第87話 俺と親友の中学時代 ~苦渋~
「え、もう行くの? しかも有峰さんって……」
「もうすぐ雨が降りそうだし、そんなにもたもたしていられないからね」
「う、うん。分かった……」
俺はベンチから立ち上がり、有峰さんにも立ち上がるよう、手を差し伸べて催促する。
そうすると、彼女は戸惑いながらも俺の手を掴んで、引っ張られるようにしてベンチから立ち上がった。
そのまま指が重なるように指絡ませようとする有峰さんから俺はそっと手を離した。
「あっ……」
隣から物寂しいような声が聞こえたが、俺は心を鬼にして聞こえなかったように振る舞う。
ついさっき告白してくれた人にこんな横暴な真似はしたくないのだが、これ以上好意を持たれても困る。
だって、恋人つなぎはただの友達同士ではやらない。
◆◇
「ここが……」
「そう、ここが有峰さんのお家だよ」
前回来てからしばらく経っていたが、外見的には特に変化はない。
もしかしたら親が帰ってきたりしているのかと思ったが、何も変わらずそのままだった。
「なぜだろう、懐かしいって感じがする」
「なぜも何も、有峰さんが住んでいた、いや、住んでいる家だからね」
ちょっと突き放すような俺の言葉に、彼女はちょっとむっとした。
頬を膨らませた顔もとてつもなく可愛いが、ここは我慢。
「お兄ちゃん、有峰さんなんていう他人行儀な呼び方辞めてよ。さっきの告白がそんなにお兄ちゃんを怒らせたの?」
「いや、全然怒ってない。ただ俺たちのあるべき姿に戻っただけなんだ」
「? わかんない、お兄ちゃんが言っていることがわからないよ……」
「とりあえず中に入ろうか」
俺はまったく腑に落ちていない彼女を置いて、叔母さんから託された合鍵を使って家に入った。
靴を脱いで玄関に並べ、廊下に目をやると前回見たようなごみ屋敷はなかった。
きっと叔母さんが掃除をしてくれたのだろう。
あの人はいい加減な性格こそしているものの、根は誠実で曲がったことが許せない正義感に溢れている人だ。
有峰さんが家に行くと決まった時点で綺麗にしてくれていたはず。
「人の家で言うことではないけれど、お茶でも出すわ。多分ここがリビングだと思うから、座って待っててくれ」
「うん。わかった……」
この家に入ってからというもの、借りてきたような猫になっている有峰さん。
俺んちに初めて入った彼女みたいな反応に、少し興奮してしまう。
そんな煩悩を振り払おうと、電気ポッドに水を入れてお湯を沸かす。
まだライフラインが繋がっていてよかった。
電気・ガス・水道が止まっていたらどうしようかと思った。
まだお湯が沸くまで少し時間がかかりそうなのでお茶を探す。
この際、コーヒーでも紅茶でもいいのだが。
「……お兄ちゃん、お茶なら上の棚に入っているよ」
「ああ、そうなんだ。あっ、有った。ありがとう」
「……」
有峰さんの言う通り、キッチンの上の戸棚を開けるとお茶を見つけた。
賞味期限も湿気も大丈夫そうなので淹れることにする。
淹れ方とか全く知らんけど、お茶の袋に載っている作り方通りでいいだろ。
苦労しながらも淹れたお茶を乗せたトレーを運び、有峰さんに出す。
「どうぞ、粗茶ですが」
「失礼だね。……うん、あれ? なんで?」
「熱いからゆっくりと飲んでくれな」
急須から湯呑にお茶を注ぐ時が、一番日本人の実感がする。
そうしてお互いにお茶を飲んで、一旦休憩をする。
このくつろいだ時間を今のうちに楽しんでおこう。
嵐の前の静けさと言うやつだ。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「お兄ちゃんって、本当はお兄ちゃんじゃないの?」
俺から言おうと思っていた話をまさか彼女からされると思っていなかったので、湯呑を握っていた手が震えてしまった。
でも、もう逃げられない。
彼女から訊いてきたということは、もうかなり芯に気づいてしまっているということだ。
「そうだ。俺は有峰さんのお兄ちゃんではない」
「やっぱり……」
「そして先ほどの告白の答えだが、」
「俺は有峰さんとは付き合えない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます