第107話 バリアフリー
最近の社会のバリアフリー化というものは、目を見張るものがある。
公共の場にスロープが設置されたり、エレベーターが設置されたりなど、車いすの人でも生活がしやすくなってきている。
もちろん、まだまだ十分ではないものの、かなりバリアフリーという言葉自体もそれが指す意味も認知されつつある。
しかし、それでも普通の人はまず日常生活では気にすることは少ない。
『あっ、ここ手すりできたんだ』とか、『へー、ここの段差無くなったんだ。興奮してきたな』とはならないだろう。
それどころか、万が一の話かもしれない、というより万が一でもあってほしくないのだが、逆にバリアフリーが進むことで嫌がる人もいる。
例えば、電車で車いすの人が入ってくると、どこかから舌打ちが聞こえてくる。
そういう意味ではバリアフリー自体は認知されていても理解はされていないのかもしれない。
かく言う俺もその一人で、凛との付き合いができるまでは利用することも目に入れることもなかった。
ただ一度、利用する側になるとバリアフリーが目に付くと嬉しくなってしまう。
特に、自分が見たことがなかったものだと尚更だ。
「ということで、俺が異常に元気だった理由がお分かりいただけましたかね?」
「それはもう、はい。お腹いっぱいですよ。賢太さんは立派な介護士になれますね」
俺は凛を助手席の隣の扉まで連れて行くまで、先ほどの元気さの事情を話す。
先ほどの見たことがないバリアフリーとはこのすごい車のことだ。
このすごいというのは自動運転やハイブリッドのことではなく、車いすに対応している車を指している。
自分もレンタカーを借りる際に初めて知ったのだが、車いすのまま乗れる車もあれば、助手席に楽に乗れるような車もある。
今回俺が借りたのは後者で、助手席が回転して車外へ大きくスライドダウンするというもの。
なので、凛を車いすから抱き掲げて席に座らせる必要があるのだが、これがとても恥ずかしい。
まず、凛を正面から抱きしめる形で椅子から腰を浮かせることから始まるからだ。
「ほらほらー、丁寧に扱ってくださいねー」
「なんでそんなうれしそうなんだよ」
「そんなことないですよ?」
俺が凛の車いすの前に立つと、凛は底意地の悪いほどのにやにやとした笑顔で車いすの上から俺に両手を伸ばす。
一人では立ち上がれない子供のような行動に、俺は頭を抱える。
まぁ、そんなにうじうじとしていたところで時間が過ぎていくだけなので覚悟を決める。
「いやぁ……」
「やめろよ、艶めかしい声を出すな」
俺が凛を抱きしめて掲げ挙げると、耳元に口を近づけていたずらをする凛。
思わず、手を離して凛を車いすに返してしまいそうになる。
「怖いんで、離さないでくださいね?」
俺の抱きしめる力が弱まったのを察知した凛は、俺のことを強く抱きしめてきた。
さすがの俺も想像にしていなかった行動に慌てふためいてしまう。
えっ、ここまで抱きしめる必要ってあります?
信用されていないってこと?
なんて思っても俺は顔に出しはしない。
年下に初心なところがバレるなんて、年上の沽券にかかわる。
クールでスマートでクレーバーな俺を演じ続けるんだ。
「おっも」
「おい……」
そうして凛を持ち上げたままグイっと方向を変えて助手席に座らせる。
その際に照れ隠しとして、言ってはいけないことを言ってしまった。
その結果、無事に助手席に座らせたのにもかかわらず、凛からの睨みがとても怖い。
こうなるくらいなら、初心なことがばれた方が良かったと速攻で後悔する。
「ふふ、賢太さん? これ、かなり後を引きますよ?」
「分かっているなら、どうにかしてくれませんかね? 具体的には許してくれるとか」
「いやぁ、今日は良い日ですねー」
ついに凛は俺を見ることもやめて、ボタンを押して席をスライドアップさせた。
もう準備万端だから早く発進させろと、言外に伝えてくる。
これは楽しいドライブになりそうですね。
俺はこの後の展開を予想しながら、凛が載っていた車いすを折りたたんで車に乗せた。
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