第115話 頑張れ受験生


「もう夏休みも終わりですね……」

「まぁ、高校生はそろそろだろうな」

「いいですよね。大学生って夏休み長くて」

「俺も驚いたよ、まさかここまで長いとはって。あ、そこ間違ってる」

 

 夏休みも中盤から終盤に差し掛かり、町から家族連れの数が減ったと実感する今日この頃、俺たちはもはや常連になりつつあるいつものカフェに来ていた。

 

 いつもと変わらないカフェの内装、店員、音楽。

 そしていつもと違って、あまり見慣れない客層。


 いつもならカップルやご年配、若い社会人がこのカフェのメイン層なのだが、今日は俺たちのような学生が多い印象を受ける。

 しかもそのほとんどが宿題なのか、ノートやパソコンを開いており、カフェに似つかわしくない恐ろしい形相で取り組んでいるのが目に留まる。

 

 きっと夏休みの宿題が終わらないまま終わりが近づいて、家では進まないからここに来たんだろう。

 その学生たちが苦しんでいる景色が嫌でも俺に、夏休みの終盤だと教えられる。

 なんだったらこの景色も、セミの鳴き声や花火大会に並んで夏の風物詩といってもいいだろう。


 そしてもちろん、目の前の女子高生も勉強道具を開いて勉強していた。

 ただ、彼女は宿題がやっているわけではないので彼らとは違うが。


「あ、本当だ。ありがとうございます。毎回申し訳ないです」

「いや、全然いいよ。勉強を教えるって約束だったし、むしろこれぐらいしかやることないし……」


 俺の指摘を受けて、凛は消しゴムで丁寧に消した後すぐに解きなおし始めた。

 そしてそのまま握ったシャーペンを止めることはなく、先ほどの雑談はどこへやら、すらすら黙々と問題を解いていく凛。

 そんな凛とは対照的に、コーヒーを飲むことしかやることが無い手持ち無沙汰な俺。

 おかげでグラスの中のコーヒーはもう半分ほどしか残っていなかった。


 何でこんなことになっているのかというと、凛に勉強を教える約束をした数週間前まで遡る。

 凛が病院を退院する前から約束をしていたので、そこからかなりの頻度で教えていたのだが、如何せん凛は出来が良かった。

 凛は自頭が良いタイプだったので、彼女が学校に行っていた時期の問題はスムーズに解けたし、入院していけなかった時期の内容も一度教えたら大体を理解する。

 そうなると、俺は凛が解けない問題を解説するだけのボットのようになってしまった。

 

「凛、大丈夫か? 分からない問題とかは――」

「今のところ大丈夫そうです。ありがとうございます」


 あまりにも暇なのでお節介とは分かりながら訊いてみるも、素っ気なく返されてしまった。

 凛がそう言うなら俺もそれ以上に口出しはできないし、むしろ集中しているのを邪魔することになってしまうので俺はこれ以上口を開くのを辞めた。

 

 最近の趣味は、カフェの客の人間観察です! キャー!


◆◇


「休憩っ!」

「お疲れ」

 

 俺が口を閉じてから軽く一時間が経った頃、やっと凛がシャーペンを置いて顔を上げ

 その顔に疲労感はなく、桐がいいところまで終わったからとりあえず休もうといった感じだ。


「いやー、やっぱり賢太さんがいると勉強が進みますねっ!」

「そうかな? 俺はそうとは思わないけど」


 凛は氷が溶け切ってしまったアイスコーヒーを飲みながら、俺に社交辞令的な何かを言ってきた。


 凛からしたら心からの感謝、本意なんだろうが、俺はそれがどうしてもお世辞が皮肉にしか聞こえなかった。

 なぜなら、凛はこの一時間、一度も問題集から目を離さず、俺に話しかけることも助けを求めることもなかったからだ。

 きっと、この子なら俺がいてもいなくても変わらないと思う。

 なんだったら、こんな騒がしい環境じゃなくて家でやったら倍勉強できるまである。


「でもおかげさまで、この前の模試で結構な手ごたえ感じられたんですよ?」

「それは単純に凛の出来がいいだけで、俺は何もしていないような……。ていうか、そろそろ志望校を教えてくれよ。あとその判定も」

「嫌ですよ。内緒です」

「内緒って……、志望校教えてくれないと過去問の研究や対策できないんだけど……」


 凛はアイスコーヒーの入ったグラスを置くと、プイっとそっぽを向いてしまった。

 そしてそのテンプレを見させられた俺はため息をつく。


 凛は高校三年生のため、大学受験のために夏休みをずっと受験勉強に捧げているのだが、肝心の志望校を一切俺に言おうとしない。

 言わないで内緒にしている意味が分かっていないのだが、変なところで意固地になる凛は折れてくれない。


 今分かっているのが、国公立理系ということのみ。

 これだけのヒントで志望校、志望学科を当てるのなんて不可能に近い。 


 なんで俺がここまで志望校を知りたがっているのかというと、教えるべきことが変わるからだ。

 理系と一概に言っても、医学科とそれ以外では天と地ほどの差がある。

 勉強する科目の深さや理解度、覚える範囲が全然違う。

 つまり、この時点で差がついてしまうということ。

 

 どうしても大学受験と聞くと嫌な思い出が蘇る俺は、凛には過ちを犯してほしくない。

 自暴自棄になって友人の連絡先を消してほしくないし、大学受験に失敗して明るくなった彼女にまた暗くならないでほしい。


 だから、そのためにも志望校は良くても志望学科は教えて欲しいのだが……。

 受験舐めてるのかなこの子?

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