第13話 増長
ベイヤット山を下りた北西、アカネ達の立ち寄っていたエルベソ領手前の町から王都に戻るルートの小さな町、カミン。
街道沿い、ということ以外別段特色のないこの町は普段は静かであったが、この日は何やら人だかりができていた。
「おい、見えねえ、俺にも見せてくれ!」
「押すなよ!逃げるわけじゃねえんだから。」
「はいはいはい、質問は一人ずつでお願いしますね~」
何やら数名の若者を囲んで人が集まってきているようである。
若い時には陥りやすい落とし穴、というものがいくつかある。
それは若さゆえの根拠のない万能感であったり、全ての基準を色恋に置いてしまうことだったり、失敗を恐れて一歩を踏み出す勇気がなかったり、と人それぞれ千差万別ではあるが。
その中でも何かの分野で成功を収めた人間が特別陥りやすい穴、というものがある。
「いや~、もう麓の町まで『剣聖』を倒した勇者のうわさが広まっちゃってるとはねぇ!
あ、ほらほら、そこ!小さい子供を優先で通してあげてね。
お布施はこのかごの中でお願いしますよ!
剣の講義は一人銀貨1枚以上からになりますんで!お願いしますねぇ!!」
増長、である。
アカネは市民たちの応対に追われながらも、にやけ顔が止まらない。
とても剣聖を倒したとは思えないような、なんとも締まりのない顔である。
一方、ビシドとコンコスールはどうか、というと、近くには立っていたが、冷めた視線をアカネに送っていた。
「人類史上に類を見ないほどに増長してるね。」
「なんとなく感づいてはいましたが、ここまでの調子コキだとは…」
「そもそも、剣の奥義、なんてものは実在しないもんなんだから!剣の神髄ってのはね、太刀を担いで、届くところまで近づいて、切りつける!ただこれだけなんだから。」
どうやらアカネは剣の講義をしているようだ。
「あれ、エルヴェイティが言ってたことだよね?」
「まさかとは思うけど自分が言ったことにするつもりか。」
二人の中でのアカネ株はすでにストップ安である。
そもそも剣の神髄云々、のくだりは40年間修業を続けてたバックボーンのある剣聖が口にして初めて意味を持つセリフである。
「アカネちゃんが言ってもただ薄っぺらいだけだね。」
「あの発言があってもなくて人類の歴史にはなんの影響もないでしょうね。」
そうこうしていると村人の一人が、とあることを口にした。
「なあなあ勇者様、剣聖の話もいいけど、ドラゴンを倒した話をしてくれよ!」
「ん?ドラゴン?」
思わず聞き返すアカネ。
ドラゴンなど倒していない。そもそもここに来るまで、一度もドラゴンどころか魔物と対峙していないのだ。
人間としか戦っていない。
別の村人がさらにリクエストをしてきた。
「私はエルフとの悲恋の話が聞きたいわ!聞くも涙、語るも涙の美しい話らしいじゃない!」
「え…?エルフ?…そんなのいるの?」
当然エルフにも会っていない。
アカネがここまでに会った人間以外の種族は、サテュロスのビシドと、あとは食卓に並んだ豚と鳥だけである。
別の村人がまた話しかけてくる。
「俺はヴィンガンバイトのテラソンヌの話が聞きたい!キラーマの先っぽがほっぽほっぽでウクッってたんだってなぁ!!」
最早何の話をしているのかもわからない。翻訳されるんじゃなかったのか。
アカネがたじろぎながら弁解するように話す。
「いや、…あんたたち、誰かと勘違いしてるんじゃ…ああっ!!」
何かに気づいたようである。
「ステファンか…!!」
アカネがその名を口にすると、村人たちも異変に気付いたようだ。
「なんだよ、こいつ『光の勇者』ステファンじゃねえのかよ。」
「ちっ、とんだ時間の無駄だったぜ!」
「おかしいと思ったぜ、騙りかよ!どうせ剣聖を倒したってのもお前じゃない勇者の方だろ。」
「金返せよ!!」
村人たちは受講料とお布施をひったくると、口々に罵りながら唾を吐いてから帰って行った。
短い人生の春であった。
「んだよおお!!アイツら!!剣聖を倒したのは本当なのにィ!!」
アカネが泣きながら全力で叫ぶと、鈴のなるような美しい声が聞こえた。
どうやらまだ一人残っていたようだ。
「私は信じておりますわ、勇者様。」
鼻水を垂らしながらアカネが顔を上げると、そこにはタイトなローブに身を包んだかわいらしい少女が佇んでいた。
髪はプラチナブロンドで肩ぐらいまであり、まとめていない。胸は小さいようだが体のラインはほんのりと女性らしさを感じさせる曲線を描いており、年の頃は14,5歳といったところか。
大きな杖をついている、というよりは寄り添うように杖に抱き着いており、顔には儚げな笑みをたたえていた。
アカネたちは町一番の安宿に拠点を構え、そこに先ほどの少女を迎えて夕食をとっていた。
その少女の名はエピカ、といった。
「ふ~ん、で、そのエピカちゃんが何の用なのよ?」
よほどその酒が気に入ったのか、いつも通りミードを飲みながらあかねが少女に尋ねた。
「至極単純な話です。私を、勇者様たちの仲間に加えていただきたいのです。」
正直3人での旅はきつい、と思っていたアカネはこの提案に渡りに船、とばかりにくいつきそうになったが、そこはぐっと堪える。
「い、いや~、まあ、剣聖倒しちゃって有名になったからこういう手合いも増えてくるだろうとは思ってたけどサ!うちはアレだよ?剣聖倒しちゃうようなガチパーティだよ?
