第1話 二人の勇者


その日、王都ニーベルフの宮殿は異様な雰囲気に包まれていた。


 玉座のある広間では二人の人間を中心に尋常ならざる雰囲気のもと、円形に人だかりができていた。


 大賢者ヤーッコによる勇者召喚の儀はつつがなく行われ、無事2名の勇者がこのイルセルセ王国の宮殿に呼び出された。魔力を使い果たしたヤーッコはその場に力尽きて倒れてしまったため担架で運び出される、という結果になってしまったが、この異様な雰囲気はそのためではない。呼び出された者に問題があるのだ。


 二人のうち一人は金髪碧眼の巻き毛の青年、身長は180cmを越え、体格もよい。威風堂々たる立ち振る舞いには選ばれし者の風格、というものが備わっているように見えた。


 問題ない。この者は問題ないのだ。問題があるのはもう一人の方である。

 直立不動で玉座の前に立つ王を見据える青年の横にはちゃぶ台があった。もう一人の勇者は床に座って、そのちゃぶ台の上にある蕎麦を不機嫌そうな顔ですすっている。


 簡単に状況を説明すると、青年の方、王の問いに名をステファンと名乗ったが、その次にちゃぶ台の前に座っている黒髪の少女にも声をかけた、…以上である。声をかけて、そのまま展開が止まっているのである。以降、広間は静寂の中少女の蕎麦をすする音だけが響いている。


 そもそも突然異世界に召喚された混乱の中何事もなかったかのように食事を続けることがどうなのかという問題があるが、自分を待ち構えていた集団の中の明らかに一番のお偉いに声をかけられているのに、それを無視である。大したハートの強さだ。動かざること山のごとしである。


 やっと少女が蕎麦を食い終わると待ち構えていた王が口を開いた

「そなたはこのイルセルセ王国に訪れた危機を救うため…

 話し始めた王を無視して少女はちゃぶ台の上にあった煙草に手を伸ばし、火をつけた。食後の一服である。


「あ…」

 この世界に煙草は存在しないが、少女の食後のルーチンが終わっていないことを素早く察した王は一旦話を止めた。

 さすが一国の王ともなると空気の察し方も一流である。


 少女がタバコの火を消し、ふう、と一息つくと王はおずおずと話し出した。

「あ、いいスかね…?」


 沈黙を肯定と受け止めた王は話を続ける。

「(いいよな…?)そなたはこのイルセルセ王国、ひいてはラーライリア大陸に訪れた危機を救うため、この王都ニーベルフに召喚されたのだ。

 この地に魔王が現れ、瞬く間に南のイルネット王国を滅ぼしてから2年になる。その後魔王軍はこのイルセルセとノルア王国に侵略戦争を二面作戦で仕掛けている。

 わが王国軍ももちろんこれに抵抗してはいるのだが状況は厳しい。それほどに魔王の力は強大なのだ。そこで異世界より勇者を召喚し運命を託すこととした。

 先ずはそなたの名を教えてはくれぬか。」


「はぁぁ…」

 女性は大きくため息をつくとだるそうにやっとその重い口を開いた。

「人に名を聞くならまずは自分からじゃないの…?」


「え…?」

 またも王かららしからぬ言葉が漏れ出てしまった。


(あれ?言ったよな…?)

 そうである。言ったのである。先ほどステファンに名を聞いた時も名乗ったので、また名乗れば二度目になる。というか先ほどの状況説明もステファンに対して既にしているので実はこちらも二度目である。


