第5話 作戦会議

「とんだ無駄足でしたね。」

 あきれ顔のコンコスール。

「こっからどうすんのよ?アカネちゃん。」

 困惑顔のビシド。

「いや~、まあいい経験にはなったんじゃ?」

 ごまかし笑いの勇者アカネである。


「こう、ホラさ、旅を通じてアタシたちの間にも絆が生まれたんじゃないのかな?」

 生まれたのは亀裂である。


アカネたちは同じ町でもう一晩宿をとり、今後の方針をしっかり話し合って決めることにした。こんどこそまともな話し合いで。


 今回の件はアカネの暴走に端を発するところであったのは間違いないが、仲間内で十分に話し合いをする土壌がなかったため、かくなる仕儀と相成った、というのが共通の認識である。


 日課の筋トレと魔力(を感じる)鍛錬を終えた後、食堂に集まってアカネたちは話し合いをしていた。


「それにしても、あの人たち大丈夫なんかね?」

「へ?あの人たちって?今私たち以上に大丈夫じゃない人なんている?」

 ビシドの疑問に若干自虐的にアカネが答える。


「乗合馬車の人たちだよ。まだ少し人が残ってたし、これからあの人たち危険なエルベソに行くんでしょ?野盗がひしめき合っているっていう…」


「ひしめき合ってはいないでしょ。ていうかそんなの知ったこっちゃないし。

 いい?私たちは魔王討伐っていう大義があるんだから!いちいち視界に入る人達をみんな助けてちゃきりがないんだから。」


「いちいちも何も人を助けたことなんてないじゃん。」

「な、何言ってんのよ!?馬車で一回野盗から守ってあげたじゃん!」

「いや、金貰った以上人助けじゃなくてただの仕事でしょ。」


 ビシドの言うことはもっともであるが、それを言っては身も蓋もない。もともと自己肯定感の低いアカネではあるが、この世界に来てから失敗続きの彼女にとってこの一言はこたえた。


 そんなにいじめないでよ、と半べそでビシドに縋りつくが、ビシドは取り付く島もない。

「そんな話はどうでもよくてですね、これからの方針ですよ?」

 コンコスールが軌道修正をする。


「そうそう!これからの話よ。やっちゃったことを悔やんでもしょうがないじゃん!切り替えていこう!切り替えていこう!!

 ああ、こんなことならトットヤークからもっと魔王軍の話詳しく聞いておくんだった。」


「魔王軍のことなら俺もうわさで聞いていますよ。」

「本当!?コンコスール?分かってる範囲でいいから教えてよ!!」


 なんとか話を切り替えたいアカネは別の話題への食いつきがいい。するとコンコスールが神妙な面持ちで話し始める。


「ヘイレンダールの兵隊はほとんどが元々征服されたイルネット王国の正規兵で構成されていますが、魔王軍式の特殊な鍛錬でその実力は以前より数段上がっている、とのことです。これはトットヤークも話していましたよね?」


 うんうん、とアカネが頷く。


「ですが、特筆すべきはやはり四天王と魔王の存在です。」


 四天王の詳しい情報を教えてくれ、とアカネが聞きただすとコンコスールは一層真剣な顔になって話し始めた。


「四天王の構成は『炎の』キラーラ、『大地』のエッレク、『風の』ベンヌ、『獣王』ヴァンフルフ…」

「ちょっと待った!」

 途中でアカネの待ったが入った。まだ名前しか言ってないのに何か気になることでもあるのか。


「何ですか勇者様?」

「いやいや、最後『獣王』なの?バランス悪くない?そこ『水の』でしょ?普通は。」


「いや普通の四天王をあんまり知らないので何とも言えないですけど、そうなんですか?そこはどうでもよくないですか?」


「いやまあ…そうか、よく考えたらどうでもいいか。」

 興奮気味のアカネもコンコスールの塩対応に我を取り戻し、おとなしく話を聞くことにした。


「そして魔王の側近、参謀のエイヤレーレ。」

「ちょっと待ったーーー!!」

「なんなんですか、さっきから!?」

 またもアカネのちょっと待ったコールである。これにはさすがのコンコスールも半ギレ気味だ。このパーティーは本当に空気がギスギスしている。


「その『エイヤレーレ』までが四天王なの!?ちょっと待ってよ?

