第116話 小動物系女子

 そうして俺たちの勉強会は、時計の短針が上り始めるまで続いた。

 その頃になっても凛は一切集中を切らさずに、俺の方がついに音を上げて終わらせることになった。


 そうでもしないと、凛はお店の営業終了時間まで粘りそうだ。

 俺は経験があるから分かるが、店員さんの営業終了のコールは非常に申し訳なくなる。

 内心でははやく帰れと思いながらも、お客さんなので下手に出るしかないという複雑な表情で言われる『お客様、閉店のお時間ですので……』はきつい。

 二度とそのお店に行けなくなる力を秘めている。


「本当におごって貰っていいんですか?」

「いいよ、夕飯くらい。ここぐらいでしか年上ぶれないことが分かったからな……」


 凛は机に置かれていたメニュー表を見ながら、恐縮そうに訊いてきた。

 こんな庶民の味方のお店でそんなことを言わしてしまう自分を情けないとは思いつつも、俺はできる限りの威厳と余裕をもって凛に返答した。


 今はカフェでの勉強を終えて、夕飯を食べに洋食屋さんに来ているところだった。

 そうして店を見渡してみると、昼では見なかったような家族連れや夫婦などがこのお店には多いことが分かる。

 お店の雰囲気がレトロといった感じで、若者には少し入りにくいことで若年層が少ないのだろうか。

 現に、俺はこういう洋食屋さんに来るのは初めてなので、年甲斐もなく緊張してしまっている。


 普通の男子学生は、よほどのことがなければこんな所には来ないだろう。

 男子同士だったらラーメンとかファストフード店に行って、カロリーが高くお腹にたまる安いものを食べる。


 しかし、今日は男子とではなく今を時めく女子高生様と一緒なので、そういうところには死んでもいけない。

そして見栄を張った結果がこれだ。


「私、こういうところの本格的なナポリタン食べてみたかったんですよねー」

「へー、じゃあ俺はオムライスにでもしようかな」


 凛はメニュー表におすすめと書かれたナポリタンを、俺に見えるように指さした。

 確かに、一度も来たことがないようなお店では、そこの一番おすすめのを食べたくなるよな。

 変なところを注文して失敗したと後悔したくもないし。


 ということで、俺も洋食屋さんといえばオムライスということで注文を確定し、店員さんを呼んで注文した。


◆◇


「わー、美味しそう!」

「本当、期待以上に美味しそう」


 注文してから数分で届いた商品は、見るだけでよだれがこぼれてしまいそうになるほど美味しそうだ。

 凛のナポリタンはホカホカと湯気が立っていて、赤いケチャップが麺をドレスのように着飾って、つやつやと美味しそうだ。

 俺のオムライスも、一般家庭ではまず出てこない半熟の卵がオムライスとしての格の違いを見せつけてくる。なんで、卵が半熟なことしか分からないのにこんなに美味しそうに見えるんだろう。


値段も早さも、見た目もいい。これで味まで美味しかったら行きつけになってしまいそうだ。


「「いただきます」」


 示し合わせたわけでもなく、二人して早く食べたいという気持ちが合わさって、いただきますの声が重なった。

 そして一口味わってみると……。


「「おいしい⁉」」


 見た目の期待値を裏切るどころか、さらに上回ってきたおいしさに声を出すことを我慢できなかった。

 こんなにオムライスが柔らかくて美味しいものだと初めて知った、俺の知っているオムライスは何だったんだろう。


 そうして俺は黙々と味わって食べていくと、不意に凛に話しかけられた。


「賢太さんのオムライスも美味しそうですね」

「ああ、めっちゃ美味しい」

「へー、そうなんですか」


 俺はオムライスから視線を逸らすこともなく、凛の意味ありげな言葉に返事をした。

 そしてこのまま無視して食べ続けようとも思ったのだが、凛が変なオーラを出していることに気づく。

 不機嫌というか、構ってほしいというか。

 こんな状態では美味しく食べることができないと察した俺は、苦渋の決断ではあるが、凛の方に視線を変えた。


「じー」

「……なんだその顔は」

 

 顔を上げて見ると、そこには俺のオムライスをただただじっと見ている凛がいた。

 その顔には、考えるまでもなく『食べてみたい』という字が浮かび上がっていた。


 ……しょうがないか。


「一口食べてみるか?」

「……(コクコク)」


 俺のこの言葉をずっと待ち望んでいたであろう凛は、俺からその言葉を引き出すのに成功して今までに見たことがないような笑顔を見せた。

 まさか、オムライスをあげるぐらいでここまで喜ばれるとは。

 そこまで喜んでくれるなら上げてもいいかと思って皿を凛の方に差し出すも、凛はうんともすんとも言わない。


 なんで?


「えっ、食べたくないの?」

「じー」


 凛の顔には『食べたい』という文字を浮かび上がったまま、先ほどのオムライスに向けていた目線をそのまま俺に向けてきた。

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