…」


 アカネたちは神殿の中にある食堂で昼食をとっていた。


 8人掛けのテーブルでショートパスタの入ったスープのようなものを食べていると、となりに一人の女性が座った。


「あ…」

「あ…さっきの」


 先ほどの女性神官である。


「いや、ホントさっきはすみませんでした…」

 コンコスールが恐縮して謝る。


 気まずい雰囲気の中黙々と食事をしていると、アカネが口を開いた。

「アンタさ…ここのトップじゃないの?こんなとこで飯食ってんの?」

 アカネは沸点が低いが、その後の切り替えも早い。もう怒りはおさまっているようだ。


「外で食べると…高いから。」

 尤もな答えだが何か釈然としない。そういうことではなく、トップなら別室で特別な食事を食べるのではないか、という問いかけなのだ。


「闇の勇者って…剣聖エルヴェイティを卑怯な方法で倒したっていう…?」

 神官の問いかけは何か唐突だ。話の流れ、というものを作らず、自分の言いたいことを突然話し出す。


「まあね。アタシは卑怯だなんて思ってないけどね。それが必要で、実行可能なら迷わず全部やるべきでしょ。」


 神官は食べる手を止め、スープに入っていたねぎを丁寧に取り除き始めた。

 今の話を聞いていたのか、聞いていなかったのか、いまいち判然としない。


「あなたは…なんで勇者に…?」

 またも神官の唐突な問いかけ。


(来た…)


「ん?まあ、いろいろ理由はあるけど…」

 アカネがゆっくりと答え始める。


(来い…来い!!)


「そりゃあ、もちろん…」


(来てくれ…!!勇者らしい理由来てくれ!!)


 コンコスールは旅の道中ずっと考えていたことがある。

 これまで奴隷としての人生を歩んできた彼であるが、人はパンのみに生きるに非ず。自分が生きる上で信条というか、生きる理由が必要だと常々考えていたのだ。


 成り行きで勇者の従者になったが、その勇者が善であってほしい、胸を張って「自分は勇者の手助けをしているのだ」と言えるような人物であってほしいと願っていたのだ。


「ほかに飯を食う方法を知らんからよ。」


「やっぱりダメだったああーー!!」

 コンコスールが叫んで天を仰ぐ。


「何だお前唐突に。」

 アカネの当然の反応を気にすることなく神官が話し始める。


「私も同じ。この町出身で魔力の一番高いメルウェ教徒が神官になれる。だから神官をやってるだけ。

 本当は神様なんて信じてないのに…」


 何か思うところあるのだろうか。なかなかの衝撃発言である。


「勇者様の話は分かりやすい…さっき、『原因』と『結果』の話を聞いた時もそう思った。」


「ん…?そんな話したっけ?」と、神官の発言にアカネが小首をかしげる。


「みんな、思ってることをちゃんと言ってくれれば私も苦労しないのに…」

 神官が呟く。どうやら今の生活に苦労が何かしらあるようだ。


「やっぱりさっきの無し。」

 神官の唐突な否定が入る。


「え?今の話全部無しなの?」

 一瞬アカネが驚嘆する。


「コルピクラーニにある、メイヤの迷宮遺跡に向かって。ふたなりになる方法は分らないけど、そこにあるオリハルコンの宝玉を手に入れられれば、きっと魔王を倒す手助けになるはず。」


「ああ、目的地の話か。ありがとね。あんた結構いい奴じゃん!」

 アカネがニコッと笑うと、神官も初めて笑顔を見せた。


「私の名はアマランテ。きっと近いうちにまた会うことになるはず。」

 笑顔を見せたアマランテの顔は、初めの印象と違い、どこか少女のような朗らかさを感じさせた。

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