第18話 いともたやすく行われるえげつない行為

 コンコスールの野望は春先の淡雪の如く儚く崩れ去った。

 いや、野望というにはあまりにも無計画すぎる。これは実行に移したとはいえ、ただの妄想である。絵空事である。


 彼は宿に戻るとふらふらと部屋まで歩き、ばたん、と寝入ってしまった。


「それにしても無計画が過ぎる…行き当たりばったりな奴だとは思ってたがここまでとは…

 なんか入れ知恵しとくべきだったかな。」

 アカネが吐き捨てるように言った。


「まあ仕方ないんじゃない?この恋愛自爆テロリストに何期待しても無駄だったと思うよ?」

 身も蓋もないことをビシドが言う。しかもこの自爆で傷つくのは自分だけときたもんだ。


 ともかく、コンコスールの恋は終わったのだ。明日からはまた、メルウェの神殿への旅が始まるはずであった。


 次の日の朝。起きない。コンコスールが起きないのである。

 アカネとビシドが汗をかいている。


「くそ、なんなんだこいつ、スキレット使っても千枚通し使っても起きないなんて…!」


 スキレットや千枚通しを何に使ったのか非常に気になるところではあるが、ともかく彼は起きないのだ。

 時折悪夢でも見ているかのようにうなされているので、野盗のようにアカネの一撃で脳をやられた、というわけでもなさそうだ。


「私の回復魔法も効きませんし、ケガではなさそうです。

 病気か、もしくは全く別の理由か…」


「別の理由…?」


 エピカの言葉にアカネが病気以外に理由などありえるのか、と興味を示した。

 エピカはアカネの言葉にうなずくと、ゆっくりと話し始めた。


「以前に一度だけ聞いたことがあるんです、人の心が弱った時、頭の中に憑りついて悪夢を食う、恐ろしい魔物、ナイトメアの存在を。」


「ナイトメア!そんなのいるんだ!!」

 アカネが興奮気味に発言した。姿が見えないとはいえ彼女にとって初の魔物に心躍っているのである。


「ああ~、なんか聞いたことあるな。うまく取り除けないとそのまま衰弱死するまで悪夢を見せ続けるんだっけ?」

 心が弱る、ということと無縁の獣人が興味なさそうに話す。


「で、アカネちゃん、どうすんの?こいつ。こんな状態じゃ下取りにも出せないし、いっそ埋めちゃう?」

 恐ろしいことをビシドがさらっという。この人ちょっとどうかしてるんじゃないのか。

 ビシドの冷淡な発言が聞こえるとコンコスールは小さくうめいた。


「なんてひどいことを言うんですかビシドさん!ナイトメアは祓えない魔物ではありません。ちゃんと方法があるんです。」

 エピカが必死でナイトメアの退治方法を説明する。


 エピカが言うには夢念木と呼ばれる香木を密閉した室内で焚いてその中で眠り、夢の中で繋がり、悪夢の原因を打ち払えばいいのだ、という。


「う~ん、でもその夢念木ってのが今手元にないしなあ。」

 残念そうな、そうでないような、微妙な表情でアカネが言う。


「夢念木はありませんが、私がいます!

