第122話 甘くて苦くて冷たくて
結局、前に並んでいた女性客の注文を丸パクリした俺は『ナッツ塩キャラメル』というものを注文した。
かき氷の上からキャラメルソースがかかっており、大きいナッツがごろっと乗っかっているのが特徴的なかき氷だ。
……。
頼んでから思ったが、これは夏というより秋といった感じがする。
でもまぁ、もう少しで夏は終わるし、こういうのって結局はその道の専門家を参考にした方がいいんだよ。
『少しのことにも、先達はあらまほしき事なり』って、めっちゃ暇な人の作品にも載っていたし。
◆◇
「賢太くんにしては結構可愛いもの頼んだね」
「逆にこのお店で可愛くないかき氷を教えてくれ。男らしいかき氷ってなんだ」
俺たちがメニューを注文してから数分経ったあと、俺たちはやっとお店に入ることができた。
クーラーの涼しさに現代技術の素晴らしさをかみしめつつお冷を一気飲みすると、紗季はそんな姿の俺を見て笑いながら言った。
「てっきり、カフェオレかき氷とか頼むと思ったのに」
「ああそれな」
俺のことを良く知っているからこそ出た紗季の言葉に俺は肘をついた。
確かに、その考えはあった。
今でもカフェオレは大好きだし、毎日一杯は飲まないと気が済まない立派なカフェイン中毒者だ。
ただ、なぜか今日はその気にはなれなかった。
それがなぜかは分からない。
その気分じゃなかったのかもしれないし、他の味の方が美味しそうに見えたのかもしれない。
「まぁ、俺も紗季みたいに変わったということさ」
「……ふふっ、なにそれ」
俺の言葉を聞いて、紗季は破顔した。
その笑顔は中学時代のそれであり、今日の紗季は新しくもあり懐かしくもあってよく分からない。
◆◇
そうして紗季とゆっくり会話を楽しんでいたら、頼んでいたかき氷が俺たちの前に姿を現した。
厨房から出てくるその姿を一目見ただけで涼しく、終わりかけていた夏を再度感じさせる。
「わー美味しそうだね」
「だな」
目の前にかき氷の乗ったグラスを置かれて、俺たちは歓喜の声を上げた。
そして、俺たちは何も言わずにスマホを出して写真を撮る。
「これは撮らないと逆に失礼だよな」
「そうだよね。あっ、これSNSに投稿していいかな?」
「ミスコン用の? いいんじゃね」
俺は一枚撮って満足していたが、紗季は俺のかき氷も含めて十数枚は撮っていた。
早く食べないと溶けてしまうだろうとは思うものの、俺は紗季が撮り終えるまでゆっくりと待つ。
先に食べるなんて品のないことはしたくないし、せっかく一緒に来た意味がないし。
そう思いながら肘をついて紗季を見ていると、一つ気になったところというか、不審に思ったところを見つけた。
かき氷の写真を取るにしては、紗季のスマホは上を向きすぎている気がする。
「紗季、かき氷の写真を撮っているんだよな」
「うん、そうだけど」
「見せてみろ」
そう言って、俺は紗季のスマホに向けて手を伸ばすと、その手から紗季はスマホを遠ざけた。
この行動、明らかに紗季は俺にやましい写真を撮った……!
「なぜ避けた?」
「なぜって、プライバシーの侵害という言葉を知らないのかしら」
俺は紗季の行動を追及するも、紗季は動揺からか口調を変えて応戦してきた。
「俺に見せないということは、やましい何かがあるんじゃないか」
「あら、あなたの画像フォルダならまだしも、私のは至極誠実だわ」
「おっとっと……」
今回ばかりは地の利を得たぞとばかりに攻勢に出たが、思いもよらない返しの刃に致命傷を受けてしまう。
ななな何のことでしょうあk、べべつに画像フォルダにややましことなんんてなにもねーし。
し、仕方ない。これはここまでにしておいてやろう。
「あげた写真、絶対確認してやるからな」
「精々、楽しみにしておくことね」
最後の最後に憎まれ口を言ったが、結局効果はあまりないようだ。
そして紗季がスマホをしまったのを見て、熱くなった頭を冷やすようにかき氷を一口頬張った。
その味はまるで今の俺たちを表しているようにとてもあまく、少し苦くて、冷えていた。
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