第118話 蛹を破り、蝶は舞う
俺の夏休みの主要なイベントも残り一つとなり、過ぎ去っていく夏休みに憂鬱感と空虚さを感じ、それと同時に焦りに近い何かが俺を駆り立てられる今日この頃。
俺の心境にはわずかではない、変化が訪れていた。
いつもの夏休みなら『また何もしないで終わった』とか、『夏らしいことなんもしなかったな』とか思っているだろうが、この夏休みで俺が抱いている気持ちは例年とは異なっている。
それが具体的に何かはまだ分からないし、言葉で表現するのは難しい。
それでも言葉で表すとするなら、虫の知らせというものが一番近いだろうか。
つまり、何か大きな変化が起きそうな予感がする。
これが良い方面なのか、悪い方面なのか。
胸のざわめきが、夏休みの終わりに近づくにつれて激しくなっていく。
俺の夏はまだ終わらない。
そう心が俺に語りかけてくる。
それでも、もし。
もし、俺の夏が終わるときが来るのなら、それはきっと、あの時選んだバイト探しから始まった、凛、紗季、そして愛奈との奇妙な生活が終わるとき。
そんな気がする。
いや、そうに違いない。
◆◇
そして今日はその主要なイベント、ではなく、この夏できた友達に呼ばれたので待ち合わせをしているところだ。
駅前は人通りは多く、まだ一応休みということで俺と同じように待ち合わせをしている若者がよく目に留まる。
しかし、その中に今日呼び出してきたあいつの姿はなく、集合時間はちょうどいま過ぎた。
さすがに夏の暑さにも、待ち合わせで待たされることにも慣れてしまった俺は、こんなことではもはや動揺なんてしない。
むしろ、紗季がまだ来てない理由を推察する余裕まであった。
今日、紗季に遊びに誘われたことは色々とイレギュラーなことばかりだった。
いつもなら、遊びの前日に雑に電話して約束し、集合時間の十分前には目的地に現地集合をしている。
それに比べて今回は、一週間前には連絡が来て予定を入れてきたし、現地集合ではなく駅で集合して一緒に目的地に行くという異変。あと、遅刻。
一体、何が紗季の狙いなんだ?
もしかして、宮本武蔵が佐々木小次郎を倒したときのオマージュなのか?
宮本武蔵戦法か?
そうでもなければ、こんな待ち合わせ場所を二人で決めて、時間で集合するなんて。
これじゃあまるで、デ――
「ごめんね。待った?」
「っ!」
俺の考えが変な方向に行くのを妨げるように隣からした声に、俺は意識を考え事から現実に引き戻される。
そして理解する。
その声は中学から聞き飽きるほど聞いて、俺の耳と同じくらいの高さから聞こえるこの声の持ち主は、紛れもないあいつだ。
「いやいや、今来た――」
振り向きながらも愛奈に練習させられた言葉を言おうとするも、それは悲しくも中断させられることになった。
なぜなら、そこにいた少女に見惚れてしまったからだ。
最初に行っておくと、そこに立っていたのは紛れもなく紗季だった。
いつもの凛とした美しさを放つその顔に、特徴的でありチャーミングポイントでもある目の下のほくろも変わらない場所にある。
身長も、体型も(きっと)変わらない。紗季だ。
しかし、それ以外の部分は紗季ではなかった。
紗季の象徴といっても過言ではなかったストレートの黒髪は、カールがかかったハーフアップに編み込まれており、落ち着いたお嬢様感を紗季に纏わせている。
服装も今までは、自分のスタイルの良さを武器にした良くも悪くも雑誌のモデルが来てそうな美しい服装だったのに、今日はレースでひらひらが付いたザ・可愛いという感じのワンピース。
自分がここら辺の女子のファッションの知識がないのでうまく説明できないが、とりあえず今日の紗季は全然違う。
ザクとシャアザクぐらい違う。
……。
誰だこいつ⁉
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