 この勇者の的外れな返答に周囲は大いにざわついたが、王は丁寧に名乗りを上げた。

「我が名は『賢王』スルヴ・バルコニラ。このイルセルセの王にして汝の召喚者なり。」

「何かっこつけてんだ、自分で『賢王』とか言ってて恥ずかしくねぇのか。」

 名乗れと言われたから名乗ったのにこの言いようである。


「貴様!一国の王に対し無礼であろう!!」

 威勢のいい喝を入れたのは王の横に控えていたこの国の宰相であるが

「あぁ!?」

 既に人を2・3人殺していそうな女性の眼光である

「あ、いや、他に言いよう無いのかなあ、って…」

 最速でヘタレる宰相の威厳。

「無理やり呼び出しといて無礼ときたもんか」

 そして女性の無情な追撃である。


 しかし王国側は下手に出るしかないのだ。実際女性の言った通り了承もなく一方的に呼び出しておいて命を懸けて我らを助けてくれという都合のいいお願いをしているのだから。


「ええっと、それでですね、魔王討伐の依頼をしたく、ですね、」

 完全に司会進行と化した王の威厳もへったくれもない口調で進められるオープニングイベント。

「勇者ステファン殿と、ですね。ええっと、そっちの…」

 もはやそっち呼ばわりであるが

「アカネ」

「あ、お名前頂きました。アカネ殿にですね。お越しいただいたわけなんですけども」


「しかし陛下、魔王討伐と言われても見てのとおり私はただの一市民です。ご期待に沿うことができるかどうか」

 もう一人の勇者、ステファンが口を開いた。


「そちらについては問題ない。ステファン殿には強力な従者をつけよう。」

 いつの間にか口調の戻った王が宰相にくいっと顎でサインを出す。


「全従者!入~場~~ッッッ!!」

 先ほどのヘタレた態度とは裏腹にここぞとばかりに腹から声を出す異様な雰囲気の宰相。


「最強の名を欲しいままにする!王国一の騎士!テーム・エーララァッ!!」

 気合万全の宰相の声とともに一歩前に出たのはいかにも歴戦の勇士という風貌の大柄な騎士であった。全身に戦傷を負い、剣ダコだらけの手は岩のようである。


「バキの入場シーンかよ…」

 アカネのやる気のないツッコミは歓声にかき消された。


「実力は未知数だが成長は無限大!!見習い騎士の星、スフェン・ナラ!!」

 次に前に出たのはまだ少年、という風貌の若い騎士だった。いわゆるショタ枠である。


「魔力なら右に出るもの無し!!魔道の歴史を書き換える女!ベルコ・ノルノだぁ~ッ!!」

 前に出たのは紅一点、いかにもお姉さまタイプといった感じのセクシーな魔道衣に身を包んだ赤毛の魔女であった。


「斥候なら俺に任せろ!危機感知能力は犬をも超える!!スカウト、インデクトだッッ!!」

 前に出たのは一見すかしたキザな奴、といったイメージの男だった。この男だけは普通の一般市民のような服装をしているのは斥候という役割からであろう。


「デカァァァァァいッ説明不要!!2m5cm!!145kg!!回復ならこの男!東方の怪僧、ルウル・バラ!!」

 この男の登場にはその異様な出で立ちにアカネも思わず目を見張ってしまった。ファンタジーの世界では回復といえば僧侶、僧侶といえば回復だが、この男は確かに僧侶、僧侶なのだが何かが違う。

 裳付衣に編み笠、右手には錫杖、左手には数珠を持っており、草鞋を履いている。完全に僧侶違いである。


 異様なのは服装だけではない。身の丈2mを越える体に前腕もふくらはぎもアカネの太ももほどの太さがある。拳頭にはタコヤキのような拳ダコがあり、人相は編み笠を深くかぶっているため伺い知れない。


「ええ…?」

 大歓声とこの男の異様な雰囲気にのまれ、さすがのステファンも気おされていた。


 完全に息切れして酸欠状態になった宰相は担架で人垣の外へ運ばれていった。本日2台目の担架である。


 歓声が収まると王がまたステファンに向って語りだした。

「人だけではない、そなたにはこのイルセルセ王国に伝わる伝説の宝具、『勇者の剣』を授ける。使用者の意思に応じていかづちを呼び出し、一国の軍隊にも匹敵するという。伝説のマジックメタル、オリハルコンによって作られた最強の武器である。相手は死ぬ。」

 最後の一言は完全に蛇足である。一気に安っぽくなった。


 剣がステファンに手渡されると大きな歓声が上がった。おそらく被召喚者の二人とも気付いているがこの広間にいる大多数の人間はただのにぎやかしである。


 「アタシは!?」


 王が恐れていた一言がアカネから発せられた。しかしその言葉が出るのは当然のことである。ステファンへの手厚いサポートが表明された一方でアカネは置き去りである。

 そのくせ観衆も王も、ふう、一息ついた、とばかりの空気を醸し出していたのだ。


 アカネの方も必死だ。見知らぬ場所に呼び出すだけ呼び出されてその後放置されそう、となれば誰だってそうなるものである。


「ああ~、いや、別にスルーしようとか、そういうアレでは…

 なにぶんこちらも、その、ね!召喚自体初めてなもんでね!その…


 2人も、来るとは思っていなかった、というか…」


「ふざけんなバカーッ!!」

 アカネの関節蹴りが王に炸裂する。尋常であれば極刑モノの所業であるが、これはさすがに王国側に非がある。近衛兵も見て見ぬふりである。


 酸欠から回復した宰相が近衛兵の一人に何やら耳打ちをし始めた。早速場を収めるために動き始めたようである。しかしアカネの怒りは収まらない。

「なんでそんな無計画なんだよッ!予定外なら予定外で従者を二手に分けるとか!別に用意するとか!あるだろ普通!!なんとなく流れで乗り切ろうとしてんじゃねーよッッ!!」


