第93話 隠し事

「賢太さん! テレビ見ましたよ! すごかったですね!」

「すごいもなにも、ただインタビューされただけなんだが……」


 夏休みが始まった週末、暇な大学生である俺はいつもの病室に来ていた。

 病室に来る理由の大半は、凛と話すついでにバイトをするというものなのだが、今日はバイトがない。

 それなのに今日来たのは、勉強を教えるためだった。


 手術も受けて退院するということで、学校に復学する兆しが見えてきたのだろう。

 凛が学校に通って普通の高校生として過ごすのは俺にとってもうれしいことだし、できる限りのことはしてあげたい。

 まだ二十年弱しか生きていないが、高校時代が一番楽しかったからな。


「でもまさか、賢太さんがあんな有名な美人さん達と友達だったとは知らなかったなー」

「嘘つけ、知ってただろ」


 凛はシャーペンを動かす手を止めて、思いっきり頬を膨らませてむくんで見せた。

 俺をからかうために拗ねる演技をしているのか、それとも本気で拗ねているのか分からない絶妙な怒り具合。

 そういう子供っぽい行動も本当に良く似合う。とてもかわいい。

 勉強しろ。


「知らないですよ! 紗季先輩がモデルしていたことも、染井さんがミスコンで入賞したことも知りませんでしたよ!」

「あれ? 言ってなかったか」

「言ってないですよ! どうやって知り合ったんですかそんな人たちと」

「大学の友人みたいなこと言うのな。普通にだよ、普通に」


 凛はシャーペンを握ったまま俺の胸をぽかぽかと殴り始めた。

 いたくはないが、シャー審が出たままなので少しばかり危なっかしい。


 ここ最近ずっと訊かれた質問を、まさかここでもされるとは思わなかった。

 訊かれ飽きたこの質問の答え方は適当に流すだけでいい。

 『学校で出会っただけだよ』と素直に言ったところで、理解されないか殺意に溢れた顔をされるだけなのはもう分かってる。


 そんなに紗季と愛奈と仲良くしていることが羨ましいのだろうか。


 別に紹介してもいいのだが、そういうやつに限って、見た目の容姿でお近づきになりたいというやつが多い。

 二人は見た目だけではなく、性格も申し分もないほどの美人なので紹介したくない。

 

 これは俺なりの独占欲と言うやつなのか?


「……そんなことより、凛って愛奈のこと知ってたっけ? 会わせたことないよな」

「えっ、あっ、~~~♪」


 俺が質問に答えてくれなかったことで顔を殴りに来ていた凛が、俺の言葉で態度を急変させた。

 シャーペンを握って数学の問題に取り掛かり、口笛を吹き始めた。

 ここまであからさまに取り繕われるとどうしても訊きたくなる。

 あと口笛めっちゃうまいな!


「さてはなんか愛奈との間にあったな」

「~~~♪」

「ほら、凛くん? 言ってみ? ほら、ほら!」

「いやです。言いませんからね!」

 

 勉強に励んでいる凛の頬を掴み、こちらに向かせる。


「やめ、やめろ~!」


 それでも口を割らないこの頑固者の頬をグネグネと引っ張ってこねくり回した。

 そうして数秒後には、凛の目じりに涙がちょちょぎれてきたのが見えて手を止める。

 これ以上やると、なんだかいけない気分になってしまいそうだった。


「ひどい……、賢太さんに暴行された……。DVだ」

「手を出したのは悪いと思ったけど、DVではないと思う」


 付き合ってもいないのだからDVも何もない。

 裁判に出されたら百負けるけど。


「数学いいところだったのに。今ので途中計算がすべて吹っ飛んだじゃないですかー」

「だからいくら暗算が得意でも途中式は残しとけと言ったのに……」


 凛は自分の伸びきった頬を優しくさすりながら俺に文句を言った。

 その顔は笑っており、俺に対する怒りはまったく見えない。


 こういう女子だから俺も楽しく過ごせるし、一緒にいられるのだろう。

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