 私の睡眠導入魔法で勇者様を眠らせて、精神魔法によってコンコスール様の夢とつなぐことができるかもしれません。」


「睡眠魔法じゃなくて睡眠『導入』魔法かあ、アタシあんまりドリエル効かなかったんだよなあ…」

なんとか言い訳をしてやりたくないのが見て取れる。


「でもとにかく、それを使って夢の中の世界に入ってコンコスールを助け出すしかないのか…」

 アカネが覚悟を決めたように、しかし残念そうに答えた。


 「勇者様」

 エピカが不意にアカネの方をまっすぐ見つめた。


「『夢』に『中の世界』なんてありませんよ。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。」

 尤もなツッコミである。


「わ、分かっとるわい!でも実際今の説明だとそうだったじゃん!」


「『夢の中に入る』のではなく、『意識を繋ぐ』のです。コンコスール様の精神と一つになるんです。」


「え…」

 予想していなかった内容だったらしく、思わずアカネから次のような本音が漏れた。


「やだよ気持ち悪い。」


 「うぐぅ」とコンコスールが大きなうめき声をあげた。全員が注目する。


「…こいつ起きてないよな?」

 眼球運動を見てもどうやら寝ているようだ。何よりこれが狸寝入りだとしたら千枚通しで何やらされても起きない演技など常人にはできないだろう。

 何よりそんなことをする意味がない。


 とりあえず、ナイトメアに眠らされているのは間違いないようなので、そのまま話を続けることにした。


「どうしてもいやですか、勇者様。」


 エピカの問いに当たり前だ、と言わんばかりにアカネが答える。

「だって気持ち悪いもん…こいつさあ、よく野営の時に『剣の素振りをしてくる』とか言ってどっか行ってくることあるじゃん、あれ実際には何してるか知ってる?」


 何のことやら分からない、といったエピカの表情に対し、ビシドは何やら険しい表情をした。どうやら心当たりがあるようだ。


「オ○ニーしてんだよコイツ!!臭いで分かるっつーの!!」


「うぐおおお」とひときわ大きな声でコンコスールがうなされた。

 その瞬間、何やらコンコスールの頭部に一瞬だが暗い紫色のものが浮き出た。

 それはすぐに引っ込んでしまったが…


「!!………」

「な、なんだ今の!?ナイトメアとなんか関係あるのか!?」

 アカネが驚いた顔で叫んだ。


「あの…」

 エピカが小さく手を挙げた。

「何?エピカ、言ってみて。」

 アカネが発言を促す。


「夢を見ている状態、というのは半睡眠の状態、と言われています。実際寝言を言ったり、その寝言と会話が成立したりすることもあるんです。」


「それでですね、今の状態のコンコスール様には私たちの声が、眠りながらも聞こえているかもしれません。そして、その状態の精神にナイトメアがつながっているとしたら…」


 エピカは結論を言った。


「コンコスール様の精神を攻撃したら、ナイトメアを倒せるかもしれません!!」

 なんて恐ろしいことを思いつくのか、この子は。


「おお~、いいぞ!そういうの大得意だ!!

 失敗しても痛いのはアタシじゃないし、とりあえずやってみよう!」

 アカネたちはとりあえず通常通りの会話を続けることにした。


「で、よくよく考えたら別に私じゃなくて、夢に入るのはビシドでもいいよね?」

「私だって嫌だよ!こんなイカクサ野郎!」

 即答での拒否にコンコスールが小さくうめく。


「アカネちゃんは性的魅力に乏しいから気づかないかもしれないけど、こいついつも私と話すとき胸ばっか見てるんだよ!!」


「ぐうう」とうめき声が聞こえる。なぜか一緒になってアカネも苦しそうにうめいていた。


「まあ、実際昨日のこともさ…」

 アカネがなんとか持ち直して攻撃態勢に入る。この女は防御が弱いが攻撃するときは強い。


「こいつは自分が物語の主人公だとでも思ってたのか?なんか相手が自分に惚れてること前提で話進めてたよな?本当にキモイわ、このドブぬめりクソ野郎は。」

 「主役はお前だ」とか「お前はお前の物語を生きろ」とかさんざん煽っておいてこの仕打ちである。

 苦しそうにうめくコンコスールの頭部に、何やら紫色の球体のようなものが浮き出始めた。


「あとさあ、最近気づいたんだけどさ…」

 何やら怒っている表情でビシドが話し始める。


「たまに…私の予備の下着がなくなってることがあるんだけどさ…」

「ぐぼおっ」とコンコスールが嗚咽しながらうめく。どうやら本当に触れられたくないことに何者かが触れようとしている。


「で、こいつが剣の素振り終わって、イカクサ野郎になって戻ってくると、いつの間にか下着も戻ってんのよね…」

 ビシドがゴミを見るような目でコンコスールを見下ろす。


 コンコスールのうめき声とともに頭部から出てきた球体はもはやその半分ほどを大気にさらしている。

 その中心には巨大な目があり、どうやらこれがナイトメアの正体のようだ。

 許しを請うように涙を流している。


(よし、もう一息だ!これでキメてやる!!)


 アカネが乾坤一擲、大技に出る。どうせ失敗しても傷つくのは自分じゃない!


「一回こいつが『剣の素振り』に行ったときに気づかれないように後をつけてったことがあるんだけどさあ…」


「ひぇ…」

 エピカがひきつった表情で一歩下がる。


「なんでそんな『希望』の入ってないパンドラの箱を開けようとするの、アカネちゃん!!

 災厄しか入ってないよソレ!!」


「いや、もし『ビシド、ビシド…』とか呟きながら処理してたら爆笑できそうじゃん?

 で、見に行ったらこいつね…」


「ぐううぅぅぅそれ以上はぁ…」

 とうとう寝言で許しを懇願し始めるコンコスール。しかしこれはお前を助けるための戦いなのだ、哀れな男よ。


「こいつ自分の乳首いじりながらしてやがったんだよおお!!

 このチクニー野郎がああぁぁッッ!!」


「イヤアアアァァァァッ!!」

 エピカが耳をふさいでその場にしゃがみ込んで、泣きながら叫ぶ。


「気持ち悪ぅぅぅぅ!!オエエェェ…」

 ビシドが嫌悪感をあらわにしながらえづく。


「おおおおおお…ゴボッ」

 コンコスールがうめきながらベッドからずり落ち、吐血した。

 現場は阿鼻叫喚の地獄絵図である。


 その瞬間、コンコスールの頭部から完全に分離したナイトメアの目にアカネがマチェーテを突き立てた。




「ふぁ…なんだかしっかり眠ったのに疲れが取れないな。寝汗でびっしょりだ。

 まあ、あんなことがあったからな。悪夢でも見てたのかもな。」


 コンコスールが目を覚ますと、アカネたちはすでに目を覚ましており、優しい表情で彼を迎えた。


「すいません、もう起きてらしたんですね。すぐに支度します。」

 恐縮するコンコスールにアカネは優しく答えた。


「いいのよ、急がなくて。メルウェの神殿は逃げないんだから。

 準備が出来たら行こうか、チクニー。」


 続いてビシドも微笑みながら彼に話しかける。

「その前に朝ごはんだね、チクニー。しっかり食べないとへばっちゃうよ?」


「え、あの…?え?

 チクニーって俺のことですか?」

 何やら彼は夢と現の記憶があいまいになって混乱しているようだ。


「ちょっと勇者様!?

 チクニーってなんですかあ!!」


 この哀れな男に祝福あれ。

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