第14話 虎の穴

 ビシドを追って全員が宿泊する部屋まで戻った。もちろんエピカも一緒である。


「ん~、確かに信頼関係で成り立つパーティーに嘘ついて仲間に入るのはよくないな…」

 まるでこのパーティーに信頼関係があるかのような言い草ではあるが、アカネの指摘は尤もだ。


「いやいやいやビシドさん、勇者様、回復係はパーティーには絶対欠かせない人材ですよ。

 ビシドさんが彼女のどんな嘘に気づいたのかは分からないですけど、彼女の才能は俺たちに必須のものです!

 多少の嘘があったとしてもおつりが来ますよ!目をつぶりましょうよ!そのくらい!!」


 コンコスールは必死だ。パーティーとしての役割も重要ではあるが、彼にとっては生まれて初めての経験である「自分に想いを寄せる少女」という存在こそが、彼の絶対に手放したくないものの正体である。


 これに反論すべく、ビシドが強い口調で言い返す。


「だってソイツ!男だよ!!

 匂いで分かるもん!!

 それなのに自分を『女』だなんて詐称して!」


 時刻は夜7時を回っている。さすがにこの時期になると外ももう暗い。

 フクロウの声だけがむなしく響く中、宿に沈黙が訪れた。


 ちょいちょい、とアカネがエピカを手招きして廊下に連れていく。

 ばたん、と扉を閉める音がして、しばらくしてから、アカネの声が響いた。


「でかっ!!」


 震えるような手で扉を開けてアカネたちが戻ってきた。

「マジだったわ…えげつない程の『雄度』だったわ…」

 力なくアカネが確認結果を口にした。

 エピカは頬を赤らめてもじもじしている。


「やっぱり『嘘』はよくないよな…」

 コンコスールの十八番、『掌返し』が炸裂する!


「いや、性別なんて多少の問題でしょ。お前が言った通り回復役は必要だって。」

 アカネには効果がなかった!


「まあ、アカネちゃんがそう言うなら私も別にいいけど。」

 思いの外簡単に折れるビシド!


「いやいやいやそれはダメでしょう、勇者様!!

 いいですか、うちらのパーティーは確かに毎日毎日朝市の競りの如く怒号が飛び交うギスギスパーティーですけどね!?

 それでも嘘だけはつかなかった!それが俺たち『闇の勇者一行』の誇りだったじゃないですか!!」

 初めて聞くパーティー名と誇りだが、またもや必死になるコンコスール。しかしベクトルが先ほどとは真逆である。


 これにはアカネが落ち着いた口調で答える。

「それでも回復役は絶対に必要なんだって。

 いい?考えてもみなよ?

 あんたのケツの穴がちょっと切れるだけで私たち全員の命が担保されんのよ?

 それこそおつりがくるってもんじゃない。

 あ、アタシ明日朝一で町で軟膏買ってきてあげるわ。」


「ちょっとぉ勇者様!!」

 コンコスールがアカネの肩をがしっと掴む。


「え?何?もしかして今夜もう必要なの?明日まで待ちきれない?」

 にやにやしながらアカネが言う。この女は他人の不幸が本当に楽しそうだ。


「いいですか、勇者様!アンタ人のケツの穴を何だと思ってんですか!!いくらなんでも他人事すぎますよ!!」

 コンコスールがブチ切れる。もはや主人をアンタ呼ばわりである。


「落ち着けコンコスール、もっと自分を信じろ!自分のケツの穴を信じろ!!

 アタシの信じたお前のケツの穴を信じるんだ!!

 …どうだ…勇気が湧いてくるだろう…」


「全然湧いてこないですよお!!だいたいケツの穴…」


 アカネとコンコスールが激しくケツの穴についてやり取りしていると、ガチャ、と部屋の扉が開いた。立っていたのは宿の女主人であった。


「あんたら…大声でケツの穴ケツの穴うるさいんだけど…?」


 しゅん、となって「スミマセン…」と謝る一同。


「部屋汚すんじゃないよ…」

 女主人は去っていった。


 女主人が部屋を去ると、なにやらエピカがくすくす笑っていた。

 ちなみにビシドは声にならない声を出しながら激しく肩を震わせて爆笑している。


「何?どしたのエピカ?」


「いえ…噂通りだなあ、と思って。」


 噂、とは何かとアカネが尋ねるとエピカが続けて答えた。


「闇の勇者様一行は毎日毎日にぎやかで、野営してると山中に声が響いてきてすぐわかる、っていう噂です。」


 そんな噂が広まってたのか…と、アカネが複雑な表情をしてエピカを見ていると、はた、とあることに気づいた。


「アレ…?あんた男ってことは…

 アタシはさっき治療の時、男におっぱいまさぐられてたのか!?」

 顔を紅潮させながら叫ぶアカネ。


 このアカネの言葉に「え?」とコンコスールが口をはさんだ。


「え…勇者様おっぱいあるんですか?」


 次の瞬間コンコスールは鼻血を出しながら「スミマセン…」と謝っていた。

 速すぎて誰も目視できなかったが、おそらく何者かがコンコスールの鼻っ柱に鉄拳を叩き込んだのだろう。


「お前本当ナチュラルに失礼な奴だな。そういうところだぞ…」

 アカネが怒りの表情で呟く。


「すいません…異世界の住人だし、勇者様はおっぱいとか、そういうものの存在しない種族だと思っていたもので…」


 今度ははっきりと視認できた。アカネの拳がコンコスールの顔面にめり込む。


「お前、次はグーで行くからな。」

「今のもグーだったと思いますけど…」

 それでもつっこむのを忘れない。この男は「口は禍の元」という言葉を知らないのか。


 あまりの騒ぎに戻ってきた女主人にひとしきり平謝りした後、その日はそのまま就寝し、次の日からアカネたちはエピカの進言に従い北に進路をとることとした。

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