第20話 黒衣の騎士2
「何者かが、勇者様に魔法をかけています。もしかしたら黒衣の騎士は、その魔力を頼りにこちらを追っているかもしれません」
エピカの発言にアカネが応える。
「まさか…マーキング…?さっきの出会い頭に…?」
アカネの顔が青ざめる。
「ふう、ふぅ…さすがにこの格好で森の中を全力疾走は疲れるな…」
全て合わせると40kgを越えるフルプレートアーマーである。元々全力疾走するための物でも、ましてや森の中を走るためのものでもない。
「それにしてもせっかくの判断の早さなのに、魔法をかけたまま逃走とは素人だね。おかげでこっちゃ大助かりだが…」
喋らずにはいられない性格なのか、独り言を続けながら追跡を続ける。しかしどうやらその内容から判断すると、アカネに魔法をかけたのは彼ではないようだ。
黒衣の騎士がしゃべりながら森を疾走していると、ついに人影が見えた。アカネである。
「こりゃあ話が早い、逃げ遅れたのが勇者殿とはね。」
アカネは一瞬走りながら黒衣の騎士の方を振り向いてから視線を戻す際に、木の根につまづいてしまった。
そのあいだに黒衣の騎士は苦もなくアカネに追いついた。
「ふぅ、手こずらせてくれるね。これでやっと…」
黒衣の騎士が話し始めるとダンッと、その首筋に矢が突き立てられた。
「やるね…っ!まあ、アーチャーが狙ってるだろうとは思ってたけど。」
黒衣の騎士が痛そうに矢を引き抜く。
ビシドの矢には『返し』がついている。通常であればこんな簡単に抜けるはずはないのだが…
どうやら矢は先端数mmしか刺さっていなかったようである。
騎士が矢の飛んできた方向に跳躍する。とても重装備の男には見えない動きでビシドに襲いかかると、矢をつがえさせるまもなく、コン、と、かするように顎を打撃がとらえる。
ビシドはそのまま失神して、力なく木から落下してしまった。
着地した黒衣の騎士に茂みから飛び出てきたコンコスールが背後からククリナイフで切りかかる。
そして、一瞬騎士がそちらに視線をやった隙にアカネもマチェーテで切りつける。挟み撃ちである。
ビシドが討たれるのは計算外であったが、ここまでがアカネの作戦であった。自分に何の魔法がかけられたのかも、それを解除する方法も分からないのであれば、いっそのこと自分自身を囮にして黒衣の騎士を討つ作戦である。
ここまでは作戦はうまく機能していたのだが、当てが外れたのはこの騎士の実力、まさにそれであった。
黒衣の騎士は両側からくる攻撃を軽くかわすと、両者の利き手を持ってその場で跳躍し、水平方向に180度反転、アカネとコンコスールの肘をクロスさせてそのまま地面に押さえつける。
アカネとコンコスールは肘の間接を極められたまま、完全に固められてしまった。
残るはエピカ一人である。
しかし彼女に攻撃手段など無い。彼女は回復術士なのだ。
「エピカ…」
アカネがうめくように呟く」
「無理です…勇者様…エピカには攻撃手段なんて無い…彼女だけでも、ここは逃げるべきだ…」
地面に押さえつけられたままコンコスールが応える。
「おいおい、そう攻撃的にならずに、俺の話をいったん聞けって…」
黒衣の騎士が妙にフランクに話しかけてくる。
エピカは既に無駄と悟り、意を決して黒衣の騎士の前に姿を現している。
しかし、その足は恐怖に震え、表情はひきつっている。
彼女の一番おそれていたことが今目の前で起こっているのだ。
エピカは回復術士だ。戦闘要員ではない。自分の戦闘能力の低さがパーティーの危機を招くのではないか。そのおそれていた事態がこうも早く訪れるとは。
震えているエピカをよそにアカネが叫んだ。
「エピカ!ちん○ん見せろ!!」
ちん○ん見せろ!ちん○ん見せろ、ちん○ん見せろ…
闇夜の中にアカネの声がこだまする。
「えぇ…」
もちろん拘束は緩んでいないが、黒衣の騎士が引いている。
「勇者様…いい加減にしてくださいよ!どれだけ人をバカにすれば気が済むんですか…!!
こんな時だってのに…まじめに考えてるんですか!?」
コンコスールが怒りに震えた声で抗議する。
アカネが地面に押さえつけられながら、苦しそうに説明をする。
「いいか…スコットランド兵はキルトの下には何も履かないという…
それは、いざという時、陰部を見せつけて敵を威嚇するためだ!
こいつに一瞬でも隙ができればアタシが何とかする!
『いざという時』ってのは今だ!エピカ!!
早くしろ!間に合わなくなっても知らんぞーーーーっ!!」
「そっちの嬢ちゃん男だったのか…」
黒衣の騎士が少し驚いた顔でエピカの方を見る。
「いや、確かにいきなりちん○ん見せられたら俺もびっくりしただろうと思うけどさあ…
今の話を聞いた上でそんなことされても、期待したようなリアクションできる自信ないよ…?
