第108話 本音

「そういえば賢太さんって、まだ大学一年生ですよね?」

「そうだけど」

「十八歳ですよね」

「うん。えっ、何この質問。執拗に年齢確認してるけど」


 俺は車を飛ばし、景色がどんどんと変わっていくのを楽しみながら、隣に座った凛の質問に答えた。

 歩きや自転車では味わえないこの速度がとても気持ちいい。

 今までは車に興味なんて微塵もなかったが、峠を攻める人たちに気持ちも今ならわかる。


「運転免許持ってたんですね」

「あっ、そういう話ね」


 俺はウィンカーを出して曲がってから、凛の質問の真意を知ってホッとする。


 すっかり、誘拐か何かで訴えようとしての探りを入れてきているのかと思って、気が気でなかった。

 だって、凛がさっきから少し不機嫌そうだったし。

 現役女子高生と車でお出かけって、パパ活みたいだと自覚しているし。


「この前やっと取ったんだよ。おかげでサークルとか行けないほど忙しくてたまんなかったけど」

「へー、でもそんな気配全然させませんでしたよね? 私、まったく賢太さんが免許取りに行ってるのなんて気づきませんでしたよ」

「そうだろうね。言わないようにしてたから」

「?」

 

 凛が俺の言葉を聞いて、眉間にしわを寄せた。

 運転中なのでじっくりと見ることはできないが、『なんだこいつ』って顔していると思う。

 普通なら頭上にはてなマークが点くぐらいで済むのに、どうやら今日の凛は感情豊からしい。

 退院したのも頷けるほどで、とても嬉しく感じてしまう。


「なんか今日の賢太さん、すごい変な感じがします……」

「えっ、そう?」

「やっぱりテンションが高いというか、かっこつけているというか」

「……」

「とりあえず、いつもの賢太さんではないことは確かです」

 

 信号が赤になり、やっと凛の方を向いてみると、それに合わせて凛も歩道側を向く。

 握りこぶしを膝の上に置いて背筋を伸ばしながら座っているその姿に、育ちの良さを感じるが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「むすー」

「口で怒りの擬音を出すなよ。可愛く見えるだろ」


 俺が思ったことを口にすると、凛がビクンと悶えた。

 そしてゆっくりとこっちを向くと、頬を膨らませているのが分かった。


「ほら、青信号ですよ。進んでください」

「お、おう」


 凛に急かされてしまったので、俺はアクセルを踏んで運転を再開する。

 凛は少しむくれてしまったが、仲良くなった俺たちはこんなことでは空気が悪くならない。


「このまま運転したまま聞いてください」

「な、なんだよ、改まってさ」

「いいから聞いてください」


 凛が俺の言葉を切るかのように、ぴしゃりと言った。

 どうやらここから真面目な話が始まるらしい。

 というより、尋問が始まる。間違いない。


「今日のこれ、前々から予定立てていましたよね」

「……」

「答えたくないなら質問を変えますね、このために免許取ったんですか?」

「凛はやっぱり、もっと男性に対しての理解を深めた方がいいよ」

「なんですかそれ……。交際経験があるからって、馬鹿にしてるんですか」


 そろそろ正直に言わないといけないなと思った俺は、観念して重い口を開いた。

 凛の前で年上の余裕というか、頼りがいのあるところを見せるのは難しいというより無理なのかもしれない。


「凛がそろそろ退院するってことでさ、どこかに連れて行きたいと思ったんだよ。だけど、車いすで行けるところなんてあまりないから、車でどこか行こうと思ったんだよ」

「それで免許を取ったと」

「そうそう」

「私のために?」

「そうそう」


 今まで言わないようにしていたことを、こうやって白日の下にさらされるとすごい恥ずかしい。

 こんなことを言わないようにして、格好つけてたんだなって思われるのが。


 そんな羞恥心に襲われている俺とは反対に、凛は一つ息を吐いて心をリセットしていた。

 そして新しくなったその表情は、喜色があふれていた。


「それならそうと言ってくださいよ。とても嬉しいし、ありがたいんですけど、私サプライズって苦手なんですよ」

「そうだったんだ。ごめんな、言わなくて」

「まぁ、私がめんどくさい女って言うのもあるんですけど。あ、あと……」

「まだあるの?」

「私、賢太さんのこと信頼しているんですよ? だから、その、えっと、賢太さんには、隠しごとしないでほしいなー、なんて」

「……」

「賢太さんが良いことでも、悪いことでも隠し事をしていると不安になるんです……。これからも、末永く仲良くやっていきたいから……」


 今までに聞いたことがなかった凛の本音に、ついつい凛の方を向いてしまった。

 凛は言っていて自分でも赤面していることに気づいたのか、顔を手で覆ってしまって、その表情を深く見ることはできなかった。


 あー、本当にかわいいなこの子!

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