第19話 黒衣の騎士1
メルウェの神殿への道中、アカネはやたらと背後を気にしているように見えたし、実際ビシドにも後ろを警戒するように指示していた。
これはギヤック領を出てからではなく、エピカが加入してからずっとであった。
「つけられてるっぽいなあ…」
ビシドが地面に耳を当てながらつぶやく。
それに呼応してアカネが指示を出す。
「ちょっと試してみるか。
よし、まだ早いけど今日は野営にする。森の中に入るぞ。」
アカネたちは道から外れて森の中に入って少しすると、その日はそこで野営した。
次の日、森から道に戻って自分たちの昨日の足跡を見つけると、エピカがあることに気づいた。
「これ…私たち以外の足跡ですよね…?」
エピカが指で指示したところには2頭分の馬の足跡があった。その足跡はアカネの足跡の周りをしばらくぐるぐる回った後、どうやら引き返しているようである。
「この感じだと、ただ行き先が同じって感じじゃないな。まず間違いなく私たちをつけている。」
アカネが考えこみながら歩きだした。
「どういうことですか?勇者様…」
コンコスールがアカネに問いかける。
「言った通りつけられてんだよ。時間が惜しいから歩きながら話すよ、チクニー。」
(チクニーって呼称はもう固定なんだろうか。)
考えながらもおとなしく勇者についていくことにした。
アカネ達は早足で歩きながら話をつづけた。
曰く、つけてきているのはおそらくイルセルセ国の兵士か何かであろう。そして追跡のプロフェッショナルではない。見失って引き返した時に足跡を消していなかったからだ。
さらに、追跡に関してもあまり積極的だったり攻撃的だったりはしないようだ。これは森で野営をしたときに森に入ってこずに引き返したことから、そこまで切羽詰まってはいないと判断した。
ビシドはやはり後ろを気にしながら話を聞いている。
「あの~、それでどうするんですか?イルセルセなら別に逃げる必要はないのでは…?」
エピカの質問は尤もであるが…一方のアカネの答えは、というと…
「心当たりがあんのよ…追いかけられる心当たりが。」
アカネが苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
以前に記した気になっている『あること』というのがその心当たりの正体である。
「野盗の件ですよね。」
コンコスールの言葉にアカネの表情がさらに曇った。
「あ、あれか!」
ビシドが思い出したように叫んだ。
「野盗の件、というと…?」
エピカが聞くと、歯切れ悪くアカネが答えた。
「野盗に襲われた件よ…いや、襲った件?
あ、でも、…襲われたのはアタシで…でも奪ったのはアタシで…
…まあアレだ、いろいろあって、最悪の場合アタシが追剥ぎをした、なんて根も葉もない噂が立ってるかもしれないから、ほとぼりが冷めるまでは、ちょっとスルーしたいのよね…」
(根も葉もあるだろう…)
コンコスールとビシドは口には出さなかったものの、あの時のアカネの取り乱し様を思い出していた。
「チクニー、歩きながら地図を出して。この先の道はどうなってる?」
アカネの指示に対し、コンコスールはしばらくポカンとしていたが。
「…あ、俺か。
…しばらく山道を行った後、小さな川を越えて、そのあとすぐ集落がありますね。
地形としては、しばらくは足跡の残る土と砂地ですが、川の周辺からは岩場なんで足跡は残らないと思います。」
意図を理解してコンコスールは地形のことにまで突っ込んで情報を共有した。
指示さえもらえればこの男は有能な働きができるのだ。
その情報に対し、アカネはしばらく考えた後、自分の考えた策を展開した。
「それなら、もう少しみんな歩くペース上げて。
作戦はこうよ、まず一旦川原までいく、その後止め足でしばらく引き返した後、道を逸れてやり過ごして行き違いにする。
どう?ビシド…上手くいくと思う?」
「…まあ、相手にトレイサーや本格的な狩りの経験者がいなければ上手くいくんじゃないかな?」
『止め足』とはクマやキツネなどの知能の高い野生動物が主に狩人に追われたときに使う逃走方法で、一旦前に進んだ後、自分の足跡を踏みながら引き返し、足跡の残らない茂みや岩場に跳躍して足跡を追う追跡者を撒く方法である。
ビシドの言った『トレイサー』とは、彼女自身のように匂いや音に敏感な者や、また、魔力検知により居場所の察知ができる者も含むとのことだ。
作戦通り一行は川原まで行った後止め足で引き返し、途中の道に面した崖を登って行った。
崖には、しばらく上るとちょうどいいころ合いの棚になってる部分があり、その位置から道を見下ろすことができた。全員でここに陣取って休憩しながら追跡者をやり過ごすこととした。
休憩を始めてから1時間、飽きたアカネが、もう追跡者なんてこねーからお茶でも沸かそーぜ、とか言い始めたころ、彼らは来た。
人数は二人、確かにイルセルセの正規兵の鎧を身に着けており馬に乗っている。しかし急いで後を追っている、という様子ではない。
「一体何の用があったんでしょうか…?本当にやり過ごしてよかったんですかね…?」
エピカがアカネに尋ねる。
「まあ、目的がはっきりしない以上はスルーしたほうがいいでしょ。仮に野盗の件じゃなかったとしても、いい知らせってことは十中八九ないだろうし。」