 …炎のキラーラ、大地のエッレク、風のベンヌ、獣王ヴァンフルフ…」

 アカネが四天王の名を指折り数える。


「5人だよね!?四天王なのに5人いるよね?やっぱバランス悪いよこれ!?」

 すごい勢いで食いついてくるアカネ。


「四天王が4人でも5人でも別にいいじゃないですか!話続けますよ!?」

「いや良くはないだろそこは!ちょっと!ちょっとおねーさーん、ミード3杯追加で!!」


 やけっぱち気味のアカネがウェイトレスに蜂蜜酒を全員分追加で頼む。


「ちょっと一旦口を潤して冷静に…」

 アカネが自分に言い聞かせるように安酒を流し込みながらつぶやく。


「まあ、…話を続けましょうか。」

 コンコスールも酒は嫌いではないようで、十分にのどを潤してから話を続ける。


「ヴァンフルフとエイヤレーレの二人は加入時期が最も遅かったんで法則性にうまく乗らなかったんでしょうね。ヴァンフルフは四天王唯一の獣人で、どこをどう無理やりつなげても『水の』の異名をつけられなかったんだと思います。

 エイヤレーレは四天王と同格ではあるけど、他の4人とは魔王の側近ってこともあってちょっと立場が違うので。」


 気持ちは落ち着いたようで、若干紅潮した顔でアカネが素直にうなずいた。アカネはどうやら酒は好きだがあまり強くはないようだ。


「ちなみに後から突込みが入るのも鬱陶しいんで先に言っておきますけど、前述の3人もそれぞれ炎、大地、風属性の魔法が得意なわけではないです。」

 もはや勇者を『鬱陶しい』呼ばわりであるが、酒の入ったアカネは「なんだそりゃ」という顔をしながらも変に突っ込まずにおとなしく話を聞いている。


「で、魔王クルーグヘイレン。四天王も強いですが、こいつの強さは別格で、イルネット王国を滅ぼした時、こいつは単独で王宮に乗り込んで王国軍を壊滅させたと言われてます。」


「そんな強いの?どんな戦い方すんのよ?」

 やはり魔王の情報は一番気になるようでアカネが興味を示した。


「詳しくは知りませんが、魔力がめっぽう強くて、でもそれ以上に神出鬼没、姿を消したり表したりで精鋭ぞろいの近衛兵でも指一本触れられなかったとかなんとか…まあ、ヘイレンダール側の公式発表情報なんで若干盛ってるかもしれませんが…」


「ひゃ~、そんなのどうやって倒すんだろうね?」

 他人事のようにビシドがつぶやく。


「あんた他人事みたいないい方しないでよね。…まさか危なくなったら自分だけ逃げるつもりじゃないよね…?」

「いや、ぎりぎりまでは助けるけど危なくなったら私は逃げるよ?ただのメイドだし。」

 爆弾発言だが、確かに魔王討伐なんてそもそもメイドにさせるような仕事ではないのである。


「くっ…このパーティー本当に近いうち考え直さんとな…

 あ、でも勇者の剣使えばなんとかなるんかな…?」


 『勇者の剣』、という単語に反応してコンコスールが話を続ける。


「おそらく、魔王の力が強大で、倒す糸口すらつかめない状態では大量の軍を運用して戦うよりはこちらも突出した少数精鋭をぶつけて潰し合ってもらおう、というのがイルセルセ王国の方針なんでしょうね。勇者の剣の電撃を操る力なら、確かに味方の損害を気にせず戦える少数精鋭の方が理に適っているでしょう。」


「アカネちゃんも私らも『突出した力』っていうにはかなり頼りないんだけど~?」

 ビシドの言うことはもっともである。彼女はいつも気の抜けたような喋り方ではあるが、状況分析能力は高い。先ほどの「自分だけ逃げる」発言も含めてリアリストなのだ。


 ビシドの発言に「待ってました」とばかりにコンコスールの表情が一変、明るくなって今後の方針を掲げた。


「そこでですね!この町の北東にベイヤット山という山があるんですが、そこに『剣聖エルヴェイティ』という人が数人の弟子たちと山にこもって腕を磨いているらしいんですね。で、彼らに鍛えてもらう、というのはどうでしょう?」


「いいね!剣聖!奥義!修行回!!俄然魅力的な話になってきたじゃない!?」

 酔って気の大きくなったアカネが大声で同意する。若干いつもの勇者の悪いところが出てきてしまっている感もあるが、全員酔っているのでそれに気づかない。


「よっしゃ~!アカネちゃん、それで決まりよ!!明日からそのベイヤット山全員で焼き討ちじゃ~!!」

「おお~!!」

 酒が入ると突込み役すらいなくなってしまうぐだぐだ会議は終了した。

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