第98話 新妻感


 この子はなんて破廉恥なことを言っているのだろう。

 愛奈のことを最近見直してきていたというのに、やはり俺にはこの元カノことが良くわからない。分かんないよっ!


「しねぇよ! そういう色仕掛けはしないって言わなかったか?」

「えー? 言ったっけなー?」


 俺が問い詰めても、愛奈はどこ吹く風と言うばかりに心当たりがないっていう顔をした。

 顔だけなら俺の記憶違いかと思わせるほどに上手い演技だが、言い方がひどく大根役者だった。

 こいつ……、わざと煽るように言いやがったな。


「俺がそういうのしない主義だって、元カノなら知って――」

「元カノじゃなくて、い・ま・か・の。……知ってるよ。賢太くんは結婚してからじゃないとしてくれない、良いように言うと紳士で、悪いように言うと古い考え方の持ち主ってことは」


 そこまで知っているなら、なんで誘ってきたのこの人。当たって砕けろを地で行く人なのかな。

 あと、今カノって言うとき一文字ずつ足踏まないでいただきたい。

 地面にめり込んじゃいます。


「なら、どうして?」

「えっ、それはちょっと焦ってきたって言うか……、手強いライバルができたって言うか……」


 自分の触角をいじりながら、だんだんと声が小さくなっていった愛奈。

 残念ながらほとんど何を言っていたのか聞こえなかった。

 狙って小声にしたっていうよりは、ごもってしまって声が小さくなってしまったというように感じた。


 もう一回聞こうとも思ったが、愛奈がほんのりと顔を赤面させていたので訊くのは躊躇われた。

 どうせ無理して訊いたところではぐらかされるのが関の山だろう。


 そうして少し空気が重くなり、お茶を飲んでリセットする俺たち二人。

 図らずも一緒のタイミングで飲んだあたり、ミラーリング効果というか、俺たちって付き合ってたんだなぁってしみじみ思う。


「やっぱり、賢太くんは私に手を出してくれないんだね」

「当り前だろ。浮気とか不倫とか、軽い男にはなりたくないの!」

「したくない理由はそれだけ?」

「そうだけど……何?」


 そう言うと、愛奈はすっきりしたような顔をして安堵の表情を作った。

 とても自然な笑顔で、まったく愛奈の意図が読めない。


 逆に愛奈のすがすがしい笑顔って、俺にとって珍しいものだ。


「私が嫌われているわけじゃないんだなって」

「……」

「私はね、いつまでも、何回でも、言うよ? 賢太くんがまだ好きなの」


 愛奈は俺を見つめて離さない。

 そして俺も彼女が纏う妖艶な雰囲気から目が離せない。

 いつもと違う髪型、服装、そして愛奈の家ということで、少なくとも新妻感を感じてしまっている俺がいる。


「まだ好きっていうのは言っててなんか違うかなって思うけど、とにかく好きなんだよ」


「でも、ここで告白するのもなんか味気ないからここではしない」


 今度は俺が聞こえるほどの小声で、『そもそも別れていないのに、再度告白っていうのもおかしいけど』とおどろおどろし言ってきたけど、俺は聞こえなかったふりをする。

 この子、一瞬だけ目をハイライトにすることもできるんですね。


「大学生らしく、いや、大学生だからこそできる方法で告白するっ!」

「……はい?」

 

 愛奈は覚悟を決めて、大真面目なことでとんちんかんなことを言い始めた。

 とんちんかんだと思っているは俺だけかもしれないが、本当になにを言っているのか分かんなかった。

 大学生ってなんだっけ? 俺、哲学は履修してないんだよなー?


「何をおっしゃっているんですか?」

「夏休み明けに文化祭あるよね」

「ありますけど……」

「その時ミスコンが開催されるよね」


 愛奈が俺に質問していくにつれてにやにやとし始めた。

 俺はどんどん察して顔が引きつっていくのに。


「お前、まさか……」

「うん、そこで優勝したらそのステージ上で告白するよ」


 案の定、予想を全く裏切らない答えがそこに待っていた。


 だからこそ、俺はどうにかしてそれを止めたい。

 もう目立ちたくないんだよ!(切実)

 

「でも愛奈さん? そんなの愛奈さんが優勝するに決まっているじゃないですか。鏡って見たことあります? そんな勝ち戦で勝って告白して、果たしてそこに達成感はあるんでしょうか?」

「賢太くんが私のことを可愛いって遠回しに言ってくれたことは、後で悶絶するとして、その問題なら大丈夫だよ」

「……その心は?」

「史上最大のライバルも、どうにかしてステージに立たせるから」

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