こんな女の子についてこれるのかなぁ~?なんせ剣聖倒しちゃってるからねぇ!!」
剣聖に勝利したことをよほど心の拠り所としているようだ。
影を潜めたと思われた『増長』もほんのりと頭が見え隠れしている。
「『勇者』についていきたいんなら、なんでステファンじゃなくうちらなの?」
ビシドが尤もな疑問を口にする。
これにくいついたのはエピカではなくアカネの方であった。
「そ、そう!ステファン!!話逸れるけどあいつら今なにしてんの?エルフとかドラゴンとか何事よ!?」
エピカがにっこりと笑いながら答える。
「『勇者』の力を使って各地で力なき民のため尽力しておられるそうです。
エルフやドラゴンの他にも、幽霊船の怪、とか荒野のダンベル競争とか方々で活躍なさっているようです。詳しくはこちらの『月刊勇者』をお読みください。」
話しながらエピカは一冊の小冊子を差し出した。
「荒野のダンベル競争」にものすごく心惹かれたが、そこはぐっとこらえてアカネは差し出された冊子に注目する。
発行者はイルセルセ王国政府になっている。どうやら公式ムックのようだ。
「こ…こんなものいつのまに…」
食い入るように読み入るが、内容が半分くらいしか理解できないアカネのために、コンコスールがかいつまんで内容を音読してくれた。
「しかしこれ…勇者様、…アカネ様の事一言も書いてないですね。」
当然コンコスールやビシドのことも書いていない。残念そうな顔をしながらコンコスールが呟いた。
「こっ、これのバックナンバーないの!?きっとそっちには私のことも!!」
アカネが食い下がるが、エピカはにこにこしながら、創刊号の冒頭に「勇者が二人召喚された」以上のことは書かれていない、と切って捨てた。
アカネはなんだかこの数分のうちに疲弊しきっているように見えた。
天を仰いで椅子の背もたれに寄りかかりながらなにやら呟いている。
「光の勇者…光の勇者かよお…
あいつらそんな呼ばれ方してんのかぁ…いいなぁ…
ちなみに私は世間一般ではなんて呼ばれて…?」
「闇の勇者ですわ。」
「闇かよおおおおお!!」
エピカの残酷な一言に被せ気味にアカネが絶叫しながら床に倒れこんだ。
「そりゃ確かに野盗コロコロして所持金奪ったりしたけどさぁ!!
アタシはアタシなりに一生懸命やってんのにさぁ!!」
「で、話戻るけどなんでうちのパーティーに?」
戦闘不能のアカネを無視してビシドが軌道修正した。
「申し訳ないんですが、動機としては単に『私のいるところから近かったから』です。
ですが、今日あなた方の姿を目の当たりにして、別の理由ができました…」
「別の理由、とは…?」
コンコスールがさらに突っ込んだ理由を聞く。アカネはまだ床で悶絶している。
「その…お恥ずかしい話なんですが…」
急にもじもじと頬を赤らめながら声が小さくなる。人に言えないような理由なのか。
「コンコスール様に…その、一目惚れしてしまって…」
両手で頬を押さえながらエピカが語ったのは驚愕の理由であった。
「!!!!」
「詳しく話を聞こうか。」
いつのまにかアカネは着席して発言していた。
「詳しくも何も、コンコスール様は私の理想の人です。
堂々とした立ち振る舞い、低く落ち着いた声、すべてが理想です。」
恥ずかしそうに身をよじりながらエピカはコンコスールの事を持ち上げ始めた。
コンコスールの方は、というと、あまりの事態に固まっている。
「いや~、でもアレだよ?うちはさっきも言った通りガチパーティーだからさ?ちょっとキツイかもよ?タレント集団だからね?
