第21話 トレント
集落を出て、何度目かの野営の時である。メルウェの神殿を目前にした野営のさなか、コンコスールは少し離れたところで剣の素振りをしていた。
ここしばらく、彼はある『悩み』を抱えていた。
このパーティーで、彼だけが抱える『悩み』である。いや、もしかしたらエピカも同様の悩みを抱えている可能性もあるのだが、彼女には相談できない。
いらぬ誤解を招いたり、必要以上に彼女と親密な関係になることを恐れて、である。
「それにしても勇者様め、人の事気軽に『チクニー』『チクニー』呼びやがって!」
そう、性欲処理である。
ギヤック領での一件により、彼の『処理』がモロバレであったことが発覚した。アカネだけなら『事後処理』をしっかりすればなんとかごまかせたかもしれない。しかし、相手には匂いに敏感な獣人のビシドもいるのだ。迂闊なまねはできない。
「人の事性欲モンスターみたいに言いやがって!勇者様だってオ○ニーくらいするだろうに!」
剣の素振りをしながら悪態をつく。
「勇者様だってオ○ニーくらい…!!」
剣の振りに一層力がこもる。
「勇者様がオ○ニー…」
やがて素振りが止まってしまった。何やら考え込んでいるようである。
「いかん…」
勇者たちに聞こえないよう小さい声で呟く。何かを想像してしまったのか。
「オ○ニーしたくなってきた…」
性欲モンスターであった。
焚火の燃える音がぱちぱちと聞こえる。
アカネたちは焚火を囲んでここまでの道程とこれからの旅路をまとめていた。
ふと、アカネが口を開く。
「そういえばさ、こないだエピカが言ってたアタシにかけられてる魔法、正体が分かったわ。」
あの場では全く正体の分からなかった魔法であったが、ベンヌの口ぶりからすると、彼がかけた魔法ではない。では一体何者がかけたのか。
エピカは興味深そうに「誰が、何のために」とアカネに聞きただした。
「ヤーッコだよ。あいつにかけられてる翻訳魔法しか考えられないわ。」
そんな魔法があるのか、とエピカが驚嘆する。その魔法をかけたのがヤーッコだったということにも驚いていた。
王国最高の魔導士として名高い大賢者ヤーッコ。アドバイザーとして政府の末席に加わっていることは風の噂で聞いていたが、アカネを召喚したのがほかならぬそのヤーッコだと聞いて驚いたのである。
翻訳魔法にしても異世界召喚にしても、尋常の魔道体系からは考えられぬ高度なものであった。
「厄介だな。この先もきっと障害になるぞ。やっぱり早く言葉を覚えてこの魔法解除しないと危ないよ。
魔力検知自体はアタシでもできる簡単な技術みたいだし。」
思い返してみれば初めて崖上からベンヌを見た時、魔力に気づいているようなそぶりがあった。しかしその時はそれがアカネの物という確証が得られなかったため、王国兵の後をついていくことにしたのだろう。
後に、王国兵がアカネたちを見失ったことに気づき、改めて魔力をたどって勇者に遭遇したのだ。
「エピカ、そういうわけであんたもチクニーと一緒に私に言葉を教えて。読み書きは当然できるんでしょ?」
そういうと、打ち合わせを終えて、アカネはエピカに言葉と魔法の使い方の講義を受け始めた。
一方コンコスールは、というと、素振りをスクワットに切り替えて鍛錬していた。
しかし性欲は一向に留まることを知らぬ。
一度抱いてしまった心の闇は、そう簡単に拭えぬものだ。
思えば最後に『処理』をしてから十日あまりになる。その間、年頃の見目麗しい女たちに囲まれて生活していたのだ。(女とは言っていない)
ふと、コンコスールが近くにある大木が異常な雰囲気をはらんでいることに気づいた。一見するとただの広葉樹でもあるようだが…
「何だこの木…見たことない種類だな。いや、こんなの図鑑でも見たことないぞ…」
その木にはいくつか小さいうろがあり、何やら薄桃色のゲル状の『肉』がうぞうぞと蠢いている。
その動きは、植物的なものではなく、何やら動物的な動きを連想させる。
植物であり、動物でもある。そういうものがいないわけではない。木のモンスター、トレントである。
「トレントの亜種か…?でもこんなの魔物図鑑でも見たことないし…」
コンコスールはとりあえず、魔物のような気配を持ちながらも、どこか静的で攻撃性を感じさせない木のうろに指を突っ込んでみることにした。
やはり攻撃性は感じられない。挿し入れた指は、噛みつかれるでもなく、溶かされるでもなく、なにやらぬめぬめとした感触だけを伝える。
その『うろ』は腰よりも少し低い位置にあった。
「この高さなら…入れられるな…」
コンコスールは未だ治まらない自身の陰部と、『うろ』を見比べながら言った。
「いやいやいや、おかしいだろ、おかしいだろ!?こんな得体のしれないものの中に自分の分身を入れるなんて!
