第4話 見知らぬ男

 さて、王都を出発してから一週間の日にちがたった。旧エルベソ領までの道のりも残り一割といったところである。


 アカネたちは旧エルベソ領手前の最後の町に宿をとっていた。

「勇者様…本当にエルベソまで行くんですか…?得られるものは少ないと思いますが。」

 宿の食堂で食事をしながらの定例の作戦会議でコンコスールが口を開いた。


「ここまで来ちゃったんだから今更引き返すなんてありえないよ。それに、コンコスールゆかりの物が何かつかめるかも、だしねー?」

 相変わらずアカネはコンコスールの過去に興味津々のようである。


「…俺は…エルベソ家とのゆかりなんて有りませんよ…」

コンコスールが軽くうつむきながら答える。


「アカネちゃんがあんまり言うもんだから私もコンコスールの過去が気になってきちゃったよ。ここまで一緒に旅して分かったけど、やっぱりコンコスールは普通の奴隷とは違う。

 読み書きもそうだけど、今まで見てきた所作は生まれの卑しい人間にできるものじゃない。王宮で働いてた私が言うんだから間違いないよ。」


「ビシドさん…何度も言いましたが俺には語るようなたいそうな過去なんてない。ただの奴隷ですよ…」


「まあ、そこまで言うならいいよ。でも、今日町でちょっと面白い人を見つけちゃってね。明日馬車の出発の前に会ってもらうからね!」

 いつもながら自信満々の表情でアカネが言う。


「それより、町に着いたんだからいつも通り読み書きを教えてよ。」

 アカネがかばんから元いた世界から持ってきたノートとペンを取り出して開いた。中にはびっしり覚えた単語と簡単な文法が記してある。


「うわ~、ずいぶん書いてるねアカネちゃん。前から思ってたけどホント勉強熱心だね。そういえば、教えた魔法はもう使えるようになったの?」


「ん~、魔法はまだちょっと難しいかな。なんとなく魔力の流れ?ってもんは感じられるようになった気がするけど…」


 読み書きを習い始めてから分かったことが一つある。

 アカネは大賢者ヤーッコの魔術によりこの国の言葉で会話ができるようになっているのだが、それは文字には及ばない。自分が文章を書くときはもちろんだが、書いてある文章を読むこともできないのだ。口に発せられて、耳に届く範囲にしか魔術は有効でないのだ。


「英語と違って知ってる単語一つもないからな…こりゃ覚えるの大変だわ…」


 勉強法としては身の回りにあるものを片っ端から筆談でコンコスールに聞き、その回答を同じように筆談で彼から答えてもらう。口頭でできれば効率が良いのだが、言葉として発してしまうと自動的に翻訳されてしまうため、このような方法をとっているのである。

 いちいち書くのが手間になってなかなか進まないが、アカネは熱心に言葉の勉強を進めている。


「ビシドも字を覚えなよ、便利だよ?」

「ん~、まず机に座ってじっとしてるのが耐えらんないね、私は。よくやるよ、アカネちゃんは。会話はできるんだから別にいいじゃん?」


「よくないよ。会話ができてるのはヤーッコの魔術のおかげなんだから。王国側に命綱握られてるようなもんじゃん。そんなもんで脅迫でもされたらたまんないわ。」

「え?アカネちゃんが王様を脅迫してたことはあったけど逆はないんじゃ…」


 言い終わる前にアカネがビシドを軽く小突く。定例の会議、というか雑談はいつものようにつつがなく終えたが、コンコスールはアカネのたくらみに不安を覚えていた。



 次の日の朝、アカネたちが支度を終えて宿を出ると一人の体格の良い男が待ち構えていた。装備は軽装ではあるが簡素な鎧と槍を備えている。


「この町の警備を担当しているウェイリン・トットヤークです。この仕事に就く前には…」

「エルベソの騎士だったんだよね?」

 アカネがどや顔で言葉を遮る。


「このトットヤークさんに話を伺おうと思ってね。いろいろとね…」

 含みのある笑みを見せてコンコスールの方を見ながらアカネが続けると、それに呼応してトットヤークが話し始めた。


「魔王軍のことが聞きたいのでしょう…やつら、一兵士に至るまで魔物のような強さだった。だが、それだけなら俺たちも戦えないことはない。恐ろしいのは四天王と呼ばれる各将軍と、魔王本人だ。やつらの戦闘力は…」

「いやいや、そんな話はいいんだわ」

 途中でアカネが話を遮る。


「え…?いや、魔王軍の戦力を聞きに来たんですよね?直接戦った兵として俺に…」

「いやそれもあるけどね?とりあえずそれは後回しでさ!

