第137話 懺悔
そうして愛奈は、崩れるようにして俺の上に重なってきた。
泣き始めたことで力が入らなかったのか、それとも俺という存在を感じたかったのかは分からない。
ただ、体の全身で感じる愛奈の重さ、熱からは溢れんばかりの愛情を感じる。
「……」
俺は胸の中で泣く愛奈を確認したあと、そのまま視線を天井に移す。
そのままずっと愛奈を見れる勇気がなかった。
今の愛奈の話を聞いて、情けないことに考えさせられる点がたくさんあった。
付き合っていた当時にも、再会した今までにも、そんな愛奈の胸の内を聞いたことはなかった。いつも心から楽しんでいるように見えたあの笑顔の裏側には、こんな苦しい胸中があったなんて。
愛奈は優しいからそんなことを言わなかったのだろうし、素振りも見せなかったのだろう。
それに甘えて、本当の愛奈を見ようと思わなかった俺は、紗季との関係を楽観視していた。
そしてその結果がこれだ。
「ふぅ」
バチンッ。
俺は一呼吸すると、思いっきり自分の頬をはたいた。
その衝撃で愛奈がびっくりして顔を上げたが、今はそれが丁度良かった。
俺は愛奈の背中に手を回し、撫で始める。
そして、愛奈の注目を集めて、機を伺ってから口を開いた。
「愛奈、聞いてほしい話があるんだ。長くなるだろうけど、大事な話なんだ」
「………………聞く」
俺の真剣な声色を聞いて、愛奈は感情の整理ができるまで待ってから返事をした。
きっと、このまま泣いたままだとよく聞けないと考えたのだろう。
こんな時でも律儀な愛奈に、心の底から感服する。
愛奈の返事を聞いて、今なら聞ける状態だろうと判断した俺は、優しく語り始める。
夜、眠れない子供に、童話を聞かせてあげる母親をイメージして、朗らかにゆっくりと。
愛奈が俺にすべてを語ってくれたように、俺も愛奈に自分の気持ちをすべて話す。
「俺は昨日、紗季に告白された」
「ッ!」
「キスだってされたし、抱きしめたりもした」
声の調子とは裏腹に、死体蹴りにも近い言葉を愛奈に浴びせる。
愛奈も慰められると思っていただろうに、こんなにもひどい言葉を聞いて、先ほどよりも顔をしかめていた。
しかし、そんな愛奈を見ても、俺は口を動かし続ける。
ここで発言を止めることは、また愛奈を裏切ることになる。
「正直、雰囲気に押し流されて付き合ってしまおうとも考えた」
普通なら、まず言わないで隠そうとするようなことも、臆せず言う。
こんなこと、長年付き合っている彼女に浮気してましたと告白するようなものだ。
監禁されても殺されても、もう文句は言えない。
「……そうだったんだ、はは、ハハハ、ハハハハハ」
愛奈は憔悴しきった顔を浮かべるとともに、たかが外れたように笑い始めた。
そんな愛奈を、俺は引くことも嫌がることもなく、ずっと見つめ続ける。
「……だったら、付き合えばよかったじゃん! 私のことなんて忘れて!」
「違うんだよ。違うんだよ、愛奈」
もはや俺を抓ることも、叩くこともなく愛奈は叫んだ。
愛奈の目元は乾いた涙と、新しい涙でぐちゃぐちゃとなっており、彼女の感情の変遷が見て取れた。
自分がこうさせてしまったんだと、より一層心に来る。
この際、思いっきり平手打ちしてくれた方が楽になるだろうに。
なんて思いながら、俺は口の中に溜まったつばを飲み込んだ。
「愛奈のことが忘れられなかったから、保留したんだ」
そう言い切ると、愛奈の顔と動きが固まった。
さっきまでの悲痛を込めて叫んだ顔も、ずっと見られるほどに美しい。
俺のシャツをグシャリと握り込んだ小さな手も、見惚れるほどに可愛らしい。
けれど、俺が今すべきことはそれではない。
俺から愛奈に、秘めた思いを伝え続けることだ。
「確かに、中学時代は愛奈のことだけじゃなくて、紗季のことも大事にしていた。これは今更隠しはしない。断言する」
「だけどな、愛奈。今の俺の中にも、確かに愛奈という存在はいるんだ」
「う、うそだよ。そんなの、取って付けたような誤魔化しでしょ」
「違う、嘘じゃない。告白されたときに愛奈の姿が頭をよぎった」
「そして、その時にやっと気づいたんだ」
「愛奈のことも、紗季と同じぐらい大事になっているだって」
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