第97話 風雲あいな城


「ここです! ジャーン」

「おお! って、なにこれ? ただのマンションにしか見えないんですけど」

「ふふん。一見ただのマンションに見えるかもしれないけど、これ、実は私の家なんです!」

「へー。……えっ?」

「家って言っても、ただ一室買って住んでいるだけなんだけどねー」


 スポーツショップから歩いて数十分。

 愛奈に連れられて向かった先には、きれいなマンションが立っていた。

 それはもう大変立派で綺麗なマンションで、一階には共用スペースのソファーが置いてあるのが見える。

 高級なマンジョンじゃないと共用スペースなんてないですよ?


 ただ、今気になるのはそこではない。


「じゃあ、入ろっか」

「いやちょっと待って、ナニコレ」


 愛奈は呆然と立ち尽くす俺を置いて、オートロックを解除してエントランスへと入っていく。

 その堂々とした態度は本当に自分のマンションじゃないと出せないだろう。

 それほどに我が物顔で風を肩で切るように歩いていた。


「ほらほら、早く入らないとしまっちゃうよ?」


 一足早くエントランスに入った愛奈は、振り向いて俺に手をクイクイとして急かしてくる。

 俺は今から、敵の本陣に行くことは決まっているらしい。


 俺は重い荷物をバタバタとさせながら、彼女の下へと駆け出した。


◆◇


「さぁどうぞ、上がってくださいなっ」

「お、お邪魔しまーす」


 愛奈は玄関の鍵を開けて入ると、靴を脱いで俺にスリッパを差し出してくれた。

 俺もその好意を素直に受け取って、靴を並べてスリッパを履いた。


 愛奈の意のままにここまで来てしまったけど良かったのだろうか。

 あれほど待ち合わせの時から愛奈の家には行かないと誓ったのに、結局家に上がってしまった。

 やっぱり、クーラーと昼食には勝てなかったよ……。


「先に手を洗っちゃうから、リビングでくつろいどいてねっ」

「し、失礼しまーす」


 廊下をそのまま突き当りまで歩いていくと、大きいリビングに着いた。

 白いフローリングに白い壁、大きい窓からは町を見下ろせるドラマとかでしか見ない光景が広がっていた。

 なんなんだこの状況。


「じゃあご飯つくちゃううねっ。冷やし中華だけどいいよね」

「それは別に全然いいけど、むしろマヨネーズもつけてほしいけど……うっ」


 洗面台から戻ってきた愛奈は、肩にかかるほどの髪を両手で縛ってヘアゴムを咥えていた。

 そしてそのまま髪を結んで、ポニーテールの髪型になった。

 どうやら、愛奈は家に帰ったら髪を結ぶタイプらしい。


 これは愛奈の家に来て初めて気づけたことで、その姿にウッとも、グッともしてしまった。

 

 女性の髪を結ぶ姿って、なんでこんなにそそるんだろう。

 結んでいるときに見えるうなじも、ゴムを咥えて唇が薄くなるのも、髪がファッサーってなるのもどれも好き。

 単刀直入に言って、性癖にぶっ刺さる。


「やっぱり、髪短くなったな」

「そうだね。これでも賢太くんに再会してからはずっと伸ばしているんだけどね」


 俺は愛奈のポニーテールをそわそわと揺らして遊びながら言った。

 愛奈もそれを嫌がっておらず、むしろ体を揺らして髪を揺らす。


 猫じゃらしで遊ぶ猫みたいになっていると自分でも思った。

 

「はいっ、おしまい。料理するの」

「あっ……」


 そう言って愛奈は俺の下から離れると、壁にかかったエプロンを取ってキッチンに立った。

 俺は少し名残惜しいとは思うものの、愛奈を見送ってソファーに座って待つことにした。


◆◇


「美味い! めっちゃ美味しい!」

「茹でただけの料理で言われてもうれしくないなー」

「でも、きゅうりの切り方とか、錦糸卵の作り方とかすごいと思うぞ」

「そうかなー。私って成長したかな?」


 俺は愛奈が作ってくれた料理に舌鼓しつつ、心の底から味の感想を述べた。

 愛奈は急に作ったのでこれぐらいしか作れなかったと言って不満気だが、もっと自信を持っていいと思う。


「成長したよ。高校時代の暗黒弁当と比べたら見違えた」

「えへへ、そうかなー」


 頭を撫でててやると不安げな顔の表情もすっかり晴れて、照れくさそうにはにかんだ。


「こうなれたのも、賢太くんがへの愛故にってやつだよ」

「そうなんだー」

「じゃあ、ご飯も食べて満足したことだし、やろっか?」

「うん?」

「シよ?」

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