第105話 強者と弱者

「当り前じゃないですか! 紗季先輩と初めて二人で話したときですから」

「そう、ね」


 阿瀬さんの混じりけのない笑顔と発言の前に、私はどんどんと罪悪感に苛まれていく。


 なんて純粋な子なんだろう。

 私も高校時代はこんなに素直でいい子だっただろうか……。

 

 そう思い返してみようとするも、すぐにやめる。

 なぜか涙がちょちょ切れてきたから。

 

「だったら話は早いんだけど。謝りたいことがあるの」

「謝りたいこと? 何か紗季先輩ってやりましたっけ?」

「ええ、有るわ。大罪がね」


 阿瀬さんが頭を抱えて思い出しているのを尻目に、私は恐る恐る言葉を続けていく。

 早く言って、私はこの重圧から解放されたい。

 

「賢太のことで、阿瀬さんのことを応援するって話なんだけど……」

「あっ、そのことなんですね」

「ごめん。私、応援できなくなっちゃった……」


 私は意を決して言うも、阿瀬さんと目を合わせることができない。


 なぜなら、自分でも今の私が恥ずべき存在だと自覚しているからだ。


 前に会ったときは彼女の恋を応援しようと、手伝おうと言った。

 その時は心の底から、本当に純粋な厚意で言った言葉だった

 賢太には阿瀬さんはぴったりだと思ったし、阿瀬さんなら賢太を託してもいいかなと思っていた。


 しかし、それをできないと言ったのだ。


 だから彼女の顔を直視することもできず、どんな顔をしているかの確認もできない。

 見下げ果てたような顔で見ているのだろうか、それとも興味すら失って無関心になっているかもしれない。


 でも、だからと言って言わないという選択肢はなかった。

 

 あの時、染井さんに言われた言葉が心に刺さった。

 どこにも行かないでほしいと思ってしまった。

 私が一番でいたいと願ってしまった。

 

 染井さんに言われた通り、私はあいつのやさしさに甘えていて、親友と言うポジションを絶対視していた。

 あいつが彼女を作ったり、家庭を持っても仲良くできる不変の称号だと思っていた。


 しかし、現実に不変なものなんてない。

 心の奥底では分かっていたのに、それを直視できない中学生のままの私がいた。

 染井さんに泣かされたことでやっと、そのことを理解した。


 理解してしまった以上、この思いを止めることはできない。

私は彼に依存している。だからどうした。これが今の私、有峰紗季だ。


 と言って、メンタル的に強く見せても心臓が尋常でないほどにバクバクと脈打っていた。

まだ私には、知人に捨てられることを受け入れられるほど成長していないようだ。


 あー、恥ずかしい。


「紗季先輩……」


 耳から心配そうな後輩の声が聞こえてくる。

 この言葉に続く言葉を聞きたくない。逃げ出したい。


「重い空気が流れたなーと思ったら……、何を言いだしているんですか……」


 耳をふさごうとしていた手を阿瀬さんの手で止められる。

 その手は子供をあやすように柔らかく、温かい。


「別にいいですよーだ」


 その行動に連れられて顔を上げると、阿瀬さんの表情が目に入ってしまった。

 その表情は、私にとって暗闇にさす一筋の光のようにみえ、私が想像していたのとは全く違っていた。


「あ、せさん……?」

「確かに、紗季先輩のサポートが得られないのは痛手ですが、それなりの理由が紗季先輩にもあるんですよね? あ、別に言いたくなければ大丈夫ですよ。そういう言いたくないことがあるのは私も良く分かるので」


 私がまだ何かを言える状態ではないことを察して、阿瀬さんは私に最上級の忖度をしてくれる。

 

「でも、いくら紗季先輩であっても、私は手加減をしませんよ。それだけ分かってくださいね?」


 阿瀬さんは最後まであどけなく、明るい調子を崩さなかった。

 私はただ応援ができなくなったというだけなのに、私のすべてを見透かしたように言葉を並べた。


「ほんとうに……、敵わないわね」


 私は、この子を相手にするであろう未来を呪った。

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