俺は今ちょっと冷静じゃないんだ!冷静になればそんなことしても何のメリットもないって分かるだろ!」
「…メリットはないんだけど…ちょっと気になるな。」
焚火の音が…ぱちぱちと聞こえる…
「私さあ…知的キャラになりたいんだよね…」
勉強しているアカネとエピカの横でビシドが寝転がりながらそうつぶやいた。
人が勉強している横で何をするでもなく寝ている奴が何を言うのか。アカネがあきれ顔で言い返す。
「だったらアンタも字を覚えればいいでしょが。何の努力もせずに結果だけ求めんな。」
「いやいや、アカネちゃん、ちゃんと聞いてた?
私は『知的になりたい』んじゃなくて『知的キャラになりたい』んだよ?」
『意識高い』人と『意識高い系』の人みたいな違いである。
「なんかこう…何もすることがない時、本とかパラパラめくって黙ってれば、そう見えるかな」
ちょっと難しい話題になるだけですぐ知恵熱を出したり、とんちんかんな受け答えをしてしまう、頭の悪い奴がいかにも考えそうなことである。
「まあ、お前はそのままでいいと思うよ…」
アカネは興味なさそうに、見るからに適当に答えるにとどまった。
「うあああああああ、ちん○んが抜けないいいぃぃぃ!!」
コンコスールは、アカネたちに聞こえないよう、細心の注意を払って小さい声で叫んでいた。
見ると、何やら尻を丸出しにして、木に抱き着いた状態のまま身動きが取れないようである。
現在この世界で最も頭の悪い生き物の姿であった。
「なんてこった、やっぱりモンスターだった!」
ちん○んを入れて確認するな。
「くっ、抜けない…剣も届く位置にない…なんて恐ろしいモンスターだ…」
恐ろしいのはお前の性欲だ。
「どうすればいいんだ…!?このまま衰弱死するようなことがあれば…
こんな格好のまま死ねない。…絶対に…今死ねない!!
脳の奥がひりひりと熱い。俺の本能が生を求めている。
…これが、生きるってことか…ッッ!!」
違う。
「こんな格好のまま死んでるところを勇者様たちに目撃されれば、俺の名は勇者のお供、ではなく、木と交わって死んだツリーファッカーとして歴史にその名が刻まれてしまう。
そんなことはできない!末代までの恥だ!」
お前が末代だ。
意味不明なテンションで盛り上がっているところ、コンコスールはあることに気づいた。
「ん…でもこれ、皮の余ってる分、数センチなら動くな…」
コンコスールは数センチ動かせる分だけ、アレをアレした。
ここからしばらく、非常にショッキングな表現が続くので、心の弱い人は読み飛ばしてほしい。
「これ…ん…ああ…」
「気持ちいいじゃない」
コンコスールの顔に晴れ晴れとした爽やかさが戻る。
「くっ…この…この…へへ、コイツ、欲しがってやがる。」
下卑た笑いを浮かべてしばらく夢中になった後、コンコスールはある一つの考えが思い浮かんだ。
「ん…?これ、もしかして、このまま続けて、マイリトルダディがセルフバーニングをクローズさせてヘルモードをディスペルできれば、普通に抜けるんじゃないか?」
そこはかとなく意識の高さを感じさせる。
生への光明を見出すや、必死になって人間発電所と化すコンコスール。
「ぬふぅ…」
なんとも言いようのない気持ち悪い恍惚の表情を浮かべて、コンコスールはその場に崩れ落ちた。
抜けたのである。
~ショッキングな表現ここまで~
排泄物は完全にトレントに吸引され、匂いも残っていない。
「た、助かった…しかしこのトレントについてはだいたい分かったぞ。」
コンコスールの解析が始まる。
このトレントは人の精気を吸うのだ。人だけではないかもしれぬが、しかし、命を奪うようなことはしない。
トレントは人から精気をもらい、人はアレを処理する。つまり、共生関係にあるのである。
そして、なぜこの魔物が図鑑に載っていないのかも理解できた。
人の精気を吸う魔物であるとはいえ、命の危険はない。そして、その『処理』をしてしまった者はこれを大っぴらには他人に話せない。恥ずかしくて。
そうして闇から闇へと黙殺されてきた結果、このような謎に包まれた魔物が生き残ってきたのである。
「ふっ…世話になったな。またいずこかで会おう!」
つらいことばかりのこの冒険で初めて心からの仲間を得た、という爽やかな友情を感じて、コンコスールは野営地に帰って行った。
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