第110話 将来


 凛に海を見せてあげたかっただけの今日の予定も無事に終わり、手持ち無沙汰になってしまった。

 帰るにしてもまだ少し早いような、名残惜しいような感じがして、俺たちは駐車場に戻るわけでもなく、ただあてもなく道を歩き続ける。


「あっ、なんかすごい綺麗な建物がありますね」

「本当だ」


 そうして歩き続けると、綺麗な白色の大きな建物が目に入った。

 一つぽつんと自然の中にある人工物で、緑の中のその純白な建物はとても目立っていた。


「なんでしょうね、あれ」

「なんだろうな。ちょっとだけ見ていこうか」


 凛が指をさして興味を示したので、俺はその通りに建物に近づいていく。

 そうして近づいていくうちににぎやかな人の声と、綺麗な楽器の音色が聞こえてきた。

ますます気になって中を見てみると、人だかりの中に白いドレスのような服を着た女性と、白いスーツのような服を着た男性が見えた。

 

 これはきっと……。


「結婚式……だな」

「そう……ですね」


 俺たちはこの会場の主役であろう新郎と新婦を見て、この建物が結婚式場だと察した。

 会場全体が幸せで満ちているのを見れば、誰だって分かるだろう。

 それほど、結婚式というものは特殊な雰囲気を醸し出している。


「幸せそうですね」

「結婚するって、きっとそういうことだからな」


 凛がその光景を見てボソッとつぶやいたのを、俺は聞き逃さずに答えた。

 ただこうやって知っているかのように答えた俺だが、もちろん結婚なんて経験したこともないし、結婚式を見るのもこれが初めてだ。

 

 だから、これは俺の理想、願い、偏見の結婚観だ。

 好きな人同士が結ばれて、幸せな家庭を築くハッピーエンド。

そこには不満も未練も、妥協もない、完全なる幸せ。

 

「結婚か……」


 そんなことを考えていると、今度は俺がぼそりと独り言を出してしまう。

 別にこの独り言は結婚に対しての不安だけで出た言葉ではない。

 将来に対する不安を抱えた中で、たまたま今回その起爆剤になったのが結婚というテーマであっただけ。

 具体的に不安を挙げていけばきりがない。


 大学受験に失敗した成り行きで入ったこの大学で、俺は一体何を目指すのか。

 ずっと好意を持ってくれている愛奈のことをどうするのか。

 

 そろそろ成人になるんだ。

 これからのことを考えていかないといけない。


 今まで先延ばしにして考えてこなかったこと。

 まだ子供だからって逃げてきたこと。

 

 向き合っていかないと。


 なんて考え事に身を沈めていると、それを中断させるかのように凛の言葉が耳に入ってきた。


「やっぱ、賢太さんも結婚したいですか?」

「え?」


 どうやら俺の独り言を聞いていた凛が、俺の方を見て問うてきた。

 その目には純粋な好奇心と、なぜか少量の照れがはいいているのが見て取れる。


 俺はその目を離すことなく、真意が汲み取れるようにしながら言葉を続ける。


「そりゃ、少子化が進んでいるからな。今の若者がしっかりして、社会に貢献しないと」


 自分でも動揺して意味の分からないことを口走っている。

 多分、凛が訊きたいのはこんな理論的なことではなく、感情的なことなんだろう。


 現に、凛が若干呆れたような死んだような目になった。


「そうじゃないんですけどねぇ」


 なんだったら口でも不満を言ってきた。


「まぁ、どうでもいいことだろ? 俺がいつか結婚するときは招待するからさ」

「いいですよ別に……。自力で参加しますから」

「誘ってないのに来ようとすんなよ」

「そういう意味じゃないですよ」


 そう言って凛は俺の方を見るのをやめて、自分で車いすを動かし始めてしまった。

 

 俺は微笑をこぼしながら、その後を追うために駆け出した。

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