 なんかアタシら見て気づくことない?てか、見覚えない?」

 自信満々に言うアカネだがトットヤークには見覚えなどない。


「ええ…?うわさに聞いてる政府から特命を受けた勇者一行ですよね?魔王討伐するっていう…?」

 困惑しながらトットヤークが答えるが、アカネのネライはそこではない。


「いやそーなんだけどさ!ああもう!この中に一人見覚えのある人がいるでしょ!?騎士やってたんだからさ!

 騎!士!見覚え!!エルベソ!騎士!オマエ、見覚エ!アル!!」

 なぜカタコトになるのか。


「ええ?いや…ええええ?」

 しきりに首をかしげるトットヤーク。


「ああ、もう!大ヒント!!この金髪の男!エルベソの騎士やってたんだから!見覚えあるでしょ!?」

コンコスールの両肩を掴みながらアカネがぐいぐいとトットヤークに詰め寄る。


「ああっ…!!

 あなたはもしや、あの…!!」

 トットヤークが何かを思い出したように傍目には見えた、が…

「ふっふっふ、やっと思い出したか」

 冷や汗をぬぐいながらアカネが不敵な笑みを浮かべる。


(どうしよう…全然見おぼえない…誰だこいつ。

 でも政府から特命を受けた勇者が言ってるんだから、何か深い考えあってのことかも…)

 トットヤークはとりあえず話を合わせることにしただけであった。


「いやあ、久しぶりだな…いつ以来だろうな…ええっと、ホント、いつ以来だろう…」

「あ、もしかして魔王軍との戦闘以来かな?そのときから会ってないのか」

 アカネが合いの手のように話を補完する。


「そうそう!魔王軍との戦闘以来!あの時は本当大変で…生きてたんだな、あんた!」

(話の流れからしてエルベソの騎士団関係の人だろうか…騎士団の馬周り役とか…?戦闘の時に散り散りになった中にいたのか…?)

 トットヤークの額に脂汗がにじむ。


(それにしてもこいつ、さっきから何ポケッとしてんだよ!こいつからなんかヒントがあれば俺も話を合わせやすいのに!!)

 頭の中で毒づきながらトットヤークはその場しのぎの話題を探そうとするが…


「いや俺はこんな人初めて見ますけど。」

 コンコスールの口から出たのはまさかのカウンターパンチであった。


「………」

「………」


 一瞬時が止まる


「お、お前!まさか、記憶喪失に!?あの時の激しい戦いで記憶を失ったのか!?」

 トットヤークの起死回生の一撃

(我ながら今のはファインプレーだ。ここまで勝手な設定を持ち出していいのか判断がつかないが、もうやぶれかぶれだ!こうでもせんと話が進まんし!)


「そ、そうだったのか…俺は記憶喪失に…!?奴隷の俺なんかいなかった…俺の本当の素性は騎士だった…?」

 コンコスールがおおげさなリアクションをしながら話した。


(え…?いや、騎士団には間違いなくこんな奴いなかったけど…)

 トットヤークの心の中でのツッコミをよそにコンコスールは話を続ける。

「でも…記憶喪失になったなんてことはないはずだけど…?」


「き、記憶喪失になった奴は記憶を失った記憶なんてもってないからな!

 そうかあ、記憶を失ってからも勇者一行に加わって魔王討伐に乗り出すなんて、記憶を失ってもお前は立派な騎士なんだな!!」

 記憶記憶言い過ぎである。もはやトットヤークは冷や汗でびっしょりだ。


「いややっぱりないわ。魔王軍侵攻の時の別の記憶が俺にはしっかりあるし。」

 急にコンコスールが冷静に返す。ノリツッコミの極意である。


 アカネは固唾を飲んで見守っていたが、すでにどんづまりである。

(もはやこれまでか…!!)

