第130話 朝チュン
妙な浮遊感に襲われながら目を覚ますと、カーテンの狭間から光陽が指して部屋を白く照らしていた。
その光景をボーっと見て目が明るさに慣れてくると、寝ぼけ眼もどんどんと目覚め始め、時計の針に焦点が合う。
「……うん? 六時?」
時計の針が指した時刻を見て、目をごしごしとする俺。
昨日、夜遅く寝たはずなのに、起きるのが早い。
休日は基本的に早起きをして、休日を骨の髄まで謳歌する俺だが、それにしたって起きるのが早い。
奇妙な体験に身震いしながらも、俺は少しの幸福感を抱いた。
今のままなら二度寝できなくもないだろうが、早起きの神がくれた施しだと思って、休日をしゃぶりつくすことにしよう。
休日こそ早起きをすると、休日を満喫した気分になるからな。
とりあえず、コーヒーを淹れよう。
そしてゆっくりと、告白の件を考えればいいさ。
そうして、布団をしまおうと体を起こした瞬間。
「う、体が重い……」
体のだるさを感じて、力が入らずそのまま倒れる。
先ほどまではずっと寝たきりだったので気付かなかったが、一度体の重みを感じてしまうと、なだれのように体の不調に気付き始める。
目を瞑ると頭の中がシェイクされたようにグルグルとして、体が燃えるように熱い。
もしかしてと思い、右手を額に当てると、特に熱さは感じなかった。
これは『やった、熱はないぞっ』ということではなく、手も同じほどに熱いため分からないだけ。
このことが意味するものは。
ボーっとした頭で、今の自分がどのような状況にあるのかをゆっくりと時間をかけたものの、十分に把握した。
「こりゃ、風邪ですな」
俺の悲鳴に似た独り言は、諦念と絶望が籠っており、骨伝導で聞いた自分でもその絶望ぶりに笑えてきた。
状況を楽観的にするために、お医者さんを真似てコメディー風に言ったのが、一番面白い。
ああ、とても面白い。
「つまんな」
脳が正常に働いていないため、自分でも何を言っているか分からなくなってきた。
このままではまずいと、体を楽にさせたまま、今後のことを考える。
一人暮らしで風邪をひくことは、簡潔に言うと死を意味する。
実家と違って、看病してくれる家族はいないし、待っていたってご飯は出てこない。
風邪対策としての薬は持っているものの、棚まで取りに行く元気もないし、スポーツドリンクやおかゆなどの非常食に関しては、持ってもいない。
困ったときに助け合うのが友達ということで、友達にヘルプを呼ぼうとスマホを手に取るも、今の俺には液晶の光が気持ち悪く感じてしまう。
指も動かしにくいし、文面を考えるのもつらいし、スマホもありえないほど重い。
ていうか、夏休みだから俺の家を知っているような友人は大体、帰省中だった。
帰省していなくて、頼りがいがあって、看病してくれそうな人。
そんなワードで人脈検索してみるも、九十年代のウィンドウズ並みの情報処理速度で役に立たない。
親を呼ぼうかとも考えたが、仕事で来れないだろうとすぐにその考えは否決される。
そうなると、あいつの顔が思い浮かぶが……、
「あー、あーーー、あーーーーー」
恥ずかしい記憶を思い出しそうになった俺は、照れ隠しのように絶叫して思い出すのを中止させる。
こうすると、思い出したくない記憶を封じられることは長い経験から知っていた。
黒歴史が人より多くて良かった。
というより、ただでさえ風邪っぽいのに、無駄に体力を消費させやがって。
自分でも逆恨みだと思いながらも、頭の中のあいつの頬を引っ張った。
「あー、死んだー」
想像上のあいつをコテンパンにして満足すると、現実の儚さをより一層感じる。
人間、本当に詰んだときは泣くことしかできないらしい。
享年十八歳、短い人生でした。
そうして俺は、走馬灯を見るようにゆっくりと瞳を閉じた。
◆◇
「ごめんなさい、賢太くん。私、好きな人ができたの」
「えっ、紗季。何を言って……」
「賢太くんが悪いんだよ。すぐに返事をしてくれないから……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
「待てないよ。もう、戻らないの」
「さようならっ、賢太くん……」
◆◇
「捨てないでっ!」
「わっ! びっくりした! 賢太くんの寝言、キテレツすぎでしょ!」
うなされた夢に答えるようにして跳ね起きると、横から聞こえるはずのない声が聞こえた。
恐る恐る、音の発生源である横を見てみる。
「やんっ。早く戻してくださいよっ。恥ずかしいんですから」
思考停止をする俺を前に、愛奈は布団をかけ直す。
愛、奈……?
なぜ、俺と一緒の布団で寝ているんだ?
もしかして、 朝、チュン……?
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