第134話 肉食動物
愛奈は、予想していたであろう俺の言葉を聞くと、満足したのか得意げな顔になった。
『当たり前ですよね、私ですもの』と言わんばかりのドヤ顔。
実力が備わっているから許されるその顔に、腹が立てども可愛いと思わされる。
そしてその事実がまた、俺に腹を立たせる。
悔しい。なんでこいつこんなに可愛いの。悔しい。
「ほらほら、次も食べたいんじゃないですか?」
俺が雑炊を飲み込み空いた口のまま、物欲しそうに雑炊を見つめているのを見て、愛奈は焦らすように意地悪く言う。
いつもの俺なら、愛奈の言う通りにはならないように歯向かうのだが、今の状況では遥かに愛奈の方が立場が上で何もできない。
俺の胃袋を完全に掌握していると把握しているからこそできる挑発に、俺は完全にいいようにやられている。
負け犬の遠吠えだと自覚していても、睨みつけることを辞めずに俺は言った。
「食べたいっ」
「えっ? なんですか?」
「食べたいです……」
「よく言えましたっ」
睨みつけたことが癪に障ったのか、愛奈に聞き直されて、俺のガラスのプライドは粉々に砕け散った。
従順になった俺を見て、さらに勝ち誇った顔になった愛奈は、またスプーンでおかゆを掬って餌付けしてくれる。
「いいんですよ? そんなに恥ずかしがらなくても」
厳しい鞭をを打った後に、耳が溶けるような甘い言葉を投げられて俺のメンタル状態はグラグラになった。
それに加えて、仕上げとばかりに、俺の頭を撫でる愛奈。
もはや俺に自尊心なんてものはなく、愛奈に依存するように調教されているのをかんじながら、俺はただただ愛奈に餌付けされるだけの機械と化した。
◆◇
「いやー本当に美味しかった。本当にありがとうな、愛奈」
「いいですよ、そんなにお礼言わなくても。連発されても価値が下がるだけですし、言葉はもう十分です」
結局、最後まで食べさせられる形で雑炊を食べ終わると、いの一番に俺は感謝の言葉を述べた。
食べ方に関しては異議しかなかったが、愛奈がいなくて餓死した未来と比べるとはるかにマシだ。
「でも、こんなに看病してくれたなら、なんかお礼というか恩返し的なことをしないとだな」
「ですよね! やったー!」
「……そう答えるとは思ってたけど、一回は謙虚に断るものでしょうよ……」
マナーとしての謙虚さが出たのなら、それにつけこんで失くしてしまおうと思ったが、そんなチャンスを愛奈がくれるわけがなかった。
愛奈に貸しを作ると高くつくことは知っているが、やはり今回ばかりは何かの形で払わないといけない。
ただ、愛奈の喜びようから見るに、愛奈も恩を返されることを予想していたのだろう。
そうなると、俺は考えていた以上のもの請求されることを覚悟しなければいけないようだ。
正直、恩の押し売りというか、訪問販売の詐欺という感じもするが、利用してしまったものはクーリングオフはできない。
「うーん、何を要求しちゃおっかなー」
「ただの平凡な大学生ってことを踏まえてくれよな。ブランド物とか無理だぞ」
「まさか、私がこの貸しをそんなものに使うわけないじゃないですかー」
そうして愛奈はニタニタと悪い笑みを浮かべながら、獣のような目をして俺に近づいてくる。
恐怖を感じた俺は、愛奈から逃げるように布団に潜り、薄い掛布団で壁を作る。
布団バリアは強いんだぞ。幽霊だって寄せ付けない。足も布団の中に入れた。
「じゃあ、賢太くんを要求しようかなっ」
愛奈は容易に俺から掛布団をはぎ取ると、横になる俺に覆いかぶさるように移動した。
四つん這いになった愛奈の顔との距離は、こぶし二つ分だろうか。
愛奈のきめ細かい白い肌も、くっきりとしたきれいな二重も、ピンとしたまつ毛も全てが見える。
「冗談、ですよね?」
「私、病人だからセーブするとかないですよ? むしろ相手が弱っているならチャンスです」
愛奈は俺を見つめると、舌で唇を湿らせた。
そのことで俺は愛奈の薄く瑞々しい唇に目が言って、ドキドキさせられる。
今回ばかりは逃げ場がない、本当に襲われるという空気に気圧されてきた。
「昨日、有峰さんとキスしたんですよね。私とはしないって約束なのに」
「え? なんでそれを……」
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