 トットヤークが覚悟を決めた。


「いやもう無理ッス。こんな人知らないッス。スキレット持った奴隷なんて知り合いにいないッス。」

「え!?いやいやいやいやさっきまで記憶を掘り返してたじゃん!あと一息なんだよ!?確かに今は奴隷かもしれないけどさ!?」

「いや俺は生まれた時からずーっと奴隷ですよ?」


 コンコスールがアカネの発言を一蹴すると、申し訳なさそうな表情でトットヤークが話を切り上げる。

「すんません、話を適当に合わせてただけッス。もう行っていいッスか?仕事の時間なんで。」

 トットヤークはそそくさと町の警備の仕事に戻っていった。

 後には呆然と立ち尽くす勇者一行。


「ええ…?いや…奴隷?生まれた時からずーっと?エルベソの騎士じゃないの?」

 目を丸くして狼狽し、すがるようにコンコスールに話しかけるアカネ。

「だから違うって言ったじゃないですかぁ!!何度も!!」

 既に半切れ気味のコンコスール。


「ええええ?いやぁ、言ったけども!だってお前、その『違う』は違う『違う』だろう!!

 普通そういうときの『違う』は肯定の『違う』じゃん!」

 『違う』に、肯定の意味など、ない。


「本当は『そう』なんだけど、まだ話せない、時が来たらいずれ…っていう『違う』じゃん!?

 ああ!アレか?まだ『その時』じゃないってこと?ごめんアタシこういうの初めてだからタイミングとかよくわからなくて!!」


「アカネちゃん…いい加減認めなよ」

 蚊帳の外だったビシドが冷静につっこむ。

「おおおおお前は!一緒になって『奴隷とは思えない』とか言ってたじゃん!宿で!!」


「普通の奴隷じゃないって言っただけだけど…?」

 もはや突き放すような言い方しかできない。ビシドは外した梯子をかけなおす気などさらさらない。

 既に「今回の件に私は何の関係もない」と逃げ切り態勢に入っている。


「ええ…、じゃあコンコスールが奴隷になった経緯って…生まれた時からって…」

「俺は両親が奴隷身分だったから生まれた時から奴隷なんですよ。」


「奴隷なのに…なんで読み書きが…?」

「運よく貴族の娘の付き人としての仕事を得られましたからね。自然に読み書きや公の場に出た時に恥をかかないように作法も覚えられたんです。」


「…え…あ!そうだ!!ダンズール!!途中で会った野盗との確執は!?」

「言ったでしょう?同じ貴族に仕えてたんです。あいつは馬の世話が仕事だったんで、付き人の俺を『お高くとまってる』って目の敵にしてましたが。」


「じゃ、じゃあなんで、王都の奴隷市に…?」

「家が没落しましてね。財産整理として不要な奴隷をリストラしたんですよ。ダンズールはその後どこかから逃げ出して野盗になったみたいですが。」


 アカネは呆然としている。しかしまだ納得しきれないようで、なおも話を続ける。

「ええ?じゃあ、『話すようなたいそうな過去はない』って…」

「そのまんまの意味ですよ。今言った通り大した過去なんてないです。」


「ほ、本当に大した過去じゃないじゃん…

 貴族の付き人でぬくぬく育ったぬるま湯奴隷じゃん…」

 勝手に勘違いしておいてえらい言いようではあるが、最早アカネはレイプ目である。


「ええええ…ああああ!!しくったあああぁぁぁぁ!!!!

 奴隷ガチャ失敗したああぁぁぁ!!!!

 よくもだましたアアアア!!

 だましてくれたなアアアア!!」


「騙してない。」

「騙してないです。」


 口々に突っ込むビシドとコンコスール。


 アカネたちが宿の前で大騒ぎをしていると老人が声をかけてきた。

「あの~?」

 乗合馬車の御者である。

「そろそろ出発の時間なんだけど…?エルベソ行きの。」


「あ、キャンセルで。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る