第101話 竜と虎

「有峰さん……」

「あなたが何を言ったって、私は久野くんの親友だから……。久野くんだけは私を裏切らないから……」


 もはや半泣きになっている有峰さんは、ぐずつきながらも私を睨むことをやめない。

 

 いつものクールで美人な彼女と比べると、随分とか弱くて可愛く見える。 

 女の私でも、その余りものギャップに抱きしめて慰めたくなってしまっているほどに。


「有峰さんの言葉から考えるに、有峰さんは喜んで親友になったのかもしれません。でも、今は親友という呪縛に縛られているんですよ」

「知らないもん。分かんないもん」

「よく聞いてください、有峰さん」


 私は完全にやさぐれた少女にしっかりと向き合う。

 大学生にもなって中学校の先生みたいなマネしたくはないのに。


「私は今度の文化祭で行われるミスコンに出ます。そして優勝した暁には、その場で賢太くんに告白しようと思います」

「いやっ」

「『いやっ』じゃないですよ。……でもどうして私が、わざわざこうしてあなたをミスコンに誘っているか分かりますか?」

「……?」


 有峰さんは目を真ん丸と開いて首を傾げた。

 やはりというか、まったく分かっていないらしい。


 そりゃそうだろう、敵に塩を送るような行動を私はしているのだから。

 正直に言って、自分でもこの行動をしている意味がわからない。

 ただ、誘わなかったらと考えると、胸の奥が……なんかこう、ぐじゅぐじゅというか、形容しがたい感情になる。


「私にとって、この大学で一番の敵になりそうなあなたには、指をくわえてただ傍観してもらった方が助かるんです。でも、そうやって賢太くんと付き合っても嬉しくないんですよ……!」

「……」

「あなたより、有峰さんより私の方が魅力的だと、優先順位が上だと証明できないからっ!」


 自分でもどんどん早口になって、一言一言に感情が籠っているのを感じる。

 ダメだ、自分でも抑えられないくらいにヒートアップしている。 


「私はずっと今まで有峰さんに嫉妬してきてた! 初めて会った高校時代から、付き合っているとき、大学で再会したとき、そして今も! ずっと、ずーーっと嫉妬してるっ!」

「だって、私が賢太くんと会うといつも隣にはあなたがいたし、物理的にいなかったとしても賢太くんの心にはいつもあなたがいる! デート中だってそう! 賢太くんの頭にあなたがよぎってるのがわかるっ!」

「本音を言えば、あなたが賢太くんの親友でいる限り、賢太くんも縛られているんですよ! あなた一人だけじゃなくて、賢太くんの幸せもあなたが奪っているんです!」


 ここまで息をすることも忘れてずっと口を動かした。

 まだまだ言葉を続けようとしたけど、これ以上は何も喉から出てこなかった。

 

 私は喉を潤すのと、頭を冷やすためにアイスティーを一口飲んだ。

 

 話している最中には驚く出来事がたくさんあった。

 私だってここまで感情的になれること、夢中になっている間は何も目に入ってこないこと、そして、私が有峰さんに対してどういう感情を持っていたのかということ。

 何を言うか考える前に口から出てしまっていたので、私が今言ったことは心で思っていたことなのだろう。

 すごいすっきりしたとうか、満足感があふれて止まらない。


 そうして数十秒が経ち、やっと私が落ち着いて有峰さんの顔色を窺ってみる。

 私の本音を聞いて彼女はどう思ったのだろう、意気消沈でもしているのだろうか、それとも尚更ふてくされているのだろうか。

 気になって見てみるも、顔が下向きで前髪の間からでしか見ることができず、良く読み取れない。


「結局は私のわがままです。ここで一生のお願いを使ってもいいので、ミスコンに出場してください」

 

 心が折れてしまったのだろうと思った私は、最後に吐き捨てるように言った。

 まさか、私のライバルはここまでメンタルが弱かったとは思っていなかった。

 見損なったというより、こういう人なんだとようやく理解ができた。


 もう伝えることは伝えたし、これ以上は何を言っても無駄。

 帰ることにしよう。


 私にできることは、あと来てくれることを祈るだけ。

 これで来なかったら、私も今年の出場は見送らせてもらおう。

 有峰さん抜きの勝利なんて何の味もしないし、告白も何の意味も持たない。


 そう思って私は一気にアイスティーを飲み干して、席を立とうとした。

 その時。


「好き勝手言ってくれるじゃない……」

「えっ」

「黙っていればピーピー言ってくれちゃって」


 気が付くと、私は立ち上がろうとしていた力を有峰さんの方を向くのに使っていた。

 彼女の目には、先ほどまではなかった『何か』が確かに滾っているのが見える。

 語気もいつもの、いや、いつも以上に強く感じる。


「私だって……、私だってあなたに嫉妬してたわよ! 最初はただの男に色目しか使わないぶりっこの尻軽女だとしか思っていなかったのに! なんで、賢太と付き合ってるのよ!」

「な、それは別にいいじゃないですか。しかも最初の印象最悪だし」

「私が親友になったからこそ得られたことと、失ったことがある! その内、あなたはわたしが失ったこと、できなくなったことをすべて手に入れた! これでどうして嫉妬せずにいられるかしら!」


 すっかり心が完膚なきまでに折れたものだと思ったけど、まさか逆切れしてくるとは夢にも思っていなかった。


 どうしよう、どうしても顔の口角が上がってにやけてしまう。


「初めてね。ここまで私をコケにした人は。絶対に許さない」


 有峰さんはそんな私の変化にも気づかず、そのまま言葉を続けた。


「いいわ、乗ってあげる。どちらか女性的に、賢太的に上か決着を着けようじゃない!」

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