第8話 剣聖

 はぁ、はぁ、はぁ…


 静かな山の中に3人の激しい息遣いだけがこだまする。殺人現場より一目散に逃げてきた勇者一行は目的の『剣聖』の修行場、その山門についに到達した。


 山門は簡素な木のつくりではあったが荘厳な雰囲気を醸し出していた。しかし門とはいうものの、目印程度の粗末な作りで看板すらない。


「ここが…剣聖エルヴェイティの…?」

 息を整えながらアカネが独り言をつぶやく。


「たのもーーーー!!」

 ビシドが大声で山門に向かって叫ぶ。どうやらもう呼吸は整っているようだ。というより最初から息など乱れていなかったのだ。獣人の心肺能力は伊達ではない。


「道場破りかお前は!」

 すかさずアカネが突っ込む。


 ビシドはハートが強いのか、未知の領域にも割とずかずかと入っていって行動する。危機察知能力が優れている分、差し迫った危機がないと判断した時は、むしろいい加減に行動するきらいがある。


 ギィ…と、山門が開き、中から若い男ができた。話に聞いていたエルヴェイティの弟子だろうか。


「どちら様でしょうか…?」

 若者の問いかけに対し、パーティーの代表者としてアカネが対応する。


「あー、あのー…勇者一行で…あ、勇者ってのはですね、その…国王から魔王討伐しろってんで特命を受けてるんですけどね!…あの」


 いつになく歯切れの悪いしどろもどろの喋りである。いつもの堂々とした、というよりは、ともすれば横柄な態度との違いにビシドとコンコスールが大いに困惑する。


 しかし、むしろこちらがアカネの本性なのだ。今まではイルセルセ王国から魔王討伐の「お願い」をされている立場ということもあり、たとえ国王であろうともイルセルセの国民に対し明確な「上下関係」があった。


 そのため優越感からか、横柄な態度をとれていたのだが、エルヴェイティ達は山奥に隠遁している剣の達人集団、いわば通常の「国民」からは一線を画す位置づけである。


 さらに剣の修行をつけてくれ、とこちらからお願いする立場にある。

 要は目上の人間に対して卑屈なのだ。


「何者だ!何の用があってこんなところまで来た!!」


 奥から若い女の声が聞こえた。アカネたちが覗き込んでみると赤いショートヘアの少女が立っていた。年の頃は14,5といったところか、吊り目気味で口を真一文字に結んでおり、いかにも勝気な少女といった風である。


「なんだ?この女の子?なんでこんな子供がこんなところに…?」

 素直にコンコスールが疑問を口にするが、それをアカネが遮る。


「待って、コンコスール!ここは私に任せて!」


 さっきまでしどろもどろだった女に「任せて」など言われても不安感しかないが奴隷のコンコスールは素直に下がった。


(知ってる…このパターンは知ってるぞ…!)


 アカネは記憶の中で元居た世界での知識を総動員して考えている。


(このパターンはアレだ、「剣聖」の名に似つかわしくない風体の子供や汚い老人とかが出てきて、舐めた態度取ってると「無礼者!その方がエルヴェイティ様だ!」とかやられる奴だ!)


「その方はエル…」

「みなまで言うな、分かっている。」

 しゃべろうとした若い男を制すると、深呼吸をしてからゆっくり話し始めた。同じ轍は踏まないつもりであろう。


「あなたがエルヴェイティ様ですね…私は国王スルヴ・バルコニラより魔王討伐の命を受けて旅をしている勇者、アカネと申します。」


「いや、その方は…」

 なおもしゃべろうとする若い男を目で制してアカネが続ける。


「魔王を倒すには私たちは力不足です。そこでエルヴェイティ様に稽古をつけて戴きたく、ここまで至った次第でございます。」


「その方はエルヴェイティ様の姪御殿だ。今日はたまたま遊びに来ているだけだ。」


 「何を言っているんだ」というあきれ顔で若い男が冷静につっこむ。

 「何を言っているんだ」という表情でエルヴェイティの姪、と紹介された少女はジト目でアカネを見据える。

 「何を言っているんだ」という目つきでコンコスールがアカネを見咎める。

 ゴミを見るような目でビシドがアカネを睨む。


「ふぉっふぉっふぉ、何やら騒がしいのう、客人かの?」


 さらに奥から腰の曲がった老人が出てきた。浮浪者のような汚い身なりで杖をついている。長く伸びた眉毛と髭に隠されて表情は伺い知れない。年は70~80歳にも達しようか、とても剣を振るえるような年齢には見えないが…


(そっちか~!!そっちのパターンだったかーッ!!)

 アカネは額に手を当てて天を仰ぎながらも何やら合点がいったようで、心の中で叫んでいる。


(ああ~はいはい、そっちね!そっち系ね!!)


 方針が決まったのか、今度は老人のほうを向きなおしてアカネがまたしゃべり始める。


「あなたがエルヴェイティ様ですね…私は国王スルヴ・バルコニラより…」


 さっきと一言一句違わず同じセリフである。まさかとは思うが先ほどのやり取りを無かった事にしてやり直すつもりなのか。


「その方はエルヴェイティ様の父親だ。姪御どのの付き添いで来ているだけだ。」


 若い男が先ほどと同じ冷静な口調で突っ込む。アカネは固まってしまった。


「さっきから何なんだお前は。とても剣を振るいそうにない人間ばかり選んでエルヴェイティ様と勘違いして、バカにしているのか?常識で考えれば分かるだろう?」

 ファンタジー世界の人間に「常識」を持ち出されて説教されてしまった。


「特に最初の間違いはひどい。そんな年端もいかない女子供が『剣聖』のわけないだろう。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから。」

 ファンタジー世界の人間に「ファンタジーじゃないんだから」と怒られてしまった。


 アカネは最後にセリフを言った時のままの体勢で固まっている。顔は耳まで真っ赤に紅潮して、目には涙を浮かべている。


「はっはっは!そんなに虐めてやるな、ヴィッケレ。」


 先ほど老人が出てきた辺りから、50歳程度に見える、頑強な体格の中年男性が出てきた。肌は褐色に日焼けしており、正中線をしっかりと保ちながら歩いてくるのが見て取れる。


「それにしても死ぬほど見る目のない勇者様だなぁ!俺がエルヴェイティだ。」

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