第132話 ツンデレ×ツンデレ
「でも、鍵をかけていないなんて、随分と不用心なんですね。入ってきてほしいのかと思いましたよ」
「違うわ。本当にたまたまかけ忘れてだけだ。大体、鍵開いていたら入ってくるって、考え方が空き巣で、愛奈の将来が心配だよ」
「じゃあ、そうならないようにしてくださいね」
そう言うと、愛奈の方から、立ち上がって駆け出した音がした。
そしてその音からすぐ後に、俺の背中に衝撃が走り、背中の柔らかい感覚と、腰に感じるほどよい圧迫感を感じる。
どうやら俺は、後ろから抱き着かれているらしい。
昨日とは立場が逆になるとは思っておらず、どうリアクションを取ったものかと思案する。
「ちょっと、重いなぁ」
「ああ! 酷い! いいんですかそんなこと言って! これでも、賢太くんの窮地を救う天使的存在だと自負しているんですけど。いいのかなぁ!」
苦し紛れに放った俺の言葉を曲解したのか、正解したのか分からないが、愛奈はそのままの体勢で飛び跳ねると、俺にしがみつくようにして体重を乗せる。
いくら愛奈が軽いと言えど、いきなり体に巻き付かれるように抱き着かれて微動だにしないほど、立派な体幹は俺にはない。
思わず倒れそうになるのを、足を広げてどうにか耐える。
「危ないだろ! というか、病人ですよ、こっちは」
「どうせ、私が看病したら元気になるもん! その前借りですよーだっ」
俺は叱ってやろうと、首を回して背中に張り付いた愛奈の顔を見ようとする。
しかし、愛奈は俺が首を回した方向とは逆の方を向くようにして、俺に頬を可愛く膨らました顔を見せない。
時計回りで俺が首を回すと、背中の愛奈は左を向いて、反時計回りだと左を向く。
そんな愛奈を想像してみると、それはそれで子供みたいで可愛いのだが、それも長くは続かない。
このままだと、俺が若年性のぎっくり腰をかましてしまうので、俺は優しく諭し始める。
「愛奈」
「……何ですか」
「今日はありがとうな。きっと、この後もお世話になるから、言える時に言っておく」
俺は、布団の上からでは見ることができなかった、机の上の物たちを見ながら言った。
机の上には、体温計、濡れタオル、薬、スポーツドリンク、ゼリー、冷却シート。
俺の家にあった物から、家にはなかったであろう物まで、散らかるように置いてある。
俺のために買い出しに行ってくれたのは一目瞭然だった。
「……なんで、それが最初から言えないんですか?」
「なんでだろうな? きっと、愛奈が相手だろうから、かな」
「なんですか、それ。そんな特別嬉しくないです」
愛奈はそう言うと、腕に力を入れて、俺を絞め殺すほどの力で抱きしめてくる。
少しばかり痛いと思えども、愛奈は床に足をつけ、掛けられた体重はそっともたれるように優しくなっていた。
「愛奈と俺の関係って、結局どうなってるんだっけ?」
「そんなこと聞かないでくださいよ……、私にも分かっていないのに……」
「だよなぁ」
そうして俺たちは、気恥ずかしいような、ギクシャクとした空気が流れ始める。
このまま、お互いに何も言わない時間が過ぎていくかと思いきや、その均衡を破ったのは自分の口だった。
動けと命令したわけでもないのに、勝手に動き出した口はもう止まらない。
「今日は色々と愛奈に酷いことをしたけど。これも全部、愛奈にだからできたことばっかり」
「なんですか、いきなり?」
「こんなこと、流石の紗季にもできないなって、思ってさ」
「私がいるのに、他の女の名前出さないでよ」
「……。でも、彼氏彼女になるってこういうことなんだよ、きっと」
「監禁する・されるの主従関係のことですか?」
「こわっ、違うって」
「じゃあ、なんですか」
愛奈は溜息を吐くが、その溜息には、俺に言葉の続きを言うように催促する意味も含まれている気がした。
「親友だと、お互いを理解し合っているからこそしないことを、恋人ではお互いを理解し合っているからこそするっていうこと。なんて言うんだろ、親友よりもう一歩深い理解っていうのかな」
「……なんか、難しい話ですね。私には分かりそうにそうにないです」
「親友でもできるって、真に迫れるって思ってたんだけど、できないんだなぁ。中学の俺って、やっぱり幼いな! 分かってなかったわ」
紗季に遅れること数週間だろうか。
やっと、紗季の言っていた意味が理解できた気がする、
これが俺と紗季の間になくて、俺と愛奈にあるもの。
もちろん、俺と愛奈の間になくて、俺と紗季の間にあるものだってある。
これらの一長一短は、俺にはまだどっちがいいか分からないけど、いつかは分かるようになっているのかな。
なっているといいな。
「賢太くん」
「うん?」
「もう十二時ですよ。ご飯にしましょう」
「えっ、作ってくれるの? めっちゃ楽しみ」
そう言って、愛奈は素っ気なく俺を離してキッチンへと向かった。
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