第6話 初勝利

「ええ~?野宿とか本気ですか?虫にさされるのとかマジで無理なんですけど。」


 これはアカネやビシドの発言ではない。コンコスールの、奴隷の発言である。


「このぬるま湯奴隷め…本性表しやがったな…」


 軽蔑した表情でアカネが吐き捨てるように言った。しかし実際この男は屋根のないところでの宿泊など経験ないのだ。アカネも野宿は初めてであったが、キャンプは元の世界で経験している。


 季節は秋口にはまだ遠く、夜でもまだ暖かい。キャンプには絶好のシチュエーションである。今どきは女子高生でも冬山でキャンプをするご時世である。ましてや奴隷に拒否権などないのだ。主人が野宿をすると言っているのだから。


 口を開けば不平不満ばかり漏らすコンコスールではあったが、その辺はわきまえている様で、野宿のプロフェッショナル、ビシドの的確な指示に従って野営の準備を進めた。


 ビシドが水源を求めて野営地を離れている隙をついてその招かれざる客は訪問してきた。


「へへへ…後をつけて正解だったぜ。あの面倒なアーチャーもいねぇようだな。」

 野盗である。もっと言えば、道中で一度撃退した者、コンコスールの元奴隷仲間、ダンズールである。


 人数は3人、いずれも近接戦闘の武器を装備している。組織的につけてきたわけではないのでビシドの警戒網からも外れていたのだ。


「ダンズール…貴様懲りもせずに。」

 コンコスールが険しい表情でにらみつける。


「いいのかい?その姉ちゃんの腰に下げてるもんは飾りみてえなもんだろう?3対1で女を守りながら戦うのか?スキレットで。

 金と装備をおとなしく差し出すなら見逃してやるぜ?

 お前ら噂の魔王討伐の勇者一行なんだってな?王国からもらった支度金がたんまりあるんだろう…?」


「ふざけんな…!誰がお前らなんかに…」

 アカネもこれには応じない構えのようだ。


「ベッコ!お前は女をやれ。殺しても構わねえから手早く済ませろ。」


 ベッコと呼ばれた野盗の一人は簡素な胴当てと付属する鎧を着こんでいる。ほかの二人は鎖帷子を着込んでいた。もっとも、コンコスールの得物はスキレットなのであまり関係ないが。


 アカネが腰のマチェーテを抜きながら野盗に話しかける。

「おい野盗、こんな言葉を知ってるか?熱膨張…」

「その手には乗らねえよ。アーチャーが戻ってくるまで時間を稼ごうってんだろ!?」

 ベッコは有無を言わさず切りかかってきたが、間一髪、アカネは相手の剣をマチェーテで受けた。


(熱膨張…?)


 アカネが何を言おうとしたのか気になりながらも他の3人も戦闘を始めた、が、やはりスキレット一枚ではコンコスールは防戦一方である。


「手が震えてるぜぇ!?お嬢さんよう!!」

 ベッコはククリナイフのような先端の肥大した大型の鉈で容赦なく切り込んでくる。アカネもやはり防戦一方である。


「さっきからじゃらじゃら音が聞こえるぜぇ!?あんた鎖を服の下に着込んでんなぁ?」

 しゃべりながらもベッコの攻撃は息をつくことはない。


「悪いが俺のククリナイフはクリーンヒットすればその辺の鎖帷子くらい軽く切り裂くぜ!?てめぇはここで死ぬんだよぉ!!」

 ベッコは矢継早に攻撃を仕掛けてくるが、アカネがなんとかマチェーテでしのぐ。


(何とか相手に隙ができれば…!!)


「ベッコ!!てめえいつまで女と乳繰り合ってんだ!!さっさとすませてこっちに加勢しろ!!」

 ダンズールの罵声が響く。


「うるせえ!俺に指図すんじゃねぇ!!」


(コイツ…あせってるのか!?)


 アカネが推察したとおりである。ただのお飾り勇者だと思っていた女が予想以上に粘るので焦っているのだ。先ほどからやたらとおしゃべりしながら戦っているのもそれをごまかすために「なんとなくやってますよ」感を出す演出である。


(それなら…!!)


 アカネは相手のリズムを狂わすために一計を案じることとした。

「なぜこんな真似をするの!!他人を傷つけて、他人から奪うことで得られるものなんて何もないわ!!

 あなたの親だってこんなことをさせるためにあなたを生んだわけじゃないわ!!」


 一瞬ギョッとした表情でコンコスールがアカネの方を一瞥する。しかしあわててダンズール達の方に視線を戻して戦いに集中する。


 アカネの口から似つかわしくない綺麗事が出て驚いたのである。口調も、いかにも育ちの良いお嬢様の言いそうな感じである。良く言えば勇者然とした物言いである。


(初めての戦闘でテンパリすぎて頭おかしくなったのか!?)