そう話したアカネをビシドが制した。
「静かに…
近づくまでわからなかったけど、もう一人いる…」
岩場に耳を当てて慎重に気配を探っている。
「人数は一人…馬に乗って、おそらくフルプレートアーマーを着込んでいる。重装備だね。」
「勇者様…もし今、集気法を使っていたら、すぐに止めて魔力を絶ってください。
相手が魔力検知を使っていると気づかれる可能性があります。」
エピカがアカネに助言する。
自分たちを追っているイルセルセの兵、そして、それをさらに追う謎の騎士。言いようのない不気味な緊張感にアカネたちが包まれる。
謎の追跡者が目視できる位置まで来た。ビシドの言う通りフルプレートアーマーを着込んではいるが、なぜかヘルメットはしていない。年の頃は40くらいの中年男性であった。
しかし異様なのはその鎧である。あまり目にすることのない。全身黒のアーマーであった。
黒衣の騎士はアカネたちの真下辺りまでくると一旦立ち止まり、きょろきょろと何か探しているようであった。
「しまった、これは気づかれたか」とも思ったが、しばらくするとまたイルセルセの兵を追って山道に消えていった。
「なんだったんでしょう…私たちを追っていたのか、それとも兵士を追っていたのか…?」
エピカが不安そうにしている。
すると、コンコスールが考えこみながら話し始めた。
「黒衣の騎士か…まさかとは思うが…」
「何?なんか心当たりあんの?もったいぶらずに話してよ!」
当然ながらこれにアカネが食いつく。
「いえ、詳しくは知らないんですが、ヘイレンダールの兵は黒を基調とした装備でそろえていると聞きます。あの男がそうなのかは分からないですが。」
コンコスールの言葉にアカネは考え込んでしまう。
「魔王軍がなんでこんなところに…?偵察…?
いや、違うな。もし本業のスカウトだったら魔王軍と見てわかるものを装備するわけないか。
だとしたら魔王軍がこんな敵国の真っただ中で身分も隠さずに単独行動する意味って…?」
これ、という答えを見いだせないアカネ。不安そうなエピカ。慎重に行動することを提案するコンコスール。知恵熱を出すビシド。
さらに1日野営して間合いを取り、集落にイルセルセの兵士達がいないことを確認してからアカネたちは情報収集に努めた。
村人たちに聞くと、兵士たちはアカネ達を探してはいたようだが、特に何の用事があるかは話していなかったそうである。
しかし不思議なことに黒衣の騎士など誰も見ていない、というのだ。
いったい何者だったのか、アカネたちは腑に落ちないながらも集落を後にすることとした。
しばらく進んでから森の中で野営をするべく、アカネ達は準備を始めた。
準備が一区切りついてビシドが倒木の上に腰掛けて休憩している時であった。彼女の後ろから肩をポン、と叩いて何者かが声をかけたのだ。
ぞわり、とした悪寒とともに一瞬ビシドが固まった。
「やれやれ、ずいぶん慎重なんだな。あんた達が『闇の勇者』アカネ、で、あってるかな?」
こんなことは初めてであった。今までも話に夢中になっていて警戒が疎かになって相手の気配に気づくのが遅れたことも確かにあったが、ここまでの接近を許したことはなかったのだ。
話しかけた男は精悍な顔立ちの中年男性であった。ヘルメットはしていないが、黒いフルプレートアーマーに身を包んでいる。
そう、アカネ達を追っていた黒衣の騎士である。
ビシドは黒衣の騎士の死角になる位置で地面の砂を掴むと、それを騎士の顔面に投げつけつつ跳躍、そのまま木陰の中に入っていった。
「アタシ達も続け!森の中に逃げろ!」
とっさにビシドに続いて逃げるべきだ、と判断したアカネが叫ぶと他の者たちも森に入っていった。
(ビシドの野郎、何も言わずに一人だけ逃げやがって…)
心の中でビシドに悪態をつきながら森の中を全力疾走するアカネ達。
しかしその判断が的確だと判断したからこそ彼女たちもついて行ったのである。実際何者かわからない者の追跡を受けている状況でビシドの判断は正しいと言えよう。
黒衣の騎士が顔についた砂を払いながらつぶやく。
「マジかあいつら…話も聞かず逃げ出すとは…なんつー早い判断だ。」
ふう、と一息着いた黒衣の騎士はアカネ達の追跡を開始した。その手には得物をいっさい持っていなかったが…
しばらく進んだ場所でアカネ達は一息ついて相手の様子をうかがっていた。ビシドが耳を地面につけている。
ここにくるまで何度も進路を変えながら進んできたため簡単には補足できまい、とふんではいたが…
「何で!?まっすぐこっちに向かってくる!魔力の遮断してるよね!?」
ビシドが確認しながらもまた森に入っていく。アカネ達もそれに続く。
森の中を逃げるアカネ達。今度はビシドが走りながらつぶやく。
「まただ。早くはないけど、後をつけてるんじゃなく、まっすぐこっちに向かってる。」
エピカが走りながらアカネを呼ぶ。
「勇者様、勇者様!」
エピカは健脚ぞろいのこのパーティーの足によくついてきていた。さすが生物学的にはXY染色体の持ち主である。
「何、エピカ!?」
「何者かが、勇者様に魔法をかけています」
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