「まあまあ、落ち着いて、アカネさん。気持ちはわかるけど…」

「お前は黙ってろ!ちん毛パーマ!」

 見かねてステファンが取り持とうとしたが取り付く島もない。


「来た!来た来た来た!!」

 突然宰相がまくしたてる。


「従者来たよ!ビシド、ホラ、挨拶して」

「こいつ情緒不安定気味だな」

 相変わらずアカネの突込みは容赦ない。

「え、従者…?なんの話で…」

 ビシド、と呼ばれた少女は完全に何も聞かされてない、というリアクションである。

 連れてこられたのはふわふわの銀髪にメイド服の少女だった。そう、メイド服である。メイドなのである。間に合わせにもほどがある。


 これにアカネの怒りは収まるどころかますます燃え上がった。

「いやメイドだろどう見ても。ていうか自己紹介じゃなくてお前がアナウンスしろよ、さっきの元気はどこ行ったんだよ。」

 さっきの元気は酸欠とともに体から抜けっていった。


「とにかく、女二人で武器もなしにどうやって魔王倒せってのよ。魔王倒すのはそこの金髪ちん毛がやればいいでしょ?アタシは好きにやらせてもらうから。」


 怒りの治まらないアカネを落ち着けようとステファンが優しく語りだす。


「君の気持もわからないでもないけど…

 せっかく僕たちを頼って貴重な国宝まで託してくれるというんだ。ここは力になってあげたい。仲間が少ないのが不安なら僕のパーティーに加わって、助けてくれないかな。」


 落としどころとしてはこの上ない案であるが、アカネはこの案が気に入らなかった。何が気に入らなかったって、この男、ステファンである。


 神に愛されたような美しい外見と、異常事態であるのに泰然自若とした態度、そのうえで私益でなく、他者の為に自らの力を使おうとするその精神。嫌味なほどに完璧な存在がアカネのコンプレックスを刺激するのだ。


 言ってしまえば妬み嫉みの類である。


「アンタが魔王と戦おうが知ったこっちゃないけど、私を巻き込まないでよね。じゃあね」

 そう言うとアカネは広間の外に消えていった。


「行ったか…」

 スルヴ王の安堵したような声が漏れた。えらい言いようではあるが、実際異分子が紛れ込んだせいで進む話も進まなかったのだから仕方ない。


「とにかく、このイルセルセ王国全ての民が貴公の魔王討伐に助力は惜しまぬと約束しよう。助けが必要とあればすぐに申し付けてくれ。」

「ありがとうございます、陛下。ところで…」

 ステファンがアカネの出て行った通路の方に目をやりながら話した。

「私とアカネさんは元の世界でもどうやら違う国の出身のようですが、今は会話ができていました。実際あなた方とも言語が違うと思われるのですが、それはどういった…?」


「案ずるでない、それもまたおぬしたちを呼び出した大賢者ヤーッコの秘術よ。脳に魔術が作用し、互いの言葉を翻訳しておるのだ。」

 なんでもありのご都合魔法である。


「なるほど、ありがとうございます。準備ができ次第数日のうちに魔王討伐の旅に出立することを約束いたします。」

「かたじけない。おお、ビシド、ちょうどよい。勇者殿を客室に通してくれ」

「かしこまりました。」

 ビシドが落ち着いた声で答える。正直この少女も安堵していた。あのままアカネまでが魔王討伐に向かうことになれば、彼女も勇者のお付きという思い付きで訳の分からない業務につかされる沙汰となるところであったからである。アカネが出奔した以上、彼女も王宮のメイドという安定した職を続けられることとなった。


 ビシドに案内されて廊下に出たステファン達であったが、そこで全員足が止まってしまった。

「私も客室に案内しろよーッ!!」

 アカネである。

「右も左もわからんとこに放り出されて生きていけるわけないだろーッ!責任とれーッ!!」

 全員の未来に暗雲が立ち込めた。

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