第121話 行列
「ねぇ、どれにする? 全部美味しそうだよ」
「ああ、適当に……」
紗季は持っていたメニュー表を、俺にも見えるように二人の真ん中で開いた。
紗季との近さが気になりつつも、そのおかげでこのお店のメニューをやっと見ることができた。
そこには果たしてかわいらしい手書きのメニューがあって安心したのも束の間、そこに載っている写真を見て目が点になった。
もともと、俺にとってかき氷のイメージは縁日のものが強かった。
紙コップに目の前で削ってくれた氷が乗っていて、そこに着色料で鮮やかなシロップをかける。
氷の冷たさに頭を痛めながら、すべての味の感想を凌駕するほどの甘さ。
それが俺にとってのかき氷だった。
しかし、そのメニュー表に載っていたかき氷は、そんな固定観念をそげぶするようなものばかり。
透明なグラスに乗ったかき氷は想像の数倍は大きく、カットされたフルーツや生クリームなどがてんこ盛り。パンケーキがかき氷になっただけといってしまえばわかりやすいだろうが、本当にそんな感じ。
値段に見合うほどの見た目とボリューム感。
もはやそれは一つの芸術として完成されている。
まだ食べても実物を見てもいないのに、お腹がいっぱいになってきた。
「私は……このミルクティーキッスっていうのにしようかな」
「どれどれ……これはすごいな、名前も見た目も」
紗季が指をさした写真を見ると、そこにはミルクティーがかかった上に苺とそのジャムが乗っているかき氷が写っていた。
俺はかき氷の種類なんて苺とメロンとブルーハワイ、頑張って区別して練乳をかけるぐらいだと思っていたのだが、今の流行というものは恐ろしい。ここまで成長するものなのか。
「賢太くんはどうするの?」
「うーん……」
紗季はメニュー表から俺に目線を移して、首をかしげながら訊いてきた。
その顔には純粋な疑問心と期待に染まっており、このお店と俺の選択が楽しみなのが窺える。
そんな紗季には申し訳ないが、俺はその疑問にすぐ答えることはできない。
なぜなら、俺も楽しみになりつつなっていたからだ。
最初はかき氷のことを馬鹿にして、ただの水の固体を高価で売る詐欺とか思っていた俺だったのに、いざ見てみるとここまで考えが変わるとは思っていなかった。
あれ? これ前回も思った気がするな。もしかしてデジャブ?
「どれも美味しそうなんだよなぁ」
「早くしてよ。賢太くんがどれを選ぶか楽しみなんだから」
ついに顎に手を置いてまで真剣に考え始めた俺を、紗季は軽くゆすって急かしてきた。
そんなに俺が何食べるのか気になっているのかと驚きつつも、俺はまだまだ考えるのを辞めない。
というのも、俺は自分一人でここには二度と来ないだろう。というより来れない。
こんな環境に一人で来るなんて、虎の大群の中に仔羊を放つようなもの。
そんな勇気も図太さもあいにく持ち合わせてはいない。
となると、ここでかき氷を食べるのは最初で最後の機会になる。
だったらこの店で一番美味しいもの、またはここでしか食べられないものが食べたい。
期間限定の商品も気になれば、定番の商品も気になる。
その点、紗季の選んだミルクティーキッスというのは最善択に近いだろう。
定番であるミルクティー味をベースに、苺を乗っけるという期間限定の特徴を兼ねそろえている。
なんだったら俺がそれ食べたい。
「俺もミルクティーキ――」
「なんでかぶせちゃうの。別の味を選んで色々な味が食べてみたいのに」
俺が言い切る前に紗季は拒絶の言葉を言いきって、ダメ押しにメニュー表のミルクティーキッスの写真をそのきれいな手で隠してしまった。
そのことにいたずら心を駆られた俺は、指で紗季の手をつついてみる。
すごい柔らかかった。
「ちょ、ちょっと! やめて」
「ほいほいほい」
紗季は指をつつかれながらもメニュー表から手を離すことはなく、空いたもう片方の手で俺の指を応戦してきた。
しかし、俺の指の本数は二本なのに対し、紗季の手は一つのみ。
どちらが勝つかは火を見るよりも明らかだった。
「~~っ」
「いたあっ!」
おててツンツン男と化して気持ちよくなっていた俺に、紗季はついに過激派になって、持っているメニュー表で俺の顔をフルスイングした。
「未婚の女性の手に淫らに触れる者じゃないからっ!」
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