この通りアタシは剣聖を倒すほどの腕前だし、ビシドは弓矢の達人、コンコスールは…アレだ…えっと…読み書きができる。」
さんざん考えてそれしか出なかったのか。
本当は仲間が増えるのが心の底からうれしいのに、もったいぶったような、いたぶるような言葉を口にする。
形勢逆転とみるや、この女の復活は本当に早い。さっきまで床で悶絶していたのに。
「あんたは何ができんの?」
当然といえば当然のアカネからの質問である。
落ち着きを取り戻していたエピカが静かな声で答える。
「私は、回復魔法が使えます。」
予想をはるかに上回る良回答に全員がガタッと立ち上がる。
「マ、…マジか!じゃあ、さっそくその力を試したいんだけど…?」
と、アカネが服の裾をまくり上げて自分の胸の下辺りを見せながら話しかけた。恥じらいとかないのかこの女。
「剣聖にタックルかました時にもつれて相手の膝が入っちゃってさ、肋骨にヒビが入っちゃったみたいなんだよね。
コンコスールに薬草買ってきてもらって、集気法も使ってるんだけどサ、全然効かなくて、すごい痛むのよ。
どうにかなる?コレ?」
「いや、薬草にも集気法にもそんな即効性はないですから。薬草はあくまでもサプリメント程度に考えてください。
基本は十分な休養とたっぷりの栄養!滋養することが肝要です。」
コンコスールが常識だろう、という感じでお説教する。
アカネは意外そうな顔で聞き返す。
「え?そういうもんなの?こういう薬草って普通さ、使ったらこうパーッと体が光って、一瞬で直りそうなもんじゃん!」
「そんな薬あるわけないでしょう、ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。」
「ぐぬぬ…」
またもや「ファンタジーじゃない」とファンタジー世界の住人に説教されてしまい、アカネはうめくような声を口に出す。
「勇者様、服の裾は降ろしてもらって結構ですわ。少し待ってくださいね…」
エピカが両手をグーに握り掌側を自分に向ける。
すると、彼女の両手が鈍い光を放ち始めた。
今度はその両手を開いてアカネの方に向けてゆっくりと、その薄い胸にあてた。
「これ…すごい!本当にみるみるうちに痛みが引いてく!」
治療が終わるとアカネは思わずまた裾をまくり上げて、指でコンコンと肋骨を叩いた。
「本当に直ってる…これが回復魔法ってやつか…
これがあればトレーニングの効率はさらに上げられるな…」
もはや考えがかなり脳筋寄りになってきてしまっていることにアカネは気づいていない。
もっともその方法で剣聖に勝利できたのだから、決して間違ってはいないのだろうが…
「いかがでしょう?仲間に加えていただけますでしょうか…?
私はこのパーティに入ることで、冒険者の野望を達成し、そして女としての幸せも手に入れたいんです…!!」
「女としての幸せ」というセリフを聞いてコンコスールが若干ビクッとする。
「冒険者としての野望…?それは…?」
当然の質問だろう、アカネはその言葉を聞き逃さなかった。
「それは…申し訳ありませんが、まだ言えません。時が来たらいずれ必ず話しますわ。」
「ふぅん…まあいいけど、でも本当にいいの?コンコスールこう見えて相当間抜けだよ?
コイツのせいでアタシ剣聖と戦う羽目になったんだから。」
それでもなおエピカの意思は固いようで、仲間に入れてくれ、と懇願してきた。
もはやアカネには拒否する理由など一つもない。
「よし!じゃあ断る理由はないわ!!今日からアンタはこのパーティーの一員よ!!」
「私は反対だよ。」
アカネは元気よく答えたが、それに異を唱える者がいた。意外にもそれはビシドであった。
「こいつは嘘ついてる。嘘つきと一緒に冒険なんてできないよ。」
ビシドはそう冷たく言い放つと部屋に一足先に戻っていった。
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