第100話 虎と兎
有峰さんは自分がお店にいることも忘れて、怒りをあらわにした。
今までのクールな表情からは予想もできない表情に、私だけでなく店内全体が騒然とする。
ただでさえ注目を集めやすい私たちなのに、これ以上騒ぐと出禁になりかねないので、一旦有峰さんを落ち着かせる。
「あ、有峰さん! ちょっと落ち着いてくださいよ」
「……あんたが私を怒らせたくせに、よくそんなこと言えるわね」
そこは流石の有峰さんと言ったところか、有峰さんは周りを一瞥すると自分の行動を顧みて冷静になった。
そして周囲に謝罪を入れて、頼んでいた紅茶を一口飲んだ。
「それは正直、申し訳ないとは思っています。でも、まさかあそこまで動揺するとは思っていなかったんですよ」
「その話題は私にとって逆鱗なのよ。言ってなかったのは悪いと思うけど、それに触れる方も触れる方よ」
お互いに謝罪をしたが、それでも空気が柔らかくなることはない。
それはケーキ屋さんにしては最悪でも、私にとっては好都合だった。
申し訳ないけど、この話題をまだまだ終わらせるつもりはない。
「じゃあ、先ほどの話に戻りますね」
「それでもなお話を続けるのね。本当に憎たらしい子ね」
私がこの話を終える気はないと告げると、有峰さんは見るからに嫌そうな顔をした。
温度の低い目に、聞く人を傷つけるような鋭利な声。
子供だったらその場で泣きわめくほどに今の彼女は冷たい。
だけど私が挫けずにこんな虎穴に入ろうとするのは、ひとえに彼女に勝ちたい、賢太くんの中で有峰さんより優先順位が高くなりたいがため。
そのためなら、今日は鬼にでも悪魔にでもなんにでもなろう。
私は一度息を吐いてから、啖呵を切った。
「私は賢太くんと有峰さんの間に何があったのかは知りません。一体何があったのかを訊くなんて言う野暮なこともしません。だけど、ただひとつ、今も結果として残っている、有峰さんが賢太くんの親友であるということだけ。それだけを注視して私は言います」
「何を?」
「本当にそのままでいいんですか?」
「……はぁ。さっきも言ったじゃない。私は望んでこの立ち位置にいるの。満足しているの。変わるつもりなんて微塵もないわ」
私は努める限り、有峰さんの心に響くように言った。
決して仲良くもない人に難しいとは思ったけれど、それでも心を込めて言った。
ただ、やはり彼女には通じなかった。
彼女は私の発言にひどく失望したような、呆れたような顔をした。
言葉以上に、顔が『何度もいわすな』と語っていた。
いや、そうではないのかもしれない。
私は何回も言うが彼女とは仲良くはない。
嘘でも周りから友達だと思われたくないし、自分でも思いたくない。
でも、そんな私でも少しずつ彼女の気持ち、素振りが分かるようになってきた。
私が持っている人を見抜く目が、やっと彼女の虚栄心からできた演技力に勝ってきたのかもしれない。
有峰さんは、私がこの言葉をもう一度繰り返した意図を理解していないというより、理解しているからこそ、見て見ぬふりをしている。
正直に言ってこの考えに確信はない。
けど、これが希望的観測ではないことを願って言葉を続ける。
「いつまでそうやって楽観的な考え方をしているんですか? いつまでも親友でいられるとでも思っているんですか?」
「ッ!」
有峰さんがわずかながらに目を見開いたのを私は見逃さない。
小さな変化だったからこそ、確信を持つことができた。
「有峰さんだって、薄々気づき始めているんでしょう? いつかは賢太くんにも彼女ができて、結婚する時が来るんです」
「そんなときは来ないわ。あんな奴を好きになるなんて、よっぽどの物好きか、あなたみたいな変態だけよ」
有峰さんは紙ナプキンをぎゅっと握りしめ、苦し紛れの虚栄を張った。
先ほどまでの態度と比べると、見て分かるほどに弱々しくなっている。
「いや、本当は気づいているんですよ。だから賢太くんに彼女ができた時、あなたは動揺したし、今でも元カノである私を目の敵にしている」
「そんなことないっ、」
これ以上は聞きたくはないとばかりに、私を睨んで怯ませようとする有峰さん。
しかし、今の彼女は私にとって追い詰められたか弱い女の子にしか見えない。
「そろそろ、賢太くんに依存することは辞めて、自立するときが来たんです。親友というものは、家族と違っていつかは終わる時が来るんです」
「そんなことないって言ってるじゃない! 久野くんはいつまでも私と親友でいてくれるって言ってた! 家族よりも上だって!」
「久野くんって……」
私は見たことのない有峰さんの姿に驚きが隠せない。
初めて見るその姿は実年齢より幼い精神年齢のように見え、急な呼び方の変化にひどく混乱する。
これが、有峰さんの本来の姿……?
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