その話俺に聞かれないところでするべきだったんじゃないの…?」
もっともな話である。
しかし、アカネは決してあきらめていない表情をしている。一方のエピカの方はというと、真っ赤に顔を紅潮させており、ぷるぷると震えている。
これは怒りや羞恥からではない。決意の武者震いなのだ。
前に述べたとおり、エピカは自分の戦闘力の低さが足を引っ張るのではないかと危惧していた。しかし実際にはアカネは自分を邪魔者扱いどころか助力を求めているのだ。
幼い頃より、その性別から自分の居場所の無さを感じていた。自分はこの世界にとっても、家族にとっても、邪魔者ではないとか、と考え、いつでも他人より一歩引いたところでひっそりと生きていた。
そして、事実そのように扱われていたのだ。求められることとできることの違いに「それは自分が悪いからだ」と、常に自分を責めていた。
しかしこのパーティーに入って、自分の間違いに気づいた。自由闊達に大声で意見を言い合い、時には鉄拳が飛び交い、ともすれば全員が自分勝手に話を進めようとする。
「もっと自由に生きていいんだ」
そしてそれを教えてくれた勇者が、自分の夢を叶えてくれると約束した勇者が、世界にとって邪魔者であったはずの自分に助けを求めているのだ。
ちん○んを見せろと!
エピカは意を決し、ローブをめくりあげて、ショーツをおろした。
ボロン
「でかっ!!??」
黒衣の騎士の顔が恐怖にひきつる。そしてアカネを地面に押しつけていた力が一瞬緩んだ。
その瞬間、アカネは地面を蹴り上げ、前転するように無理矢理顔を腹側に押し込む。すると拘束されていた右肘の向きが反対となり、拘束がなくなった。
さらに前転のついでにかかとを騎士の顔面にお見舞いする。
両手を拘束に使っていた騎士は為すすべもなくかかと蹴りを顔面に受けると、後ろに跳躍して間合いを取った。
拘束から解放されたアカネとコンコスールは剣を構えて黒衣の騎士に正対するが、この先の展開が思いつかない。実力差が明らかだからである。
万全な状態で4対1で奇襲をかけても全く歯の立たなかった相手である。
黒衣の騎士が口を開いた。
「おお痛ってえ、こんな隠し玉を持ってるとはね…」
どちらかというと玉ではなく棒であるが。
「よく見ろよ、武器持ってないだろ?俺。別にあんたらと戦いたくて来たんじゃないって。
ちまたで噂の勇者とやらがどんなものか物見遊山で来ただけなんだって。」
言われてみればこちらから攻撃するまで、相手からのアクションは無かった気がする。
その言葉を聞いてもアカネは構えをゆるめず正対したままである。
「慎重だね…まあ、これだけ分かれば収穫もあったかな。
改めて自己紹介するぜ。俺の名はベンヌ、見ての通り魔王軍で食い扶持を稼いでるもんさ。」
アカネの顔が険しくなる。噂に聞いていた『風のベンヌ』、魔王軍の四天王だからだ。
「これ以上単独行動してると陛下に怒られちゃいそうなんでね。今日はこれで退散するよ。
じゃ、いい夜を。また会おうな。」
そう言うと、ベンヌは森の闇の中に消えていった。
ベンヌが消えると、緊張感からの疲労か、全員がその場にへたりこんだ。
ビシドも意識を取り戻したようで、朦朧とする中ゆっくりと上半身を起こす。
コンコスールはまだ震えている。正直剣聖を倒した自分たちと、四天王の間にここまでの実力差があるとは考えていなかったのだ。
すっかり緊張の弛緩した時、なんとベンヌが戻ってきた。
緊張を解かせるための罠だったか、とアカネが硬直しているとベンヌが口を開いた。
「しまったしまった、馬こっちだったわ。ああ、そのままでいいよ。森の入り口に馬を繋いだの忘れてたわ。」
なんとも締まりのないセリフを吐きながらベンヌは元来た道に向かって歩いて行った。
「また会おうな」とは言ったものの、早すぎる再会である。
アカネが息を整えながら呟く。
「アタシの…読み通りだった。」
「読み通り…とは?」
コンコスールがふるえを押さえながら訪ねる。
「つまり、エピカの鬼こん棒は異世界基準でもくそでかジャイアントだったってことよ!!」
「ああそう…」
コンコスールがもはやあきらめ顔で返す。死んだ魚の目をしている。
「それにしても、私の矢が全く効いてなかった。あれは一体…」
頭が痛いのか、こめかみを押さえながらビシドが疑問を口にする。
「硬気法、と呼ばれる技かもしれません。原理は簡単です。発気法の要領で魔力を溜め、爆発させるのでなく、硬直させる事で打たれ強さを高める方法です。
全身には使えない技法なので、最初から首から上に矢が来ることを予測してたんでしょう。」
エピカの分かりやすい解説が入った。
「なるほどね、奥が深いね。説明ありがと。
あんたとあんたの息子が今日は大活躍ね!!」
がははは、とおっさんの様な笑い声が山にこだました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます