第135話 違う

「有峰さんから連絡が来たんですよ。告白しちゃったって」

「紗季が……?」


 愛奈の言葉に、俺は目を見開いて驚愕の顔つきになる。

 それこそ、今襲われかけているという事実も忘れてしまうほどに。

 

 愛奈と紗季は基本的にというか、例外なくずっと仲が悪い。

 高校時代に会ってからというもの、一度も仲がよさそうな場面を見たことがない。

 二人だけで話している場面も、二人だけで過ごしている場面すら。

 俺は女子の友達関係というものにあまり知識はないが、お互いに呼び方が苗字にさん付けの時点で、冗談でも『友達』という関係性とは言えないだろう。


 だからこそ、紗季が愛奈に告白したことを言った意図が読み取れない。

 なぜ、そのことをわざわざ愛奈に報告した?

 そのことで生じるメリットは何だ?


 そういえば、この前の紗季と愛奈が家に来た時も、珍しく愛奈が紗季に気を使っていたような……。

 もしかして、仲良くなったりしたんじゃないか?


「またそうやって、有峰さんのことを考える」

「いや、そんなことは――」

「あるよ、顔見ればわかるもん。これでも賢太くんと付き合ってたんだよ」


 愛奈は俺の顔に右手を添えて、図星を突かれて背けた顔をまた向かい合わせる。

 火照った顔に、触れた愛奈の指はひんやりとして気持ちよかったが、今はそんなことに意識を向けている余裕はない。


「ねぇ、どうして目を合わせてくれないの?」

「直視するのが恥ずかしいんだよ。近いって」

「近くなんてないよ。こんなにも離れているじゃない」

「こんなにって……、さっきより顔を近づけているくせに」

「でも、有峰さんとはゼロ距離だったんでしょ」


 明らかに棘と影を含んだ声色に、俺は慌ててシーリングライトに合わせた焦点を愛奈に戻す。

 いつもの愛奈なら、可愛く頬を膨らませている状況だろうが、実際の光景はそんなに生易しいものではなかった。


 付き合っていたころや、彼女を怒らせてしまった時でも見たことがない、名状しがたい表情の愛奈。

 怒っているようで、妬いているようで、悲しんでいるようで、憂いているようで。

 そんな感情渦巻く表情は、人によって見え方を変え、彼女のミステリアスな魅力を引き出すようだった。


「もしかして、怒ってる?」

「もしかしなくても、怒ってますよ」

「何で? って、痛い痛い!」

「何でって……、本当に、ほんっとうに、鈍感ですねっ」

「痛いっ、もっと痛いっ」


 そう言うと愛奈は、頬を抓った手をさらに九十度捻りまわす。

 愛奈の手首はもう捻れないほどに捻り切り、頬は取り外し可能になりそうだ。


 しかし、それでも今の愛奈が持つ怒りの熱量に、この痛みは相当していないのだろう。

 それほどに彼女の言葉にも、この抓りあげる指からも、あふれんばかりの怒気を感じる。


「ごめん、ごめんなさいっ」

「それはっ、どれに対してのっ、謝罪ですかっ!」

「分かっているのに、『何で』って訊き返したことですっ」


 俺はプロレスで言うタップ代わりに、愛奈が今一番求めているであろう点の謝罪をした。

 そのことでやっと、愛奈は一旦ではあるが、抓るのをやめてくれた。


 愛奈がこんなにも怒って抓りだしたのは、紗季に告白されてキスされたことではない。

 もちろん、それも理由の一つではあるものの、決して爆発のトリガーではなかった、はずだ。


「じゃあ、なんで、一回知らないふりをしたんですか」


 愛奈は俺から手を離し、落ち着いて答えられる形にさせて、遠回しに答えを催促する。

 その目はとうに呆れかえっており、冗談は死んでも許されない様子。


「ふぅ」


 俺は愛奈に『今から言うぞ』という意味を伝えながら、覚悟を決まるために一呼吸した。


「今日は愛奈が看病しに来てくれたのに、紗季のことをずっと考えてしまったから、だろ」

「違う……」

「えっ、違うの?」

「ぜんっぜん、違うっ!」

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