 コンコスールの心配をよそにアカネは続ける。

「魔王軍を前にして、今はイルセルセ人同士で争っている時ではないわ!!手を取り合って!みんなで協力して立ち向かうべき時なのよ!!」


 アカネの気色悪い発言を聞いていると、コンコスールはなんだか腹を下しそうなほどの違和感を覚えていた。


 会話のさなかでも戦いは続く、しかしベッコはアカネを崩せない。それもそのはず、アカネはまじめに戦うと見せかけて相手の隙ができるのを待ち構えているだけなのだ。


「戦いながら喋ってんじゃねぇよ!!まずてめぇのへっぴり腰をなんとかするんだな!!」

 先ほどまで思う存分喋っていたベッコがさらにアカネを威嚇する。しかし崩せない。


 アカネの戦法としては相手の刃がぎりぎり届くか届かないかの距離で細かく間合いの出入りを繰り返して攻撃を誘う、そして相手が切りかかれば間合いの外に出てそれを切り払うだけである。


 へっぴり腰なのは戦闘を恐れているからではない。重心を後ろに置くことで素早く下がるためであり、上半身だけを相手の近くに置くことで間合いを狂わせるためである。

 先ほどから続く気色悪いセリフも、いかにも優等生的なセリフを言うことで戦いなれていない育ちのいい女を十分に相手に印象付けるためである。


 要は自分を相手に過小評価させるための演出である。ベッコの脅すためのおしゃべりとは真逆のことをしているのである。


 コンコスールの方はというと二人を相手によく戦っている。しかし得物がいかんせんスキレットである。相手に有効な打撃を入れるには深く踏み込まねばならない。ならば、と危険を冒して攻撃に入るよりは防戦一方に徹している。


 ここでもやはり重要となるのは間合いである。決して二人の間の一直線上に入らないように立ち回り、基本的に敵と自分の間にもう一人の敵が位置するように足運びをする。これにより同時に二人に切りかかられるような事態を脱するのだ。


 そしてあわよくば戻ってきたビシドに一蹴してもらおう、という作戦である。これだけ大きな音と声を出しながら戦えばもうその音はビシドに届いているはずである。


(もう一手!もう一手隙が作れれば!!)


 アカネの方はというと、いつ来るかわからないビシドに頼るよりは、やはり自分で相手に隙を作り出すほうが確実であろう、と考えていた。


 時間との戦いになっていることは野盗たちも気づいている。それが分かっているからこそ攻撃も粗削りになってくる。


 アカネはイチかバチか、ベッコの顔面に中途半端に踏み込んだ突きを繰り出す。


 好機、と踏んだベッコは突きをスウェーで躱してがら空きになったアカネの腹にククリナイフを叩きつける。

 剣はアカネのへその上辺りの位置に横なぎに切り込んだが、肉までは達しない。


「なに!?鎖帷子じゃねぇのか!?」

 刃が止まったことに狼狽したベッコの顔面に片手薙ぎのマチェーテが襲い掛かるが、間一髪、手甲でそれを止める。


 しかしこれもフェイントである。本命は左の掌底。今度はしっかり踏み込んで全力の掌底がベッコの顎をとらえる。


 ゴッ、と鈍い音が響いてベッコが怯む。いや、怯んだだけではない。その足取りは生まれたての小鹿のように頼りない。しっかり脳に効いているのだ。


「なん…で…?」

ベッコは立っているのがやっとである。これの回復には早くても数秒から数十秒はかかる。


「かかったな!私のはアンタらがつけてるような針金に毛が生えた程度の安物の鎖帷子とは違うんだよ!!一枚一枚焼き入れしたリングを鋼線でよりあわせたとっても高価な代物!!」


 アカネの口調が元に戻った。


「値段が違うわ値段がーーッッ!!」


 叫びながらアカネがベッコの頭にマチェーテの峰を叩きつける。鈍い音とともにベッコはその場に崩れ落ちた。


 ほかの二人も一瞬気を取られると今度はダンズールの左肩に矢が撃ち込まれた。


「遅くなってごめん!!二人とも大丈夫!?」

 ビシドである。


「クソッ覚えてやがれ!!」

 ダンズールはもう一人の野盗とともに逃げていった。倒れた仲間は置き去りである。


「ごめん、アカネちゃん。戦闘音は聞こえてたんだけど途中おいしそうなキイチゴがあって遅れちゃった。」

 何かとんでもないことを口走ったような気がするが、ともかく危機は脱したのである。

 口の周りに赤いものがべったりついているが、どうやら血ではないようだ。


「勇者様…」

 大きなけがはなさそうだが、さすがに2対1はこたえたのか、疲労した様子でコンコスールが近づいてきた。


「決め台詞に『値段が違うわ!』はないでしょう…それが勇者の言うことですか。」

 アカネの初勝利が台無しになるだけの価値のある発言ではあった。


「あー…アハハ、まあ、勝ったんだからいいじゃん。それにしてもコイツどうするよ?」

 アカネが地面に転がっている野盗を蹴とばしながら言った。息はあるようだが寝転がったまま動かない。


「まあ、とりあえず手足だけふん縛って、明日もういちど町まで戻って役場に突き出しましょうか。今日はもう疲れました。」

 コンコスールが荷物からロープを出しながら言った。


「ま、今日は飯食ったらスクワットだけして寝るか。アタシもさすがに疲れたわ。」


 何はともあれ、アカネの初戦闘は大勝利で終わったのである。


 アカネたちが食事とトレーニングを終えた後、野盗の方の様子を見てみるといびきをかいて寝ていた。

「暢気なもんだわ。こっちゃ本当に死ぬかと思ったのに。」

 野盗をひとしきり小突き回すとアカネも就寝についた。

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