第112話 真と偽
「あー、私、ちょっとお花摘みに行ってきますねー」
俺と紗季が二人だけの世界に入っていると、不意に愛奈の声が部屋にこだました。
聞くからに棒読みで感情は籠ってなく、ただこの雰囲気を打開するように声だけは大きかった。
場の雰囲気を敏感に察することができる愛奈のことだ、俺たちのことを考えてこの場に二人だけにしてくれたのだろう。
ならばこの厚意、受け取らずしてどうするというのか。
「部屋を出て、廊下を歩いたらすぐだからな」
「分かりましたっ」
愛奈が分かるようにお手洗いの場所を説明する。
その際に自然な感じで愛奈の肩に手を置いて、愛奈との距離を近づけた。
そして愛奈にだけ聞こえるように小声でつぶやく。
「ありがとう、よろしくな」
「いえいえ、これぐらいのことは。ていうか、元はといえば……」
そこまで愛奈は言うと、言い終えることもなく足早に部屋を出て行ってしまった。
これ以上ひそひそと話していると紗季に怪しまれるから、というよりは言い淀んだ結果言わないことにしたという方が正解な感じがした。
とりあえずこれで、紗季と二人だけで話すことができる環境になった。
「今、染井さんと二人で何をこそこそと話していたの? 私には聞こえないように」
「お花摘みが長くなるかもってさ。こういうのって、女子的にはあまり大きな声では言いたくないだろ?」
「ふーん」
愛奈がお手洗いに入ったドアの音を皮切りに、紗季が親しい人にしか見せないような表情で俺に追及してきた。
いつもの冷静でクールな美人の紗季とは違う、自分の感情を前に出すような紗季。
どうやら今は不機嫌なご様子。
俺が嘘をついているのはバレバレだったのは明らかで、愛奈をかばったのが不満だったのか、それとも内緒話をされたのが不満だったのかは分からない。
しかし、不機嫌なのは俺も同じだった。
「紗季、親友を辞めるっていうのはどういうことなんだ?」
「何回も言わせないでよ。そのまんまの意味。それ以上でも、それ以下でもない」
紗季は不機嫌そうな顔から、フラットな表情に戻してもう一度丁寧に言い直した。
きっぱりと突き放すような語気で、俺に有無を言わせない意図がありありと見えた。
まるで、『これは決定事項だ。覆ることはない』というように。
だけど、俺はこんなことで納得がいかない。いくわけがない。
「そんなことで分かるわけないだろ! もっと説明してくれよ!」
「ふーん、そうなんだ。分かんないんだ。あんたの言う『親友』というやつだったら、言わなくても分かるんじゃないの? 通じるんじゃないの?」
「なっ」
「結局はそう言うことなのよ、賢太。私たちが長年やってきた『親友』なんて、こんなもの。結局は言葉遊びの域を出ない、所詮は紛い物なのよ」
俺は語気を荒げたくないとは思ってはいたものの、我慢できずに荒げてしまった。
脳では理解していたが、体がその信号を拒絶して否が応にも熱くなってしまう。
しかし、それとは対照的な紗季はどこまでも冷静。
というよりは冷徹。
俺が燃え上がっているのを、まるで関係のない他人をみるような目で見て、消火活動的に冷水のような言葉をかけてくる。
ただ、その冷水は俺にとっては油のようで、焼き石に水、火に油を注ぐという言葉が似合う俺が出来上がった。
「どうしちゃったんだよ、紗季! 今までは仲良くやってきたのに、どうして!」
「賢太、私、知っちゃったのよ。親友には限界があるって……」
「限界……?」
紗季の意味深長な言葉に、俺は責めることより考えることが優先されてしまう。
紗季は椅子から立ち上がり、俺の隣まで歩く。
そして着いたと思うと、俺の顔に優しくその右手を重ね、顔を近づけて優しく強く伝えてきた。
「賢太があの時に行ってくれたことは忘れてないわ。絶対に忘れたりしない」
「親友は家族をも超える関係だって、あなたは言ってくれた」
「それが家族を失った私に対するケアするための発言だったのかもしれない。優しい嘘だったのかもしれない」
「でも、そんなことは気にしてないわ。そうだとしても、とても嬉しかったから、心に染みたから、救われたから」
「だけどね、私はもうそれでは我慢できないの」
「そう言っても、賢太は分からないわよね」
「そうね……、このことを賢太なりの言葉で言うなら」
「私は、
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